完全注文ヒーロー【ビリオン・ガイ】

日諸 畔(ひもろ ほとり)

参上! ビリオン・ガイ

「誰か助けて!」


 闇夜に私の悲鳴が響き渡る。今日も私を襲うのは、悪の秘密結社『アニマリオン』の怪人。


「逃げても無駄だ松山まつやま 美佳子みかこ!」


 怪人は私の名を確認した上で、指を差してくる。鋭い爪が印象的だ。

 今日のモチーフは、チーターとか虎っぽいネコ科猛獣のようだ。もふもふしてて気持ちよさそう。

 怪人は、付かず離れずの距離を保ちながら私を追いかけてくる。私も適切な速度で走った。ポニーテールに結った私の髪が揺れる。


「アムールヤマネコ怪人の私から逃げられると思うな!」

「いやー、助けて!」


 家の近くにある少し大きな公園を一周、近所迷惑にならない程度の声を出しながら逃げ回った。私にとって、それなりにいい運動になった頃だ。


「待てい!」


 よく通る素敵な声が聞こえる。私と怪人は思わず足を止めた。

 ジャングルジムの上に、彼はいた。逞しい腕を組んで、私を見つめている。


「な、何者だ!」


 怪人が声の主に向かい、叫び声を上げる。ここなら大声を出しても怒られることはない。


「貴様に名乗る名などない!」


 怪人の質問をバッサリと切り捨てる。なんてかっこいいのかしら。


「とぅっ!」


 ジャングルジムから飛び降りた彼は、私と怪人の間に着地する。バトルスーツに覆われた、筋肉質で均整のとれた肉体。顔は隠しているけど、きっと素敵な顔立ちをしているのでしょう。


「お嬢さん、お怪我はないですか?」

「はい……はい!」

「後は私にお任せを」


 そして何よりその声。私は思わずとろけそうになってしまう。


「邪魔をするな!」


 怪人が彼に襲いかかる。あの爪で引っかかれては、きっとタダでは済まない。


「ビリオンパワー・シールド!」


 ビリオンパワー・シールド。それは彼の力によって特殊な力場を形成し、身を守る防御の技。この壁は、どんなに強力な攻撃も通さない。


「ぬう、ならば!」


 爪を防がれた怪人は、ネコ科ならではの脚力で彼の背後に回る。シールドに守られていない場所に爪を突き立てるつもりだ。


「姑息な! ビリオンパワー・ソバット!」


 振り返った彼は、飛び掛る怪人に後ろ回し蹴りを放った。顔面に足を受けた怪人は、公園の中を吹っ飛んでいった。

 私には見えた。蹴りのダメージを抑えるため、怪人は意図的に後ろに飛んでいた。あの蹴りをまともに食らえば、きっと怪我をしてしまう。


「クソッ!」


 花壇の手前でしっかりと止まった怪人は、怨嗟の言葉を彼に投げつける。あまり汚い言葉は使わないようにしてほしい。


「さて、これで終わりだ! ビリオンパワー・ビーム!」


 彼が両掌を怪人に向ける。

 ほどほどに眩い光が集まり、それが光線となって怪人を襲った。私は、とても美しいと思った。

 熱もなく、光源もわからないビームは、公園に被害を及ぼすことはない。私も目を少し細めるだけで済んでいる。


「ぐわあああ」


 怪人の悲鳴が聞こえる。ビームの光でその姿は見えない。実に上手いと思う。

 光が収まった時、怪人は跡形もなく消えていた。


「お嬢さん、これで安心です」

「ありがとうございます。あの、お名前は?」


 私はどうしても聞きたかったのだ。彼の口から、彼の声で、彼の名を。


「名乗るほどの者ではありませんが、敢えて言うなら、『ビリオン・ガイ』そうお呼びください」

「ビリオン・ガイ様……」


 なんていい声なのでしょう。私は夢見心地になっていることを自覚していた。もうしばらくだけ、この気持ちを味わっていたい。私は時計を見た。そう、具体的には後四分くらい。


「それでは、私はこれで」


 きっかり四分後、ビリオン・ガイ様は颯爽と去っていった。

 ありがとう、とっても素敵な私だけのヒーロー。これでまた来月も辛い仕事を頑張ることができる。


【あなただけのヒーローを派遣します】 


 怪人オプションをつけて、一時間で二万五千円。このトキメキを与えてくれるのなら、安いものだと思う。

 次は追加料金三千円で、人質になるコースを頼んでみようかしら。

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