異世界料理研究家、リュウジ短編集⑧〜KAC2022に参加します〜

ふぃふてぃ

浮雲羊のジンギスカン

 やっと、カーベルンから帰って来た。なんとも懐かしい我が福祉ギルド、満腹食堂(仮)なんだ。危険な海なんて、もう、こりごりだ。


「フィリス、ルティは何してんだ?」

「給水タンクに水を入れてます……リュウジさん、朝ご飯ですか?」


 にこやかな修道女の微笑み。穏やかな太陽の温もり。今日は平穏な一日になりそうだ。


「あぁ。朝飯だ」俺は声を張った。


 俺は異世界料理研究家リュウジ。異世界のあらゆるモノを調理して……。


「あぁ〜!」

「な、なんだ」


 ルティの雄叫び。悲鳴とは違う驚きを表す声が響く。俺とフィリスは朝食の準備を後にして、屋上に向かった。


「どうした?ルティ」


 屋上には大きな貯水槽。獣の皮の様なものに水が溜められている。そこに溜められた水がパイプの様な管を通じて下へと続いている。その管の一部に穴が開いていて、水が流れ出していた。


「サイアク、完全に壊れたわ」

「でも、台所の水は使えたぞ」

「壊れてるのは、お風呂の方なの」


 劣化した管をペチペチと叩きながら、ショートボブの黒髪少女は苛立たしげに言葉を吐く。


「なんだ。じゃあ、とりあえずのライフラインは大丈夫だな」


 そう言うとルティはキッと俺を睨みつけた。


「なんだよ、朝飯だぞ。機嫌なおせよ」

「いらないわよ!」


 そう言って出て、屋上から屋根伝いにタタタンッ!と飛び降りると商業ギルドの方へと走って行ってしまった。


「なんだよ、アイツ?」

「この貯水槽。ルティがお風呂の為に作ったんです。水山羊の皮を縫い合わせて、一人で……だから……」


――シマッタ。此処は異世界だった


 水のトラブルなら何とか番。安くて早くて安心できる業者がいるほど便利じゃない。


「ルティは人一倍、水には思い入れが強い……という訳か」

「そうなんです」


 フィリスの困ったような溜息が、乾いた空に流れていった。


          ○


「此処にルティは……来てないか」


 早朝のギルド本部は賑わっていた。大きな掲示板の前では冒険者でごった返し、無骨なテーブルでは夜勤者から日勤者への引き継ぎの為に、自衛ギルドの朝礼が行われている。


 この都市には冒険者ギルドより自衛ギルドの方が活発だ。自衛により駆逐された魔獣はグリフォンの餌となり、グリフォンは海を越えてディシュバーニー帝国へと出荷される。食糧自給率が半分以下のリゼルハイムが唯一つ生き残れる手段、それがグリフォン貿易だ。


「ギルドマスター。ルティを見てないか?」

「早朝からこんな感じだ。忙しくて見ている暇もない」


 朝の喧騒に耳を傾けて、ルティの声がしないか意識を巡らすも、どうやらギルドには顔を出していないようだ。帰ろうとすると、掲示板から外れた紙が風に舞い、足元に落ちた。


「これは!?」


 クエストの張り紙。水山羊ウォーターゴートゥの討伐。場所はアルヴァンス廃坑近くの湖畔。

 渡に船だった。フィリスを誘い、出立の準備をする。ルティの為と察した三つ編みツインテールの修道女は快く同行を引き受けてくれた。


          ○


「ヤバい!気付かれた」


 湖畔に溶けるウォーターゴートゥ。湖の水、林の木々の背景に擬態する水山羊。姿を眩ます魔獣は口から高圧の水弾を放つ。


「クソッ!」


 フライパンで水弾を弾き返すも、すぐに擬態し森に溶け込み反撃を許してはくれない。それどころか、水弾はフィリスの防御魔法リフレクターを一撃で粉砕するほどの威力だ。


 湖畔の水面に波紋が浮かぶ。視線を向けると、次の瞬間には反対側の草木が揺れている。擬態の能力と俊敏な動きに翻弄されていた。


「本当にルティは昔、水山羊を倒したのかよ」

「リュウジさん。上から来ます!」


 一瞬の油断。木の上から水弾。間一髪のところで巨大化したピューイの吐く炎が、水弾とぶつかり水蒸気が生まれる。


「強すぎます。リュウジさん、此処はいったん引きましょう」

「仕方……ないな」


           ○


 俺らは魔獣の強さに圧倒され、川下の方へと引いた。


「流石にレベルが違いすぎます」

「はぁ、コレじゃあ、ルティの機嫌は戻りそうにないな。またドヤされる」

「それは無いと思いますよ」


 フィリスの話に耳を傾ける。ルティは昔、討伐ギルドに所属していたそうだ。団体を組み、侵入して来た魔獣を片付ける仕事だ。


「それは流れ作業の様だと愚痴っていました。ルティには合わない仕事だったようです」

「アイツなら上手く立ち回れそうだけどなぁ」


 騎士が高レベルの魔獣を倒し、その間に逃げた雑魚をギルドで叩く。


「討伐ギルドは今でこそ月給制を導入していますが、少し昔までは完全歩合制でした。だから魔法を使い、人一倍稼ぐルティを余り快く思わなかった人達もいました」


 確かに、異世界とはいえ魔法をバシバシ使った戦闘は見たことがない。それほど、魔法というのは異世界にとっても希少という事が伺える。


「ある日、中級魔獣が間違って最下層まで抜けて来てしまった事がありました。ルティは、あんな性格ですから……仲間の避難させる為に尽力しました」


――根っからのお節介気質は昔からだったのか


「援護を誓った仲間達のいたのですが、不利になったら一目散に逃げ、陣形は、崩れルティは傷を負ってしまいました」

「なんて奴等だ!」


 クスッとフィリスが微笑む。


「ルティは言ってました。コカトリスの時、リュウジは逃げ出さずに助けてくれた……」

「いや、あの時は逆に助けられたんだ」

「でも、逃げ出さずに戦ってくれた……」


 確かにあの時の出会いは鮮明だ。異世界に飛ばされ状況も分からない赤の他人の俺を、ルティは助けようとした。だからこそ、俺も彼女を守りたいと思った。


「彼女はそれが嬉しかったみたいです。リュウジは私だけのヒーローだと……そうな事を言っていました」


「いや、それは流石に照れ臭い……な!」

「そんな訳ないでしょ。フィリス、冗談が過ぎるわよ。まったく、こんな所で何してるの?」

「うわッ!ル、ルティこそ、どうして?」


「人をオバケみたいに言わないの。アタシは浮雲羊を捕まえに来たの。最近、サカナばっかりだったでしょ。たまには肉も食べたいじゃない」


 そう言って、ルティはロープで縛られてた羊を見せた。羊は雲のようにふわふわと浮いて、地面から少しだけ浮き上がっている。魔獣は白い毛で覆われ、顔はなんとも惚けた表情をしていた。


「コレも、魔獣なのか」

「食用認定されてる魔獣よ。今回は大量発生したみたいでギルドから駆除依頼が来てたの」


――だから、ギルドが賑わってたのか


 ルティがグイと魔獣を引っ張ると、浮雲羊は足をジタバタとさせながら、ゆっくりと付いて行く。


「ほら、リュウジ。アンタの出番よ。とっておきの羊料理をお願いね」


 話しながら、ルティは上手に羊を捌いて行く。川が赤く染まるのを見ながら(俺らは命を頂いてるんだな)なんて感じた。


 刈られた毛は天へと昇り、風に流されて雲と区別がつかなくなった。


         ○


 俺達は薪となる枝を集め、焚き木にピューイが火をつける。


 山羊肉を漬け込む為に用意したタレに、羊肉を漬ける。肉にタレが染み込む間に野菜を切っていく。キャベツは一口大に切り、タマネギとニンジンは薄切りにする。


 フライパンにゴマ油を半量ひき、中火で熱しタレを入れて炒め、ニンジンに火が通ったら、モヤシを入れて炒める。


「美味しいそうな匂いネ」

「リンゴ、タマネギ、バリンジュの根。それと、カーベルンで買ったオイスターソースがタレの決めてだ!」


 炒め野菜を皿に盛り付け、更に先程と同じフライパンにゴマ油をひき、羊肉を焼いていく。火が通ったら、炒めた野菜の上に盛り付けて完成。


「浮雲羊のジンギスカンだ」

「美味しそうです」「早く食べるわよ」


「おや、匂いに釣られて来てみたが、ピクニックとは珍しい」


「あぁ、それは!」


 ルティの指差す先には魔獣の角。急に現れた目の前の男は二本の立派な水山羊の角を握りしめていた。


「まさか、ウォーターゴートゥを一人でやったのか?」

「まぁ、これでも騎士団の端クレだからね」

「貴族……という事ですね」


 フィリスの丁寧な口調に、男は頬をかいた。


「そんなに畏まらないでくれよ。ギルドには荷が重たいクエストがあったんで、被害が出る前に務めを果たしただけだ」


 そう言うと銀の鎧を身に纏う騎士は剣を置き胡座をかく。細身の体躯には似つかわしくない大剣だった。


「僕はラインハルト・ストケシア。気楽にハルトと呼んでくれ」

「俺はリュウジだ」

「アタシはルティよ。よろしく」


「あ、あの。私は……」

「フィリアだよね」

「いや、あの。それはファミリーネームで……その、フィリスと申します」


「あっ、ごめん、ごめん。君が生活に困窮する子供達に食を提供している話は、かねがね聞いている。満腹ギルドというそうだね」


 ジンギスカンをつつきながら、ハルトは感心した様に「満腹ギルドは素晴らしい」と言ってくれた。貴族の言葉に皆の顔が綻ぶ。


「そっか、フィリスか、間違って覚えていたよ。敬虔な修道士のようだから勝手にディシュバーニーの生まれかと思っていてね。フィリスか……珍しいね。こっちでは普通なのかな……どんな美しいフラワーネームを持っているのかと気になっていたが……とんだ早とちりだったようだ」


「フラワーネーム?」

「あっ失敬。ディシュバーニーではファミリーネームに花の名を付けるんだ。スケトシアはキク由来の紫色の花で……そうだ、お詫びに」


 そう言ってハルトは「クエスト報酬は子供達の為に使ってくれ」と水山羊の角を差し出した。


「もし良ければ湖畔に倒れた魔獣もいる。リュウジなら美味しく料理できるんじゃないかな」


「ホントに!」と目を輝かせたのはルティの方だった。「これでお風呂が使える」と、俺達はハルトと別れ後、鹿ほど大きさの水山羊を捌いて持ち帰り、ルティは鼻歌混じりに貯水槽を修理した。





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