マイヒーロー
黒いたち
マイヒーロー
「ようこそおいでくださいました、ジャスパー
春の陽気のなか、町とは名ばかりの農村で、俺を出迎えた老人は町長だと名乗った。
「教会に案内します」
「はい」
腰の曲がったちいさな背中に着いていく。
畑と牧場に囲まれた未舗装の地面は、昨夜の雨でぬかるんでいる。
「道中、
「……はい」
「神様がお守りくださったのですね」
たどりついたのは、荒れ地に建つボロボロの教会だった。
「なにぶん、収穫期で人手が足りず……」
老人が上目遣いでこちらを見る。
うなずくと、老人がホッと息をはく。
「
孤児は教会に預けられる。
俺もそうだった。
「前任者は?」
「昨年、盗賊に襲われました」
「……なるほど」
神は人を守ったりしない。
聖職者だろうと例外が無いことが証明された。
口角を上げる俺に、老人は一通りの説明をして、こちらを見上げる。
「ジャスパー神父、祝福をいただけますか」
「……神のご加護を」
俺の皮肉に、ありがたそうに頭を下げる姿は、すがすがしいほど
俺は盗賊だ。
本名を知らずに育ち、偽名を使いまわして生きている。
今日から俺の名は「ジャスパー」になるらしい。
昨夜、森の中で一台の馬車を襲った。
春の長雨は俺の気配を消して、おもしろいほど簡単に事が運んだ。
馭者の首に短刀を突き刺し、馬車を止めて客を殺した。
死体の身ぐるみを剥いで谷に落とし、
黒いローブに、銀の十字架、祭服の着心地はわるくなかった。
この格好ならば、近隣の教会で、寝床と飯にありつける。
聖職者のふりは得意だ。
教会で育った孤児の俺は、聖職者を知りつくしている。
清貧を装い、酒や色におぼれる欲深い獣。
きっと教会には金目のものがわんさか隠してある。
それを根こそぎかっぱらい、闇市で売りさばけば、しばらくはまっとうな暮らしができる。
そうしてたどりついた町は、殺した聖職者の目的地だったらしい。
これは好都合。
しばらく
町長と別れ、礼拝堂に入る。
申し訳程度に掃除してあるが、お世辞にもきれいとは言えない。
銀の神具は、無くなればすぐに気づかれるため、手をつけるのは一番最後だ。
年季の入った長椅子の列を横切り、色あせた扉をあける。
「……きったねぇ」
あらわれた居住スペースは、天井も柱も朽ちて、いまにも崩れそうだ。
穴だらけの壁に、ゆがんだ窓枠。
歩くたびにギシギシとなる廊下には、ところどころに水たまりができていて、見上げた
「ねぐらにしていたボロ屋よりひどいな」
「――だれ?」
おもわず振り返った俺は、悲鳴を飲みこんだ。
幽霊など信じないが、そうと言われても納得するような風貌の子供が、壊れた扉からこちらを見つめていた。
やせこけた頬に、ぼさぼさの髪、目だけが異様に輝いている。
黒ずんだボロボロの服は、雑巾を着たほうがマシに思えるほどだ。
「
「……ソフィア」
「おまえ女か!?」
子供がうなずく。
じっとこちらを見たまま動かない。
「10歳ぐらいか」
「――14」
「14!? うそだろ!?」
子供が首を横に振る。
こころなしか、すこしムッとした顔をしている。
「――だれ?」
子供は最初とおなじ問いを発し、枯れ枝のような指を俺にむける。
俺は首から下げた十字架をつまみ、子供に見せつけた。
「ジャスパー神父だ。歓迎ついでに、飯でも食わせてもらおうか」
「……どうなってんだよ」
案内された
クモの巣が張ったかまどに、
なぜかテーブルには黄色い花がならべてある。綿毛がついた種子を飛ばす、生命力のつよい雑草だ。
食材どころか調味料さえも見当たらず、俺はガシガシと頭をかいた。
「おまえ、何食ってんだ」
「……こっち」
子供は勝手口から外に出て、教会裏の森に入っていく。
しばらくして、低木のそばに子供がしゃがみこんだ。
「……これ」
「ん?」
よく見ると、ちいさな赤い実がいくつもなっていた。
俺は手を額にあて、おおきくため息をついた。
風呂、便所、壊れた扉の個室――。
背後から子供がついてくる気配がした。
どこもかしこもボロいことを再確認し、持ってきたカバンをひっくり返す――殺した神父の持ち物だ。
着替えと日用品、それから立派な金時計が出てきた。
町に商店があったのを思いだし、俺は金時計をつかんで教会を出る。
子供はついてこなかった。
金時計はいい値段で売れたが、喜ぶ間もなく食料品と物品に消えた。
大量購入したおまけに、使っていない荷車をもらい、それを引きながら教会に帰る。
「まずは飯だ。食え」
サンドイッチを出すと、子供がひったくるように受け取り、がつがつと食べだした。
椅子が見当たらないので、ふたりで立ったまま食べる。
物足りなさそうにしている子供に、新品のデッキブラシをつきつける。
「掃除が終わったら、もう一個パンをやる」
「……これ、なに?」
「ブラシだよ。まさか、掃除したこと無いとか言わないだろうな」
「……ない」
「はあ!?」
俺はしかたなく、いちいち指示を出し、教えながら掃除をした。
終わるころには日が傾き、ふたりで無言でパンを食べる。
さっさと風呂に入って寝たい。
「――さすがに風呂を沸かしたことぐらいあるよな?」
「……ない」
「おまえ、何ができるんだよ」
「……」
「今日だけやってやる。よく見て一回で覚えろ」
あごで外をしゃくる。
ついてきた子供に、説明しながら
「先に入れ。着替えはこれだ」
商店で買った古着を渡すと、子供がじっとこちらを見てきた。
「なんだよ」
「……一緒に入る」
「は!? 14歳のお嬢様だろ!?」
「……本当は10歳」
バレバレの嘘をつく子供に、俺はためいきをつく。
一緒の方が効率的か。
「俺がガキに欲情しない聖職者でよかったな」
骨と皮だけの子供を綺麗になるまで何度も洗い、ぐったりと湯舟に浸かる。
俺の足の間で、子供はタオルを風呂につけて遊んでいた。
その夜、一番マシなマットレスに、買ってきたシーツと毛布を乗せる。
すでに一緒に寝ることに何の疑問も無かったが、肌寒い夜にかたわらの子供の体温はあたたかく、ひさしぶりに熟睡した。
「ソフィア、新しい本だ」
「ありがとう、ジャスパー神父!」
台所のテーブルで、少女がノートから顔を上げる。
ガリガリだった子供は、性別がわかるぐらいには成長した。
身長はまだ低いが、半年前にくらべてだいぶ伸びた――当初の計画とは大幅にずれ、秋になった今でも俺は「ジャスパー神父」だ。
「今日はシチューだよ」
すぐにテーブルに用意される。
ソフィアは優秀で、いまでは家事を担っている。
最初は生煮えの薄いシチューを食わされたが、だいぶうまくなったものだ。
「午後は商店の手伝いだ。夕方には帰る」
「毎日、大人気だね」
「町の連中は、俺のことを便利屋だと思ってるからな」
町民の手伝いをして小銭を稼ぐのが俺の仕事になった。
ここは老人が多いから、俺のような者でも重宝されている。
生活には金がかかる。
本格的な冬が来る前に、教会の補修を終えたい。
どうやらソフィアは寒がりで、俺と一緒に寝るといって聞かない。
ガキには欲情しないが、おもわぬ禁欲生活、肉付きのよくなったソフィアに
商店では、いつも通りこき使われた。
帰ろうとして、黄色い花の髪飾りが目につく。
古びたテーブルにならんでいた、あの黄色い野草を連想させた。
「親父、これくれ。足りない分は今度払う」
最近はずっと素を出しているが、のんきな町民は「口が悪い神父だ」と笑うだけだ。
「いいよ、もっていけ」
「親父」
「いつもの礼だ。あんたが来てくれて、町の者が助かっている。最初は盗賊みたいな男だと思ったが、なかなかどうして、働き者じゃねぇか。おおかた態度の悪さで
「……勘がいいな」
豪快に笑う親父に礼をいい、教会に帰る。
半分開いた扉に、いつもと違う雰囲気をかぎとる。
隙間からのぞくと、黒い人影が礼拝堂を物色していた。
大柄な影に、抜き身の剣――盗賊か。
護身用の短剣を、服の上から確認する。
「――チッ。しけてんな」
男がつぶやいた時、色あせた扉が内側から開き、ソフィアが顔を出した。まずい!
「ジャスパー神父?」
男がふりむき、ソフィアに剣をふりかざす。
俺は短剣を抜いて男に飛び掛かった。
数度の斬撃のあと、お互いに間合いをとって離れる。
男が、いぶかしげな顔をした。
「――ダグラス?」
それは、久しく聞いた偽名のひとつだった。
「……ヤン」
何度か一緒に
「狩場がかぶっただけか。ならば折半だ」
「断る。ここは俺の教会だ」
「はあ? ――なんだその服装。詐欺師に転職したのか」
「ちがう。俺は――」
「まあいい。では盗賊流に、生きていた方が全どりだ!」
ヤンが剣を繰り出す。
こいつは強い。
正攻法ではとてもかなわない。
ならば――。
構えを解いた俺の腹に、ヤンの剣がつき刺さる。
俺は一歩踏み込み、短剣をヤンの心臓に突き立てた。
「――ジャスパー神父!!」
倒れた俺に、ソフィアが駆け寄る。
「……俺は、盗賊だ」
「ちがう! ジャスパー神父は、私にたくさんのものをくれた! 貴方は私の光、私のあこがれ! これまでも、これからも。だから――」
俺は懐から髪飾りを取りだす。
鮮やかな黄色は、出会った日に咲いていた花のようだ
ソフィアが息をのみ、髪飾りごと俺の手をにぎった。
俺の頬に雨が降る。
あたたかい雫は、ソフィアの涙だ。
俺は幸せだ。幸せだった。
冷たい雨の中で殺したジャスパー神父、神は人を守ったりはしない。
だがこれが俺の報いで――裁きを下した神がいるなら、どうかソフィアを幸せにしてほしい。
「……おまえの手は、あたたかい」
祈りをこめて彼女の名をつぶやき、満たされた気分で目を閉じた。
マイヒーロー 黒いたち @kuro_itati
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