ユグドー、絡まる黄金編
まるで、森の美術館だ。ユグドーは、黄金の像を見るたびに足を止めた。
不思議なのは、全ての像が苦悶の表情を浮かべていることだ。
ここまでに見てきた黄金の彫刻は、製作者が同じか……。ディアークの言葉通りということだろう。
つまりは、黄金の蝦蟇に襲われた可能性を示唆するものだった。
問題は、小さな捕獲道具で捕まえられる蝦蟇にそれほどの力があるのかということだ。
さらに言えば、黄金の蝦蟇の油を採取した人間がいないということも不思議である。
実際に、ジェモーの人々の中で黄金の蝦蟇の話をするものはいなかった。
古都ジェモーからオロルの森までは、それほど遠くはない。
さらに黄金の蝦蟇の生息域は、オロルの森の入口付近だ。
古都ジェモーで得た情報によれば、今ではオロルに入る人間はいないという。
帰らずの神域と呼ばれているためだ。
過去にそう呼ばれるキッカケとなった伝説や事件があったのだろう。
それでも、ここは禁足地ではないのである。
実際に、オロルの森に来てここまでの道のりはそれほど危険だと感じなかった。
ユグドーは、空を見上げる。清涼とした風が、髪の毛を揺らした。
視界を狭める陽光は、古都で見るものと変わらない。特別な何かを感じないのだ。
ここに、悪魔の類がいるとは思えない。情報は、どこまで真実なのか。
「そろそろだぞ。黄金の蝦蟇が生息する湖だ。さっさと捕獲してジェモーに帰ろうぜ……」
ディアークは、黄金の蝦蟇を捕獲するための魔道具を取り出した。
口調は、緊張しているのか少し違和感を感じる。
ここまでの道に遺棄されていた黄金像の表情が、脳裏に過ぎった。
ディアークの持つ捕獲用の魔道具は、粗末な小さな箱にしか見えない。
一般には流通していないらしいが。
そもそも、捕獲用の魔道具が存在するということは黄金の蝦蟇を捕まえた事例があるのだろうか。
ディアークは、ノルベール様から借りた物だと言っていた。
イストワール王国の貴族の間では、黄金の蝦蟇の油が重宝されていたのかもしれない。
そうだとすれば、苦しみを訴えてくる黄金の破片たちは……
「ユグドー、どうかしたのか? ほら、目的地についたぞ。適当なカエルを捕まえて、箱に入れていこう。黄金の油を流せば、そいつが黄金の蝦蟇だ」
「え? やっぱり、ディアークも見たことないの? 黄金の蝦蟇……」
ディアークは、水辺の草むらに鞘に入れたままの剣を入れる。
随分と雑な探し方だと思う。
決して広くはない湖を一通り見るが、生物らしきものは見当たらない。
「あぁ、見たことないな。少なくとも、俺の故郷……マーティン公国では聞いたこともない。イストワール王国の中だけで……。貴族の中だけで重宝されてるんじゃないか?」
黄金の油をイストワール王国が、独占しているということだろうか。
黄金の蝦蟇が、ここにしか生息しないとすれば理解できない話ではない。
しかしながら、詳しい生態や形態すら知らされていないとなると……。不可解である。
「黄金の蝦蟇なんて……」
ユグドーは、頭に浮かんだ不安を口にすることができなかった。
まだ、そうだと決まったわけではない。必死に探せば見つかるかもしれないのだ。
道中で、見てきた黄金の像が存在の証明ではないかと自分に言い聞かせる。
ユグドーは、疑いを振り払うように野草の根本まで注意深く探した。
アリ一匹として見当たらない。草が生えていて、虫すらいないのは変だ。
虫がいるなら、それを捕食する。それこそ、カエルが生息していてもおかしくはないのに。
ディアークは、黄金の蝦蟇の姿を知りもせずにここまで来たのだろうか。
それを調べようともしなかったユグドーには、言えたことではないが。
ありえないことだ。ディアークは、事前の準備を念入りにするタイプの人間だ。
戦いとは、開戦前に決している。事前の準備こそ大事だというのが座右の銘である。
何かがおかしい。ユグドーは、正体不明の不安を飲み込むように息を大きく吸った。
「……どうした? ユグドー。探さないのか? 黄金の蝦蟇を……。マリエル様のために……」
「ディアーク……。黄金の蝦蟇はいると思う?」
生暖かい風が、水面を揺らしていた。
厚い雲を貫くほどに高い山の上から低い唸り声が、聞こえてくる。
竜の息吹のような音の正体は、吹き付ける風だ。
しかしながら、まるで生き物がいるように獣のような生臭い匂いがした。
「さあ、探せばいるんじゃないかな。ノルベール様が、いると言ったじゃないか……。道中の黄金の像を見ただろ。蝦蟇の油を奪い合った結果だろ?」
「……イストワール王国の貴族の間で使用されてるのなら……。あの黄金の像は、貴族の関係者かな?」
「賊の類だろう。貴族と繫がってる賊も多いからな。盗掘や敵対貴族の荷馬車を襲うのを生業にしてる連中だ。まぁ、黄金の像にならなくても、長生きはできないがな……」
ディアークは、手に持った剣を地面に何度も小突いた。
表情からは、やりきれない気持ちが伝わってくる。貴族は、平民を親の敵のように嫌う。
ユグドーも、肌で感じてきた嫌悪感だ。
賊は、平民の中でも普通に働くことができない人間である。
彼らは、村や町などの共同体から追放された人間の成れの果てだ。
平民以下の扱いを受ける上に賊民と呼ばれる。
そんな連中と貴族が、裏で繋がっているというのは信じられない話だ。
ディアークの表情からも、嫌悪が伝わってくる。
それならば、黄金の蝦蟇探しには乗り気ではないということなのだろうか。
ある意味、賊徒のようなことをしているのだからだ。
ユグドーの身に宿る悪魔が、何かを訴えかけてくる。
危険を察知したのだろうか。ユグドーは、腹部に手を当てた。
ディアークの体が歪んでいく……。瞬間、生臭い何かが、鼻孔を突き上げた。
「ディアーク……危ないっ!!」
ユグドーは、ディアークに飛びかかる。不意をつかれて、受け身も取れないまま押し倒された。
ディアークとユグドーの立っていた場所には、黄金色の液体が地面を焦がしていた。
稲穂のような色に変質した緑草が、垂れ下がった状態で固まっている。
「……っ!! ユグドー。あれは、馬鹿な。本当に黄金の蝦蟇がいたのかよ……」
「ディアーク、あれが蝦蟇だって言うの? もう、嘘は止めたほうがいい」
ディアークは、ユグドーの問いから目を逸らした。上空から唸り声が聞こえてくる。
今は、何のために嘘をついたのかを探っている場合ではない。
ユグドーは、立ち上がるとディアークに手を差し伸べた。
「戦うつもりか? まぁ、逃げられないだろうからな……。とにかく、散開しよう」
ディアークは、紙に包まれた魔法石を取り出した。ユグドーは、囮になるために別方向に走る。
上空で、ユグドーを睨む丸くヌメヌメと光る肥大した瞳。顔の半分はあるだろうか。
肥えた牛のような胴体から生えた大きな翼。太い手足からは、鋭い鉤爪が見える。
黄金の液体を吐き出した大きなガマ口からは、長く粘着性のある舌が見えた。
カエルに見えるのは、その顔だけだ。その姿を形容するならば……。頭に浮かぶのはあの名称である。
そう、ドラゴン……
✢✢✢
ヴォラントの冒険譚に曰く。
誇り高く、穢れを知らない尊い貴族サマが、賊を雇うという行為について語ろう。
この世界は、神話期に起こった戦争の影響で数え切れない魔道具が作成されている。
その中には、世界に変革を起こすほどの力を持つ魔道具があるという。
危険性の高い魔道具については、リュンヌ教国によって管理されている。全てではないが。
多くの魔道具は、リュンヌ教国に保管されているようだ。
しかしながら、それは一部に過ぎないのではないかと研究者の間では噂されている。
リュンヌ教国が、絶対的な力を持っていることを他国や他種族に知らしめるための政治宣伝だろう。
この世界に生まれたものならば、誰もが神の奇跡に近付きたいのだ。
その力を得て、リュンヌ教国に反逆を画策する者たちもいる。金儲けの道具と考えるものも。
しかしながら、魔道具の収集に国家や個人が動くわけにはいかない。
リュンヌ教国の目があるからだ。
下手をすれば「神罰執行対象」として、処断されることになる。
そこで、役に立つのが賊徒なのだ。
一般の冒険者を使うことはできないのか? そのような疑問が浮かんでくるだろう。
答えは、できない。彼らは、ギルド連合に所属するからだ。
ギルド連合は、リュンヌ教国によって運営されている。
魔道具の捜索で、冒険者を雇えば神罰候補に名前が載ることになるだろう。
そこで選ばれたのが、追放された賊徒たちだ。彼らは、持たざる者の中でも最下層の人間。
彼らを利用することを思い付いたのである。
貴族たちは、賊徒らが欲している衣食住や奪われた人間的な生活を与えることを餌とした。
多くの賊は、それに従い。従わなかった賊は、討滅されていくことになる。
では、貴族に従った賊は、手に入れることができたのだろうか。
彼らの末路について公式な文書はない。当然のことだが。
リュンヌ教国も確証を得られなかった両者の関係は、ある英雄によって明らかにされることになる。
人の作った宗教と、その信徒たちの「神の力」に対する欲求は止めることはできないのだ。
五欲を満たしたいと願う人々の信仰心。
炎のような願いは、リュンヌ神の想定を遥かに超えているのである。
【ユグドー、絡まる黄金編】完。
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