ユグドー、暗雲の中へ編

「マーシャル公国にて、ベッセマー家が廃絶となった。ディアーク、妹君は身分を剥奪されたうえで罪垢の谷に幽閉されたようだ」


 ノルベールの言葉にディアークは、顔色ひとつ変えることはなかった。無言のままで、うつむいている。動揺が感じられない。貴族の身分を剥奪なんてただごとではないはずだ。


 ディアークは、マーシャル公国から追放されたと言っていた。でも、妹の身分は安泰だとも話していたことを思い出した。


 ユグドーには、ディアークの反応が理解できなかった。妹のことが心配ではないのか。不安を感じないのだろうか。窮地なのであれば、助けたいと思うはずである。


 ディアークからは、何の感情も伝わってこない。驚きや不安で言葉を失っているようにも思えないのだ。ただ、事務連絡を受けているようにしか見えない。


「ディアーク……。助けに行こう。きっと、ディアークの助けを……」


「妹は、捨てた。ユグドー、国から追放されるってそういうことだ。俺は、ベッセマー家を捨てた。いや、捨てさせられた。故郷を追い出される気持ち……。ユグドーになら分かるだろ?」


 吹き抜ける風にディアークの白銅色の髪が揺れる。目も口にも情感の変化を感じない。まるで、絵画のなかの英雄のようだ。


 ユグドーは、悲しい気持ちになった。肉親に裏切られる。窮地に立っても自分に何の感情も向けてくれない。


 お腹の中が熱い。怒りのようなどす黒い何かが、ディアークを責めている。


「ディアーク……。家族ってそんなに価値のないものなのかな? 君は、傭兵団に僕を誘ってくれたときに家族になろうって言ってくれた」


「僕が、窮地に立っても。そうやって見捨てるの? 僕が、僕なら命をかけても救うよ!?」


 ユグドーは、ノルベールの顔を見る。一緒に説得をしてほしかったからだ。ディアークは、必ず後悔をする。ここで、妹を見捨てさせたくはない。


 ノルベールは、冷たい視線をディアークに向けている気がした。同じ血を分けた肉親を見殺しにすることへの怒りを感じてくれているのだろうか。


「──罪垢の谷は、イストワール王国が管理していた鉱山のひとつだった。二十数年前に廃坑となってからは、罪人や政治犯を押し込める場所になっている」


 ディアークの顔をうかがうようにノルベールは、続ける。やはり、ディアークは眉ひとつ動かさない。


「ディアーク卿、絆というのはどんなに小さなものでも千金の価値があるという……。妹のこと、大切に思っていたときもあったのではないかね?」


「ディアーク。僕も協力するから、一緒に行こう。手遅れになる前に……」


 ユグドーは、ディアークに近寄ろうとした。ところが、足元が揺れ膝をつく。


 振動は、だんだんと激しくなって古都ジェモーが意思をもって動き出したかのように思えるほどだ。


「は、はじまったか!? 陛下も焦って……。予定よりも早いな。王子か姫か?」


 地の底から唸り声が聞こえてくる。洞穴の奥から漏れ出してくるバケモノの声だ。闇に潜み、光を嫌うモノの鳴き声である。


 ユグドーは、自分に封印された悪魔の力を解放するために腹部をさすった。


「魔術……なのか。それにしては、規模がでかすぎる。まるで、魔王の魔導」


 ディアークは、地面にうずくまりながらも剣の柄を握る。妹のことには、沈黙を貫いていたのに地面を揺るがす異変には黙っていられなかったようだ。


 焦りや不安も表情から感じ取ることができる。ユグドーの不信は、深まるばかりだ。


「落ち着け。この規模の魔法を扱えるのなら、我々は既に消し炭と化しているよ。それにこれは、儀式魔法だ。揺れはすぐにでもおさまる」


 ノルベールは、遠くの空を見つめるような眼差しでこの異変の正体を明かした。


 ユグドーの中にいる悪魔もしきりに悪意が迫っていることを訴えかけてくる。儀式魔法だとすれば、悪意などあるはずもない。


 妹の窮地を知ったディアークの冷淡な対応と、ノルベールの異変に対する冷静さ。ユグドーの知らないところで何かが動き出しているのだろうか。


 ユグドーが、答えを聞こうと悪魔に対話を持ちかけたときに揺れはおさまった。


 何事もなかったようにジェモーの街は静けさを取り戻していく。周辺にいる騎士や街の中の騎士たちも慌てるようすはない。


「いよいよ、運命の日のはじまりだな。ユグドー、ディアーク。君たちは、この儀式魔法の舞台を完璧に整えてくれた立役者だ。意識はしてなくとも、儀式魔法の成功率を上げてくれた」


「え、僕たちが……」


 ユグドーは、ディアークの顔を見る。ディアークは、何かを知っているのではないだろうか。しかし、ディアークは、顔を横に振ると片眉を上げる。


「とりあえず、大霊殿に行こう。我が子か、陛下の子が生まれたかもしれん。それとも、どちらも生まれたか。いずれにしても、儀式魔法の成果を確認しなくてはならない」


 ノルベールは、ディアークの肩に手を置く「妹を救出するか見捨てるか、生まれた子を見てからでも遅くはない」と言い放つ。


 先を行くノルベールに無言で着いていくディアーク。青い空がどこまでも続く晴天の空気は、雨風の湿り気のようなモノを帯びていて、ユグドーの心を不安にさせるのだった。


【ユグドー、暗雲の中へ編】完。

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ユグドーの求道譚 隠れ里 @shu4816

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