ウランバーナの、夏

gaction9969

■ ○△

<ガ、ガガピー、ワ、ワーレーワーレーハー……ガガ、失礼……ワタくシは、新世代汎用人型決宣弊機けっせんへいき尋常人言じんじょうにんげん『Reunited Obedient Beloved Only』にテござリマスる……略しテ『ROBOロボ』と、そうお呼びケツかり下サいガピー>

「えっと」


 欲しがってた「コミュロボ」、今日あたり届くと思うから、と、ママは朝、唐突に含み笑いをしながらそんなことを告げ置いて仕事に行ったけど。え? 誕生日でも何でもない日にそんなサプライズ? クリスマスプレゼントもお年玉も不発に終わったあたしに、降って湧いた幸運が……ッ!? とかもう頭の中では塾から帰ったら何しよう思考がぐるぐる回り続けたままで、夏期講習三限分の授業の全部が通り過ぎて行った。


 で、歩くだけで汗が流れるほどの最近の暑さも振り切って、校舎出るまでは早歩きで、出てからは小走りで徒歩十五分の道のりを急いで帰ってみたら、何か居た。


<御主人、今日は何握りやっショ?>


 これでもかのメカメカしいロボットだった。鉄骨を組み合わせたかのような無骨にもほどがある金属部品むき出しの無駄にでかいボディは、そう広くは無いあたしの四畳半の子供部屋の四分の一くらいを占拠している。誰が運び入れたんだろう。いやそれよりも何だろう、常にピコピコ鳴っている音とか、けたたましい音と共に為される動作動作がいちいち途切れ途切れな感じとか、何だろう、これは今までに見たことの無いタイプだ。


 「コミュニケーションロボット」は、もう一家に一台は普通にある感じで、クラスで持ってないのはあたしんチくらいだった。から、やっとウチにも……と思ってそれは尋常じゃないドキワク感が凄まじかったのだけれど、やって来たのは凄まじく尋常じゃない何かだった。


「……ROBO? 説明を、ここに至るまでの経緯の逐一を、軒並みつまびらかに」


 人はのっぴきならない局面に遭遇すると、脳の使ってない部分がフル活動でもするのか、思ったよりとてもフラットで冷静かつ的確な言葉が、あらゆる反応リアクトを忘れて凍えていたあたしの唇からそれはつらつらと流れ出されてくるのであった……


<ソレは禁則事項に当タりますゆえ、よしナにガピー>


 嘘つけ。


<そんナことより御主人、あっシが来たからニャー、退屈はさせませンよってカラに。ええネタ取り揃えておりまっしゃド?>


 えちょっと待って。おかしいな、コミュニケーションってこんなにもままならないものだったかなぁ……それにどこの郷の言葉をインプットされてるんだろうぅぅAIにも言語野って概念あるとしたら大概そこ大幅にバグってたりしないかなぁ……


<『ロボットクイズ』ぅ~、イエイイェイェェイ……ッ、第一問ッ、『ロボット三原則』は『人間に危害を与えナい』『人間の命令に服従』『自己を守る』の三択カラ、お選びなすっテくだ、ってドヒャー、アカーン、モウ答え言うテもうてるフゥ~ってもうエエわ~イ>


 ちょっと待って難易度高い高い高い。頼んでもないのに始まった何かに手前セルフで即応して完結しようとしちゃってるよあっるぇ~確かコミュニケーションって双方向なもんだったよねぇ~


「ママ……アレ何?」


 そこからも何か金属質の独壇場だったんで、それでも最大限理解しようとして色々とあたしなりにはやり取りをしたつもりだったんだけれど、うぅんまあ分っかんねェ……で、夜八時過ぎに両肩にパンパンのエコバッグを掛けつつようやく帰って来てくれたママの荷物を玄関先で受け取りながらそう手短に聞いたけど。えー何かお中元とかで幸代おねえさまの所から。ま、あそこ変わってるから、との何となくこちらの不本意さを察するようなニュアンスで返されてしまったので、ぐうぅと喉とおなかからそんな音が出ただけで終わってしまった。


「……」


 とりあえず邪魔だからリビングこっち置いとくねー、とそれであればあたしも殊更軽くその鉄の塊をその下にみっしり付いているローラーを利用してずずずと室外に押し出していく。廊下をまたいでリビングの隅の、邪魔にならない仏壇の前辺りにきちりと設置して終了。あらーもっと話しかけてみてもいいのよーとか言われたけど、もう精神のおなかの方はパンパンなんですわ……


 十一時までかかっちゃった予習復習を何とか終えて布団にもぐり込んだら、リビングの方からはママの楽しそうな声と、金属質の声が漏れ聴こえて来てた。ROBOの方はあたしと接してる時とは違って何か落ち着いた感じで喋ってるような……うぅんそれ出来んのやったらやってくれへんか、とかまどろみの中でつっこんでいたら、何となく心地よくなってすぐ寝た。


 夢を見た。


 それで何となく、分かってしまったところがあって。


<へい毎度ッ!! 何でモ喜んデー、の精神ですガピー>


 翌日塾から帰ってリビングを覗いてみたらまだ居たから。居てくれたから。あたしはサブバッグを廊下に放り出して汗だくのままそのでかい図体に向き合うのだけれど。


「……なんで、パパだって、言ってくれなかったの?」


 戸惑いがちなガピーの後は、何も喋らなくなっちゃった。あたしもあたしで、どう接していいかなんて、分からなくなっちゃったから。でも、


 紫色に光る単眼モノアイは、目の前のあたしをしっかり見つめてくれているようで。その奥の仏壇の中の写真の笑顔に、重ならなくもなかったわけで。


<信じテハ、貰えナイと思って……ガピー>


 何言ってんの、昔っからお盆ってあるじゃん。


<年頃の娘ニ……どう接しタラいいか、皆目分かランのですガピー>


 うんまあそれはせやなェだけど、まあ一般的にしょうがないものなのでは。取りあえず落ち着いて普通に喋ればいいと思うよ?


<……瀬里奈せりなもママも元気そうで安心したガピー。勉強も頑張ってテえらいガピー>


 笑顔しか見せちゃいけないと思ったから、あたしは素早くROBOの背後に回ると、渾身の力で押してそのまま玄関スロープから外に出る。


 下駄箱の一番下にしまってあった古いグローブとボールも持って。


 家の前の道、車は通らないから大丈夫かな。ひと目はあるかもだけど気にしない。暑ーい、すごい汗だーとか言いながら、Tシャツの裾で顔をこする。


「キャッチボールでもしようよ、あたしソフトでも結構いけるんだから」


 十メートル先。あたふたと、動きがぎこちないロボットアームだけど、必死で構えてくれたのが分かったから。あたしは思い切り溜めたウインドミルで、おりゃあぁぁ、と投げ込んでいく。


 びびった? 結構な球速でしょ。でも来年には、もっと速くしてみせるから。だから。


 ……絶対に、また来てよねっ。


(了)

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