私は、君は、ソウルガーディアン!

いち亀

だから私たちは、最強バディ

 小学三年生の心美ここみは、五歳のときから目が見えない。珍しい病気で見えなくなってしまった。

 見えなくなるまでと、見えなくなった直後はすごく辛かったし、暴れてばかりだったけど、だんだん慣れてきた。今は盲学校で勉強しているし、友達もいる。苦労することの方がずっと多いけど、楽しい時間だって増えてきた。


 けど、見えていた頃の遊びがほとんど出来なくなってしまったのは、やっぱり寂しいし悔しい。マンガもアニメも大好きだったのだ。活字を読もうにも、点字の勉強だって大変である。音楽は好きだし、ラジオが意外と面白いことにも最近は気づいてきた……とはいえ。頭の中でまだ覚えている、可愛くて格好いいキャラクターたちの冒険が、今でも欲しくなる。


 そんな心美の望みを叶えてくれる人が、いた。

 カオリちゃんという、近所に越してきた少し年上の女の子だ。特に障害はないのだけれど、外で関わるのが苦手らしい。その理由は「ブスだからといじめられる」とのことだが、見えない心美にとっては知りようがなかった。


 カオリちゃんの親とうちの親が同じ会社とかで、お互いの家に行く機会が何度かあったのだ。カオリちゃんは歌うのも喋るのも得意ではなく、ずっと本を読んでいるのが好きだという。それも、文字がびっしりの長い本を。

 カオリちゃんと一緒に読むのは心美には無理だし、読み聞かせできるような絵本はカオリちゃんの趣味でもない。一緒に遊ぶ方法が見つからなくて悩んでいた頃、カオリちゃんが言い出す。


「私が作ったお話、聞いてくれる?」

「え、カオリちゃんって作家みたいなことできるの?」

「まだちゃんと書いたことはないけど、やってみたいと思ってたから……心美ちゃんが好きなお話、作って聞かせてあげたい」


 おどおどしがちなカオリちゃんには珍しく、自信のありそうな声色だったので、任せてみることにした。

 心美から出したリクエストは、「目の見えない女の子がヒーローになる話」と「不思議な生き物が出てくる話」である。心美と似た主人公と、心美が好きだった物語……自分で言いながら、あんまり面白くなさそうだなと思っていたのだが。


 しばらく経った後、カオリちゃんはその物語を聞かせてくれた。

「聞かせる前に……主人公の女の子の名前、どうしよう?」

「私が決めていいの? じゃあココミで!」

「分かった、じゃあ始めるね。音読とかできないから、心美ちゃんのお返事もほしいな」


 *


 カオリちゃんが、心美のためだけに創ってくれた物語。

 世界の裏側には、心に住みつくモンスターたちがいる。ソウルモンスター、略してソルモン。人の目には見えないため普通の人には知られていないが、人を元気づける正義のソルモンもいれば、人をおかしくさせる邪悪なソルモンもいる。

 主人公のココミは、目が見えない代わりに、ソルモンを見つけ思いを伝えることができる。ココミはその力を活かし、邪悪なソルモンが引き起こす事件を止めるため、色々なソルモンを仲間にして戦うことになる。目が見えずぼうっとしているように見えるココミこそが、世界の裏側から人の心を守るヒーロー、ソウルガーディアンなのだ!


 その設定も楽しそうだったけど、カオリちゃんの考える話がビックリするくらい面白かったのだ。人間の異変にどうソルモンが関わっているのか、どうやって勝って解決するのか、分からなくてハラハラするのに、スッキリ納得のいく結末になるのだ。探偵のような推理も、ソルモンたちの熱闘も、全部面白かった。カオリちゃんはまだ小学生なのに、プロが考えたみたいに引き込まれたのだ。

 カオリちゃんは心美のリクエストも聞いてくれた。他のヒーローも出してほしいとか、こんなソルモンがいたら楽しいとか、心美が言うたびにカホちゃんは反映させてくれた。ココミとソルモンたちが冒険する世界が、心美の頭の中で着々とできあがってきた、しっかりと見えていた。


 カオリちゃんの描くココミが活躍するたび、人を救うたびに、心美だって頑張れた。見えてた方が良かったけど、見えないなんて終わりだとか絶対に思わないようにした。まだたくさんの人と仲良くなれると信じて、頑張って喋って、仲良くなってきた。


 そんな遊びが二年間続いた後、カオリちゃんは遠くに引っ越してしまった。心美が中学になった今では、たまに電話するくらいで、直に会うことは少なくなっていた。

 けど、話すたびに伝えている。


「カオリちゃんが私をヒーローにしてくれたから、私は今も頑張れてるよ。

 ソウルガーディアン・ココミと、カオリちゃんはね、ずっと私のヒーローなんだよ」


 *


 野草のぐさ花織かおりは、物心ついた頃から、顔のせいでいじめられてきた。厳密には外見だけじゃなく態度とかのせいでもあるんだろうけど、この外見じゃなかったらもっとマトモに人と喋れていただろう。自分と比べれば大体の女子は可愛く見える、花織はそういう体に生まれてしまった。転勤の多い家庭だったけど、どんな街に住んだところで似たような境遇になるだけだった。


 暴言や侮蔑の視線を向けられるのは当たり前だったので、人と接するのは怖かった。そもそも、人に見られることすら嫌だった。誰もがこちらを見て、「嫌い」「キモい」「可哀想」のいずれかを感じる、その心の声が聞こえるようだった。


 花織の一番の友達は、いつも本だった。本は花織を見ない、ブスにも美人にも同じ物語を見せてくれる。自分のことなんか忘れて物語に没頭できる、そのときだけ生きている実感があった。その物語の続きや、あったかもしれない別の話を考えるのも楽しかった。


 小五で引っ越した先で、目の不自由な子と仲良くなってほしいと親に言われたとき。「見えない子とどう接すればいいか分からない」という悩みが一番に浮かんだけど、「見えない子にならブスとか思われない」という卑怯な発想も抱いていた。

 心美ちゃんは可愛い女の子だった。対面してすぐ、目が見えなくなるのは心美ちゃんじゃなくて自分で良かったのに、なんて思った。


 心美ちゃんは声が綺麗で、歌も上手だった。けど花織は歌なんて全然歌えない、一緒に歌ってほしい心美ちゃんの要望には応えられなかった。

 心美ちゃんはこんな自分にも優しいのに、自分は心美ちゃんを楽しませることができない、花織はひたすら無力感に襲われていた。何とかして心美ちゃんを元気づけたいと考えついたのが、自分で物語を創ることだった。


 心美ちゃんは、見えていた頃に好きだったジャンルをまた楽しみたいと願っている。だったら、そんな話を花織が作って、心美ちゃんが分かるように伝えればいい――そう考えて提案してみた。花織の創作なんて興味ないだろうという不安とは裏腹に、心美ちゃんは興味を持ってくれた。

 それからひと月近く、花織は夢中で創った。初めて、人に好きになってもらうチャンスができたと信じられた。自分が好きな本を読み返して、心美ちゃんが好きだった作品を調べて、どんな物語だったら喜んでもらえるかを必死で考えた。


 そうして創ったヒーロー、ソウルガーディアン・ココミのことを、心美ちゃんはとても気に入ってくれた。口下手な花織が伝える物語を、心美ちゃんは顔を輝かせながら聞いてくれた。心美ちゃんと手をつなぎながら物語を伝えているとき、花織は自分の顔のことなんて忘れていた。心と心で、心美ちゃんと向き合えていた。


 心美ちゃんが見たかったものを、心美ちゃんに伝わるような物語にして届け直すことが、花織の使命なんだと思えた。見える目も、創れる心も、届けられる声も、心美ちゃんのためなんだと思えた。心美ちゃんが物語を楽しむ、その表情の愛しさが、花織が生まれた意味とさえ思えた。学校でどれだけいじめられても、心美ちゃんに会えるなら生きていたかった、死にたいだなんて考えかけても生きてきた。



 やがて花織はまた引っ越すことになって、心美ちゃんと遊ぶ機会はぐんと減った。引っ越した先でも、いじめられることに変わりはなかった。

 それでも。小説を書くことだけは、生きる理由であり続けた。人に見せる勇気がなくても、自分の小説は面白いと信じられた。


 それに、きっといつか、心美ちゃんのような出会いが待っている気がした。

 花織を必要としてくれる、花織の物語を愛してくれる、花織の心を救ってくれるヒーローは、心美ちゃんのだけじゃないと思えた。


 蔑まれるたび、命を疑うたびに、思い出す。

 心美ちゃんは知らないかもしれない、心美ちゃんの笑顔を。花織の心を、心で見つめてくれた、愛らしい眼差しを。


 


 


 

 

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