クラスの女王VS私のボディーガード

田中勇道

彼はわたしのボディーガード

 北大路きたおおじ美香みかの右足に痛みが走った、顔がわずかに歪む、美香は踏みつけた相手――南条なんじょう麗奈れいなを横目で睨んだ。


「何?」

「今、私の足踏んだでしょ」

「あたしが? 証拠あんの? ねぇ、あたしが北大路さんの足踏んだとこ見た人いる?」


 麗奈はわざとらしく大声で訊いた。答える生徒は誰一人いない。


「いないみたい、適当なこと言わないでくれる?」


 美香は唇を噛んだ。挑発に乗ればこの女の思う壺だ。

 この嫌がらせが始まったのは十日ほど前。あまりにも唐突だったので最初は何が何だかわからなかった。

 麗奈とはほとんど会話をしたことがなく、恨みを買われるようなことをした覚えはまったくない。むしろ関わらないようにしていた。それなのになぜ自分が標的にされたのか皆目見当がつかない。

 担任に相談しようか考えたこともあるが、変に話したら何をしてくるかわからない。クラスメイトが黙認しているのも麗奈を恐れているからだろう。

 



「――あれ?」


 休みをはさんで月曜日。昇降口の下駄箱から上履きが消えていた。美香は苛立ちを抑えて自分の上履きを探す。麗奈の仕業だろうがそれを示す証拠はない。

 結局、上履きは別のクラスの下駄箱に入っていた。ホームルームにはギリギリ間に合ったが朝から余計な体力を使った。


(結構キツイなぁ……)


 昼休み、盛り上がる生徒とは対照的に美香は大きなため息をついた。また麗奈の嫌がらせが始まるのかと思うと憂うつになる。

 むやみに教室を離れると机に細工をされるし、そのまま席に座っていても足を踏まれるか机を蹴られる。

 右手の前方から麗奈が近づいてきた。どうせまた足を踏んでくるのだろうと諦観ていかんしていたそのとき、後ろから男子生徒の声が聞こえた。


「なぁ北大路。お前、飯食べねぇの?」

「……え?」


 情況を把握するまでに数秒かかった。麗奈も動揺して足を止める。


「もしかしてダイエットでもしてんの? それならやめといた方がいいぞ」

「あ、いや、別にしてないよ。っていうか、東海林しょうじくん……だよね」

「おいおい俺の存在忘れてたのか? めっちゃショックなんだけど」

「違う違う! ただ、あんまり話したことなかったからびっくりしちゃって……」 


 美香の返答に東海林桐斗きりとは苦笑いした。桐斗は麗奈と交流しているところは何度か見たことがある。だが麗奈と同様に会話をしたことはほぼ皆無だ。困惑する美香を尻目に、麗奈に視線を向けると美香の方に体を移動させる。


「俺が邪魔だったな。これで通れるだろ」


 麗奈からは桐斗が壁になって美香の様子が見えない。麗奈は無言で通り過ぎると軽く舌打ちした。女子生徒のひとりがビクッと体を震わせる。


「さすが女王、キレると怖いねぇ」


 桐斗は他人事のように小声で呟くと、ポケットから小銭を数枚取り出す。


「いくらか渡すからなんか買ってこいよ。ここは俺が監視しとくから」

「そんな、私に気を使わなくても……」

「あーいいからいいから、買って来いって。昼休み終わるぞ」

 

 美香は桐斗に礼を言うと、教室のドアに手をかける。


「北大路」


 ふいに呼び止められ、振り向く。桐斗は美香の耳元で囁いた。


「ごめんな」


 美香は首を傾げた。なぜ桐斗が謝るのだろう。

 その日以降、桐斗は積極的に美香に話しかけるようになった。しかも麗奈が来るたび机に寄りかかる。それが一週間ほど続き、ついに麗奈がしびれを切らした。

 

「桐斗、何の真似?」

「どういう意味だ?」

「とぼけないで。わざと北大路に近づいてるのはわかってんのよ」


 荒々しい口調に教室全体が静まりかえった。桐斗は何の動揺も見せずに言う。


「それはお前も一緒だろ。俺は単に話したいから話してるだけ」

「ふぅん、それにしては突然すぎない?」

「んー、まあそれはそうかもしんないけど、近くで観たら結構可愛いんだよ」


 桐斗の言葉に美香は恥ずかしくなった。一体どこまで本当なのか。麗奈はつまらなそうに腕を組んだ。

 

「それで北大路に話しかけてんの?」

「簡単に言えばそういうこと。別におかしくないだろ」


 麗奈は黙り込み、数秒経ってそのまま踵を返した。美香と桐斗を除くすべてのクラスメイトが胸をなで下ろした。


 放課後、美香は幼なじみの司と下校していた。司は不機嫌で何かぶつぶつ言っている。


「……なんで黙ってたんだよ」


 その問いは言わずもがな美香に向けられたものだった。美香は慎重に言葉を選んで答える。


「あんまり心配させたくなかったから、かな」

「そんな気遣い要らねぇんだよバカ。ずっと黙ってやがって」

「……黙ってたのは悪かったよ。っていうか、南条さんのこと誰に訊いたの?」

「お前のクラスの女子。名前は知らん」


 美香は疑問に思った。誰かは知らないがその女子はなぜ担任ではなく司に報告したのか。麗奈と司には何か特別な関係があるのだろうか。


「とにかく、麗奈には厳しく言っとく」

「司って南条さんとは仲いいの? 名前で呼んでるけど」

「別に、俺は男女関係なく名前で呼んでるからな」

「でも話したりはするんでしょ?」

「それなりにな。でもあいつは性格に難ありっつーか、独占欲が強いらしいしな」


 それは初美だった。ただ、あの挑発的な態度を見ると分かるような気もした。


「だからあいつに……」


 司はその先を言おうとして止めた。美香はオウム返しで「あいつに?」と返すとバツが悪い層にそっぽを向く。


「司、南条さんに何かされたの?」

「いや、されてはない……」


 明らかに怪しい。美香が詰め寄ると司は観念したように口を開いた。


「……俺、三週間前に麗奈に告られたんだよ。断ったけどな」


 司の言葉に美香は目を丸くした。司は頭を掻きながら説明し始める。


「放課後に体育館裏に呼び出されて、その場で告白された。俺は麗奈を異性として意識したことなかったし、さっきも言ったけど独占欲が強いって噂もあったから断ったんだ。……結構デリケートな話だからあんまり人には言いたくなかったんだ。嫌だろ、自分が振られたこと人に話されるの」

「それはまあ、確かに」


 そこで美香はふと思った。嫌がらせは司に振られたショックを、幼なじみである自分にぶつけるために始めたのかもしれない。だとしたら完全な八つ当たりだ。

 

「麗奈がまた何かしてきたらすぐに言えよ。お前一人で抱え込んでも解決しないんだから」

「わかった」

 

 もし麗奈が何かをしかけてきてもきっと彼が守ってくれる。私だけのヒーローが。。

  

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クラスの女王VS私のボディーガード 田中勇道 @yudoutanaka

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