ユグドー、アーデルハイトを見る編
金色の馬車が、ユグドーの目の前で止まる。三頭の白馬は、御者の指示に従い大人しくしていた。
ユグドーは、少し驚いて目を大きくする。別の生き物を見ている感覚になったのだ。
馬とは、もっと跳ねるように歩いて楽しそうにいななくものだと思っていた。
ノルベールは、片膝をつく。ディアークもそれに続いたので、ユグドーも真似をした。
赤い鎧を着た騎士が、荷台の扉を開ける。小太りの男と見たこともない服装の女性がいた。
小太りの男は、赤い鎧の騎士に手を引かれて馬車から降りてくる。
派手な服を着た酒樽のような人間が、ふてぶてしく息を荒らげてキョロキョロしていた。
王族を見つめるのは、失礼だとどこかで聞いたことを思い出す。ユグドーは、慌てて顔を伏せる。
それにしても、独特な香油の匂いだ。とてもいい匂いだとは思うのだが、息を止めたくなってしまうほど苦しくなる。
「ルロワ国王陛下、長旅お疲れさまでございます。アーデルハイト王妃陛下もご無事で何よりでございます」
「ノルベールよ。マリエルは、もう出産の兆候が現れたらしいのお。アーデルハイトも同じだ。やはり、今日。もしくは、明日が運命の日か? 運命の二人となるか……。いや、そうさせるために準備をしてきたのだ」
ノルベールは、悪辣な口調に対しても言いよどむことなく肯定した。ユグドーは、ルロワ国王の『運命の二人』の発言に胸を躍らせた。
ナスビの妖精から聞いた言葉を思い出したのだ。
──特別ナス。ヒントを上げるナス。『運命の二人』ナス。二つに欠けた十二支石を、この二人が持ってるナス。それを合わせたとき、一つになるナス。
運命の二人とは、ルロワ国王の子とノルベールの子のことであったのだ。ユグドーは、そうに違いないと確信をした。
ユグドーは、不意に心配になる。どうやって、二人から十二支石を手に入れればいいのだろう、と。
「ノルベール、そちらの二人は? 騎士には見えんな。使用人でも連れてきたのか?」
ユグドーは、顔を伏せたままだ。ここで顔を上げては、何をされるか分からない。そう思わせる何かが、ルロワ国王にはあったのだ。
「ディアーク・ベッセマー。あの、ベッセマー家の嫡男。今は、廃嫡となりましたが。その隣りにいるのは、ユグドー。ベッセマー卿の友人です」
「ほお……。マーティン公国の。ベッセマーの名前は、聞いておるぞぉ。馬鹿な公王だったな。ターブルロンドの皇帝の従兄弟など平民と変わらぬ血筋。駄虫を駆除したモノをたたえて、貴公のような優秀な将軍を手放すとはなぁ~」
周囲からあざけりを含んだ笑いがもれた。ユグドーは、ディアークが心配になって、目線だけをとなりに向ける。
ディアークは、無表情だった。目をつむって微動だにしない。
「顔を見せてみよ。あぁ、ユグドーとやらもな?」
ユグドーは、口を噛み締めて動かないようにと自分に言い聞かせた。鳥の声が、遠くに聞こえる。
ノルベールからの許可はない。大丈夫だと言い聞かせる。ユグドーは、誰も何も言わないことに不安になって、少しだけ息を吐いた。
「ふむ、余に恐れをなしたか? まあ良い。ノルベール、余は疲れた。先にベトフォンの屋敷に向かう。アーデルハイトを大霊殿に案内してやれ」
「承知いたしました。ごゆっくりお休みください。我が身命たるルロワ国王陛下」
甲冑の音が、せわしなく駆け回ると御者の掛け声とともに馬車が動く音がした。
「すまなかったな。もういい。楽にしてくれ」
ノルベールは、馬車の音が、遠くに聞こえるようになってユグドーたちに声をかけた。先ほどまでの堅苦しさがなくなって、少し優しげな口調だ。
ユグドーは、顔をあげた。赤と黒の服を着た女性が目の前に立っていた。ルロワ国王の隣りに座っていた異様な雰囲気。アーデルハイト王妃だと思われる。
夕日のような色の長い髪。頭頂部を数字の8を横にしたような形に結っている。
ユグドーをジッと見る鋭い目の中で、ルビーのような瞳が輝いていた。
とても、精巧な人形のように貶しようのない完璧な美が、ひとつひとつのパーツを作っていた。
「ユグドーと言いましたね。妾は、アーデルハイト。龍族の姫。この建物の色は、貴方が?」
アーデルハイトの口調は、感情が感じられない淡々としたものだった。まるで音が言葉になっているようだ。
ユグドーは、ノルベールを見る。王族に対する礼儀作法など知らないからだ。
「構わない。質問に答えていい」
ノルベールの対応は、アーデルハイトよりも淡々としたものだったが、そこには侮蔑的な気持ちが感じられた。
「ユグドーと言います。質問に答えさせて、いただきます。大霊殿を黄金に塗りました。でも、僕だけではありません。ディアークも手伝ってくれました。ベトフォン家の……」
「ユグドー。君とベッセマー卿がやったことだ。当家は関係ないよ」
ユグドーの胸は、キュッと絞られる気分になる。ノルベールの態度は、ルロワ国王に対したときと明らかに違うものであった。
「ユグドー。これは、褒美の品です。今は、ただの石ですが。きっと、価値のあるものになるでしょう」
アーデルハイトの横にいた女官が、丸い石を受け取るとユグドーの前に差し出してくる。
おそるおそる受け取ると、驚くほど軽い。宝石とは思えないし、悪魔も無反応であることから魔術具でもなさそうだ。
「あなたのおかげで、故郷を感じることができましたよ」
龍族の王妃は、目こそ合わせてくれたがユグドーに無関心なのは火を見るよりも明らかだろう。
道端に生えている名も知らぬ草花を見るようなものだ。ルロワ国王の后は、ユグドーたちが命を賭して完成させた大霊殿へと消えていく。
「褒美の品が、石ころなんて龍族の考えって分かんねぇよな。どこまでも、価値観が合わない奴らだよ」
ディアークは、ユグドーの肩に手をおいた。石ころを眺めながら、ルロワ国王の言葉を思い出す。
『運命の二人』
この石は、もしかしてナスビの妖精が言っていた『十二支石』なのではないだろうか。もし、そうであるならば、ユグドーにとっては垂涎の褒美である。
アーデルハイトは、そのことを知っていたのだろうか。黄金に染まった大霊殿を見つめるも答えは出ない。
今はただの石ころにしか見えないが、運命の二人が生まれたときに何かが変わると思われる。
あの化け物みたいな妖精が、嘘をついていないかぎりは……
「ユグドー、これからどうする? ジェモーに永住するつもりか?」
ノルベールは、自身の肩に触れようとした手を元に戻した。
「まだ、決めてないです。どこか違う土地に行くかもしれませんし。ディアークは、どうする?」
ユグドーの目的は、力を手に入れて巫女姫リリアーヌを助けることだ。そのようなことを言えるはずもなく、ディアークに答えを投げる。
「そうか……。ディアークよ。言いにくいことなのだが……。貴公の妹君のことなのだがね」
ディアークは、灰色の瞳を小刻みに動かしている。動揺しているのは、手に取るように分かった。
身内のことを話したがらなかったし、ユグドーも聞いたことがなかったのだ。ディアークに近づく。言いにくいことだとリテリュスで最高の貴族が言うのである。
悪いことなのは、なんとなく分かった。
少しでも、友の……。ユグドーが、友達だと思っている人の力になりたい。支えたい。
「落ち着いて聞いて欲しい……」
【ユグドー、アーデルハイトを見る編】完。
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