I'm waiting for you.

緋雪

待ってるんだけど…

「んー、どうすっかなぁ…」

私はパレットを左手に持ち、絵の具を混ぜながら、迷っている。

「ここの青、もーちょい薄めなんだよなぁ。」

ブツブツ独り言を呟きながら。

「あ〜、早く帰ってきてくれないかなぁ。」


 そう、私は、あなたが必要なのです。ええ、ホントにあなたを待ち続けているのです。あなたじゃないとダメなのです。


 例えば、紫がなかったら、赤と青を混ぜたら、その割合で好きな紫ができるけれど、緑がなかったら黄色と青で、オレンジ色がなかったら黄色と赤でつくれるけれど。代わりになる色は幾らでもあるけれど。だけどこれじゃなきゃダメ!って色もあるんです。そう…あなたのように…。


「お腹減ったな…。」


 晋太郎しんたろう(私んちの同居人)が、私のお願いで買い物に出かけている。奴のことだ、私を喜ばせようとか思って、行列のできるサンドイッチ専門店、とか、数量限定のパンとか、しょーもない所で時間を食っているに違いない。

「パン食べたいとか言わなきゃよかったな。」

絵の具を混ぜ混ぜ、それだけで塗れる範囲を塗っていく。

 時計を見る。出掛けてから1時間半は経つ。まあ、嬉しいんだろうね、奴としては。


 晋太郎は私のことが好きで仕方がないらしい。あまりにも懐くので、情がわいて、ついつい家に連れて帰ってしまったが、それ以来、うちが気に入ったようで、ここに住み着いてしまった。

 別に生活費も半分入れてくれてるし、こっちとしては楽になったから、構わない気もしているが。料理は作ってくれるし、洗濯とか掃除までしてくれる。生活費を払ってもらうどころか、うちからそれくらいの額を払わないといけないんじゃないかと思うが。

「いいよ、いいよ。麻友まゆは、絵に専念してて。」

って、言うから、後のことは全面的にお任せしてしまっている。有難いことに。


 晋太郎のことを、なんとも思ってないかと言えば、いや、ちゃんと好きな気持ちはある。好きじゃなきゃ、さすがに私も一緒に住まないし、一緒に裸で寝るようなことはしない。

 だけど、「結婚したい」とか、ヘヴィな感じではない。「あなたがいないと生きていけないの」って感じでもない。もし、晋太郎に他に好きな女ができたら、「おめでとう。幸せにね。」って彼の荷物と共に送り出してあげるくらいには惚れている…んじゃないかと思う。


「晋太郎、カップ麺、どこ置いたかな?」

と、台所を探すが、わからない。私は、晋太郎がいないと、カップ麺一つ探せない。これは、もしや、「あなたがいないと生きていけないの」状態ではあるまいか?いや、ちょっと熱量が違うような気もするが。

 まあ、奴に買い物に行かせといて、自分だけ先に食べるというのも如何なものかと思いとどまる。


 世の中はこんなに忙しく動いているのに、経済情勢は良くなっていないらしい。らしい。よくわからない。この古いが割と広く、アトリエとして使うことを許された部屋と、大学と、ちょっとだけ入れているイラストを描くバイトくらいで生きている私には、世の中が殆どわかってないかもしれない。

「麻友、ちゃんとマスクして。ちゃんと消毒もするんだよ。いい?」

晋太郎は、母親のように、そんな私を学校に送り出す。



「ただいま〜。ごめん麻友、遅くなって〜。」

やっと晋太郎が帰ってきた。

「おかえり。待ってた。」

「え?ホントに?」

変に喜んでいる奴の、持っている袋の中から絵の具を取り出すと。 

「おー。助かるぅ。ありがと、晋太郎。」

晋太郎は、もっと喜んでいるようだ。

 

 「白」の絵の具。お前がいないと生きていけない。他の色じゃ作れないんだよ、お前は…。しみじみ思いながらパレットに絞り出す。

「ホント、ヒーローだよ、お前は。」

呟いて、ハッと後ろを見ると、若干ウルウルしながらwaitingしている若者が一人。

「そんな風に思っててくれたんだ…。」 

「…。食べよっか。」

「これね、麻友に食べさせたくて30分並んだサンドイッチ。んで、こっちが1日限定50個のクロワッサン。食べて食べて。」

嬉しそうな晋太郎の顔を見ながら、さっきのは白の絵の具に言いました、とは言えないよな、と思わず笑う。

「晋太郎のは?」

「俺はいいのいいの。コンビニのパン買ってきたから。」

照れたように言う。優しいな、今更のように思う。

「そっか。じゃあ、サンドイッチとクロワッサン、半分こしよう。晋太郎、切ってきてもらっていい?」

「勿論!!」


 晋太郎、あんたも、「私だけのヒーロー」なのかもしれないね。

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I'm waiting for you. 緋雪 @hiyuki0714

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