ユグドー、悪魔の力を知る編

 鋭い眼光をクルクルと回しながら、ユグドーたちを見据える。


 肥えたカエルは、大きな翼を広げて奇怪な鳴き声を響かせた。


 肥満体が、湖畔の上を旋回。


 震える水面には、合成獣の影がうごめく。


 ドラゴンのような姿で、空中から黄金の粘液を数秒間隔で吐いてくる。


 ディアークは、用意していた魔法石を使ってブレス攻撃を防いでいた。


 バリア《防壁魔術》が込められているらしい。法術と呼ばれる魔術の一種だという。


 ユグドーは、悪魔の力を使って身体能力を向上させて対応していた。


 体の一部に悪魔の残滓を移動させることによって、その部分に悪魔の力を発現させられるようだ。


 黄金の粘液から、ディアークを助けたときに思いついた。今は、足を強化している。


 ユグドーは、黄金の蝦蟇との戦いで考えていた。悪魔の魂は、故郷に帰ったようだ。


 肉体は、消滅した。ユグドーの中にある残滓は、悪魔のどの部分なのだろうか。


 意思の疎通ができるときがあり、願えば力を貸してくれる。


 ユグドーの意のままに動くことも分かったのだ。


 今まで、願えば力を貸してくれる存在。悪霊との交信などの橋渡し役だった。


 便利な力だ。


 ユグドーは、悪魔にすべてを委ねれば強力な力を得られることを知っている。


 あの小さな漁村で使った。すべてを破壊する力。今は、使えない。ディアークがいるからだ。


 あのときは、事前に味方となる人間や守りたい人々を避難させた。


 ここには、法願魔術を使う教門騎士はいない。


 ディアークを避難させることができれば、誰に気を使うこともなく悪魔の力を解放できる。


 黄金の蝦蟇は、ディアークの魔術石による攻撃を掻い潜り、粘液を吐き続けた。


 付着した場所は、黄金化する。


 ここまでの道のりで見てきた金色の像の正体は、侵入者たちだったのだろう。


 目の前で起きていることが、何よりの証明だ


 貴族の依頼を受けた賊徒の成れの果て……


 空を自在に滑空する黄金の蝦蟇に攻撃を当てるのは、なかなか至難の業である。


 このままでは、いずれ攻撃や防御の手段が枯渇する。


 湖畔に二人の像が、並ぶことになるだろう。


 ユグドーは、黄金の粘液を避けながら囮となってディアークの攻撃の起点を作る。


 太陽は確実に、中天へと登っていく。時間はかけられない。


「雷属性の魔術石で、あの飛行能力を奪いたいがな……。石の魔力が低すぎる。もっと近づきたいが、空は飛べないしな。ユグドー、悪魔の力で翼が生えたりしないか?」


 ディアークは、口元を歪める。軽口を叩いているけれど、表情からは焦りが垣間見えた。


 黄金の蝦蟇は、大気を震わせる咆哮を上げるとユグドーを睨みつけてくる。


 今までと比べ物にならない速度で、ユグドーに向かってきた。


 ユグドーは、足に力を込めて避けようとするが間に合わない。


 ユグドーの腹部に黄金の蝦蟇の頭部が。凄まじい衝撃。


 腹部に悪魔の力を移動させ、何とか耐えきった。


 鈍い痛みに咳き込むが、致命傷ではない。


 しかしながら、黄金の蝦蟇は急上昇して、再度こちらを一瞥する。


 次は、防げるか。ディアークは、魔術石を使用してユグドーを守ろうとしてくれる。


 だが、空高く飛行する黄金の蝦蟇に届く前に石から発せられた炎や雷は、霧散。


(ユグドー、今のは危なかったね。次は、耐えられないよ。僕を上手く使うことだよ。創造力さ。今、何が欲しい?)


 力だと、ユグドーは返した。悪魔は、無感情に一蹴した。乾いた笑い声が頭に響く。


(抽象的すぎるよ。僕の力を体の各部位に移動させて利用したよね。今度は、力を得た自分を想像するんだ……)


「ユグドー!! 避けろっ!!」


 ディアークの声が、悪魔の嘲笑を打ち消した。上空から突撃してくる黄金の蝦蟇。


 間に合わない。


 背後に大きな岩。前に避けるか、横に避けるか、足が動かない。翼があれば……


(あれは、カエルじゃないよ。ドラゴンだ。大きな翼だね。ユグドー)


 黄金の蝦蟇の生臭さを一瞬感じ、視界が急激に歪んだ。


 手を伸ばしたディアークが、回転して離れていく。ユグドーが、先程まで立っていた場所。


 爆発音のような音が、湖畔を痙攣させた。


 ユグドーは、発生源を見る。黄金のドラゴンが、よろめきながら獲物を探していたのだ。


「ユグドー……。お前……その……」


 風が強く、顔に体に吹き付けている。ディアークが、ユグドーを見上げていた。


 目を見開き、灰色の瞳がとても綺麗に見える。足元が頼りない。体が軽くなったようだ。


 黄金の蝦蟇の顔から何かが滴り落ちていた。肉の塊だ。肥えた体からも同じように。


「ディアーク!! 魔術石を。飛行は、蝦蟇だけの特権じゃなくなったよ。そう。僕だって飛べる」


 ユグドーは、両手を広げてみせた。ディアークは、怪訝そうな笑みを浮かべて頷く。


(上手く動けない。創造力……。使いこなさないと。黄金の蝦蟇が、ドラゴンが動けるようになる前に)


 ガマの皮と肉が、血のように地面に落ちている。鋭い鱗が、眩く光る。


 黄金の蝦蟇は、金色のドラゴンに変化したのだ。いや、真の姿を表したというのが正しい。


 ひと回り小さく細くなった。目つきの鋭さは相変わらずである。


 堕竜の鋭利な目と、ユグドーの視線が重なった。剣のような口を開く喉の奥が光る。


 金切り声が、湖畔の野草を揺らし。瞬間、ユグドーに向けて光の筋が吐き出された。


 視界が、極光に包まれる。殺意が込められた音が、ユグドーを目指して迫ってきた。


 ユグドーは、ディアークから貰った魔術石を強く握りしめる。


(そうそう。僕の力を粗末な石に込めるといいよ。人外の魔術を見せてやろうよ)


 皮膚が熱い。目の奥が焼けるようだ。ドラゴンのブレスの熱線が、ユグドーを融解させようとする。


「サモン・ランパート《城壁召喚》」


 ユグドーとディアークを水晶のような壁が取り囲んだ。熱さは無くなり、眩さはない。


 視界は開けて、黄金のドラゴンの姿も見えた。


 必殺の一撃を耐えきった。黄金のドラゴンの目玉が爬虫類のように動く。


 ユグドーたちを見据えていた目玉が再び鋭さを増した。


(あれは、ゴールデンフロッグドラゴンだね。堕竜と大蛙が交配した合成獣だよ。そういえば、ある悪魔から聞いたことがあるよ)


 ユグドーが握っていた魔術石は崩れた。


 まるで、伝え聞く砂漠の砂のようにサラサラと指の間から零れ落ちていく。


 再び、悪魔が呼ぶところのゴールデンフロッグドラゴンが翼を広げる。


(イストワール王国のある貴族はね。魔物を使って異種交配の研究をしているらしいよ。その中に、ゴールデンフロッグドラゴンの名前もあったかな?)


 ユグドーの中の悪魔は、あくまでも仲間の悪魔から得た噂話だと付け加えた。


 再び滑空した黄金の堕竜は、陽光を浴びて金色の逆光線を放っている。


 叫び声は、生物とは思えないおぞましい金属音だ。これを人間が、作り上げたという。


 ユグドーには、救いを求める嗚咽のように感じられたのである。


(僕は、あのドラゴンを救いたい。どうすればいい……)


 温気を運ぶ風が、黄金の堕竜の稲穂のような体毛を揺らしている。


 先程まで感じていた恐怖は、どこかに吹き飛ばされていた。


 哀れみが、虚しさが、ユグドーの拳を強く結ばせていたのである。



✵✵✵



 ヴォラントの冒険譚に曰く。


 黄金の堕竜について語ろう。かの魔獣は、人間に対する深い怨念を持っていたという。


 ユグドーの生涯を追っても、イストワール王国の資料を確認しても、だ。


 この黄金の堕竜について詳しいことは、書かれていなかった。


 意図的に隠されたのだろう。


 私は、ある人間とな特別な繋がりがあるので事の顛末について存じているが。


 この求道譚では、あくまでも創作物として世に出すつもりだ。


 黄金の堕竜のその後についても……


 話は変わって、魔物の交配実験についてであるが、つい最近まで行われていた。


 現在は、完全に禁止されている。


 基本的に、異界より呼び出した動物や猛獣。


 はたまた魔物などを組み合わせて、新たな生物兵器を作ろうという試みだったようだ。


 人工的な魔王を誕生させることを狙っていたらしい。


 研究機関を支援していた貴族によれば、天上人の創造をも意図していたと伝えられる。


 リュンヌ教国にとって衝撃的だったが、研究施設が破壊されたために調査は打ち切りとなった。


 人間の野心は、ユグドーの時代も現代でも変わらないのである。


 【ユグドー、悪魔の力を知る編】完。

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