「共生前夜」
低迷アクション
第1話
「こんなもん、ラッツパトロール(駐留軍周辺警備隊)の仕事じゃねぇやっ!」
2回のベトナム行きを(63年~73年のインドシナ半島での戦い)生き残った“ケリー上級曹長”が怒声を上げ、AR15小銃を、目の前の森に向け、3点射(連写じゃなく、3発で弾丸を発射する事)で発砲する。
「止せ、ケリー、ここはフェンスの外だ。君は他国の領土を侵害している!」
ケリーの隣に立つ“ハヤタ”中尉が彼を制止しようとして、銃の台尻で突かれた。
「うるせぇ、ジャパニーズのグーク(小鬼、アジア人の差別用語)がっ!ここは植民地の間違いだろうがっ!64年のイド・アランと何も変わらねぇ!アメリカ人をアジアの
糞ッタレ共が殺してる」
叫び、20発入り弾倉を交換するケリーは、狂暴な目つきで夜の森へと入っていく。
腹を抑えたハヤタが立ち上がり、同行した自衛隊員である“江崎(えざき)”の方を向く。
「彼を止めないと…それが君の望みなんだろ…?」…
江崎達が生きた60年から70年代の日本はあらゆる意味で巨大なパワー、価値観を生み出そうとする者達の熱気と戦いの時代だった。
朝鮮戦争による景気の上昇、サイケデリックな荒々しさを持った文化が発達し、若者達は世界の二極化と自国の解放を願い、学生運動に身を投じていく。
その混乱の中で垣間見える闇に、世界を二分した大国が興味を持つ。
駐留軍と自衛隊の中に設けられた調査機関の任務は、警察組織、大学の
研究機関を横断、連携した、不可解な事象の解明と回収…
今回の任務は都心から離れた山での不可解な家畜の連続惨殺事件、近隣の村からの通報により、地元警察は捜査に入り、傷跡から熊やイノシシなど、既知外の生物ではない事を特定した。
担当である江崎とハヤタは、複雑な思いで現地に向かう。駐留軍の一個小隊がバックアップに就く事ではない。江崎の生まれは、この山の村だった…
「説得は無駄のようだ。あの人達は覚悟を決めている…」
森に入り、しばらくすると、江崎がため息と共に呟く。彼のすぐ足下には、駐留兵が
転がり、それに折り重なるように、着物を纏った人達が死んでいた。
「すまない、江崎…私のミスだ」
謝罪するハヤタの手には、既に45口径自動拳銃が握られている。
「いや、警察が彼等の村を特定するのは時間の問題だった。仕方ない…」
苦しそうな顔で答える江崎も銃を抜く。警察隊からの連絡が途絶え、数時間…先に到着した
駐留軍が警官の死体を見つけ…
“彼等と交戦した”
結果は見ての有様…双方相打ち…江崎達と到着したケリーの姿は、森の何処にもいない。
江崎が初めて出会ったのは、少年時代の事だ。夏休みの課題で虫を採集していた時、不用意に落ちた池から救い出してくれた着物姿の少女…
自身と同じ東洋系、だが、お礼のつもりで渡したキャラメルを、はにかみながら、頬張る口には尖った歯が光っていた。
そこから始まる交流は、彼にとって幸福の時間だった。戦時下で食料や希望が無くなっていく中で、竹林の奥に隠された村には少女と同じ人々がいた。
自分達と違う存在である事は、幼な心にわかった。時々、江崎達の村の近くで家畜がいなくなるのも、彼等の仕業だと言う事も…
だが、それがどうした?同じ人間が殺し合う時代に、少し容姿が違う者達との交流に
何の問題がある?
戦後、江崎が機関に所属した理由でもある。彼等を保護し、助ける。同僚であるハヤタにもそれを話し、理解を得ていた。ししか結果は最悪のモノとなってしまった。
不意に前方の林から火の手が上がる。
「あれは村の方角っ!?一体何がっ?」
「火炎放射器だ。ケリーの奴、あんなモノまで」
ハヤタの言葉に重なるように大振りのタンクを背負ったケリーが、悪鬼のような形相で
姿を現す。彼の後方から何人かの人影が飛び出すが、火炎の筒先を向けられ、一瞬にして、火だるまにされていく。
「止せ、止めろ!止めるんだ!」
叫び、走り出す江崎が銃を構える。彼の銃弾がケリーに届く前に、江崎の体が燃え上がる。
「ハハハッ、アジアの猿も、化け物も皆、燃やしてやった。ナムの村でもグーク共を
焼いてやった。俺の勝ちだ。ナンバーテンの最悪じゃねぇ!ナンバーワン(最高)だ」
後に、ベトナム症候群(今で言うPTSⅮ)と名付けられる病気を持ったであろうケリーを、
当時は誰も“病気”とは言わなかった。
また、彼が今後、その治療を受ける事はない。
炎の中から飛び出した女が剥き出しにした牙で、イカれた白人の太い首筋に刃を立てる。
鮮やかな血が噴き上がり、靄が掛かったような赤い霧に包まれていく。
「ワタシタチ、何も悪いコトシテナイ、なのに…」
煤で黒くなった顔面で泣きはらす女性に頷く。わかっている。時代が変わったのだ。古い価値観は全て、新しいモノに取ってかわられる。
かつては見逃されていた家畜を攫う事も、新しい住民が住めば、異質に変わる。ハヤタ達の所属する機関も、解明、保護は建前であり、実際は時代によってあぶりだされた異端の
“排除”を目的としていた。
ケリーの行動は結果としては良い方向だ。ハヤタが手を汚す事は無くなった。だが、駄目だ。
目の前には、片付けなければいけない仕事が残っている。
ゆっくり45口径を上げるハヤタを女が手で制す。
「必要ナイ」
そのまま、江崎の死体を抱きかかえ、燃え盛る林の中に身を進める。声をかける事は出来ない。ただ、黙って見続ける事しか、彼の選択肢は無かった。
不意に目の前の枝がささめく。驚く彼の前に、2つの目をキョロキョロさせた少女が姿を現す。反射的に銃を向けた後、ゆっくりと仕舞う。
「今は無理かもしれない。だが、君達と手を取り合う時代が必ず来る。私は…僕は諦めない…だから、君も」
自身の言葉をどれほど理解してるかはわからない。だが、少女は少し微笑んだように頷く。その口元には尖った歯が光っていた…
程無くして、ハヤタの所属機関は解散する。人々の目を覆いきれない程、広がり跋扈し始めた異常事象に、本格的な特捜隊への再編が図られたのだ。勿論、彼はそれに志願した。
初の勤務日、温厚そうな指揮官の前に立ったハヤタは流れ星の隊記章を胸につけ、大声を張り上げる。
「本日付けで、特捜隊所属となりました。ハヤタ・シンです。よろしくお願いします」
1967年1月17日の事であった…(終)
「共生前夜」 低迷アクション @0516001a
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