ユグドー、ナスビとの邂逅編
ヴォラントの冒険譚に曰く。
突然だが、告白しよう。
私の父は、異界人だ。その父から、子供の頃によく聞かせてもらった話がある。
タイトルは、覚えていない。父は、異界に帰ったので聞くこともできないのだ。
話の流れはこのようなものだった。
釣り人は、浜辺に打ち上げられていた亀を助けた。
感謝する亀に、恩返しを要求する。
釣り針で、亀を脅して海の秘境まで案内させる。
そこには、亀の女王や侍女がいた。釣り人は、彼女らに、ご馳走を作らせる。
亀の女王や侍女に、芸や踊りなどを強要したのである。
酒池肉林の生活にも飽きた釣り人は、地上に戻る前に財宝などを箱に入れさせた。
その箱の名は、玉手箱。
釣り人は、地上に帰ってその箱を開けた。
そして……
✢✢✢
ここは、孤島。島流しだそうだ。
悪魔を宿し、教門騎士と戦って、命がある。これこそ奇跡だった。
神罰執行対象に選ばれたのに。
意識は、はっきりと覚醒してきている。だから、ぎこちなさを感じるのだ。
風景に、吹き付ける風や匂いに。何よりも、動植物。もっといえば、太陽である。
例えるなら、風景画のようだ。視界に入るものすべてが、認識できるものすべてが、出来すぎていた。
ユグドーは、浜辺から森の中へと入った。
花弁の大きな黄色い花の上、木漏れ日を浴びた蝶が飛んでいる。
足元には、木陰が見えるほどの歩道があった。誰かの手が加えられているのだろう。
この無人島のような場所に、自分の他にも人間がいる。ユグドーは、握りこぶしを作った。
今にして思えば、あのような激情に駆られたことなど、今までになかった。
まだ、13年しか生きていない。でも、様々な場所に行った。色んな人間を見てきたのだ。
あのような気持ちになったのは、はじめてなのである。ユグドーは、何を求めていたのだろうか。
緑風が、木々を揺らしている。カサカサと揺れる木の葉に耳を澄ませた。
しばらく、孤島の森を歩くと、岩肌が立ちふさがった。左右に果てしなく続いている。
(たぶん、グルっと一周回れるんじゃないかな)
岩壁には、穴を塞いだような形をしたものもあった。聖門長の言ってた洞窟だろう。
しかし、小さな石や岩を積み重ねたようで、入り口は通れなくなっているのだ。
当然のことではあるが、押しても引いても、びくともしなかった。
ユグドーは、周囲を探索。何か、ヒントが見つかるかもしれないと、期待したのだが。
木の根元、草むら、岩の下。日の当たらない影になった場所など、くまなく探した。
見つけたものは、三つ。
竹で作られた釣り竿、中身のない亀の甲羅、赤い紐で封のされた漆細工の箱である。
それ以外、見つからない。洞窟の中に入る方法も思いつかないので、海岸に戻ることにした。
白い網のような波が、砂浜を押しては、引いていた。何も変わった様子はないように見えた。
だが、紫の物体が、波の間から出てきた。ソレは、押し出されて、打ち上げられた。
ユグドーが近づいて、目を見開いて、観察してみたが、やっぱりソレにしか見えない。
ナスビだ。どう見てもナスビである。
(景色の違和感。この三つの拾い物に、ナスビ? 僕は、たぶんだけど。まだ気を失っているんだよ。きっと……)
「やあ、ユグドー。僕は、海で遭難して漂流した挙げ句に流れ着いた妖精ナス」
ナスビが話をしている。しかも、嘘をついているのだ。いや、冗談を言っているのかもしれない。
(ナスビの妖精か……。聞いたことがあるような気がするけど。なんで、僕の名前を?)
「ユグドー、洞窟の前で色々と拾い物をしたナスね。隠しても無駄ナス。見てたナス」
ナスビは、先程まで漂流していたと言っていたはずだ。支離滅裂なナスビの主張に不安になった。
竹で作られた釣り竿、中身のない亀の甲羅、赤い紐で封のされた漆細工の箱。
ユグドーは、困惑しながらも、ナスビの前にすべて並べた。
つぶらな瞳を見開きながら、ヘタの先から伸びたツルで、ヒゲを撫でている。
「なら、この中で、ミーに捧げるものを決めるナス。慎重に決めないと、バットエンドルートに突入ナス。いわゆる、ハッピー、トゥルー、バット、ナス」
悩んでいる暇はない。この選択が、状況の変化につながるのだろう。
頭を切り替えよう。見た目に騙されては、駄目だ。そのように、自分に言い聞かせる。
ユグドーは、三つのガラクタをながめながら、考えた。
今まで、出会った人たちならどうするかを。
相変わらず、貼り付けたような青空とカモメの群れが、ユグドーの頭上を旋回している。
✢
ディアーク・ベッセマー。ファミーリエ傭兵団の団長。今は、何をしているのか。どこにいるのか。
分からないが、彼ならば、何を選ぶだろう。
あれは、リトゥアールでの日々。ディアークが、デザートを持って帰った日のことだった。
本人には、言ってないけれど、涙が出るほど嬉しかった日のことだ。
「ユグドー、ほら。イストワールのお貴族様からデザートをもらったぞ。お貴族様は、果物をデザートというらしいぜ?」
ディアークは、薄ら笑いを浮かべる。わざと下品に振る舞っているのだ。
ユグドーに言わせたい台詞が、あるのだろう。
「ディアークだって、貴族の出身でしょ? どれが、僕の?」
「あぁ、そうだった。ベッセマー家の落ちこぼれだったわ〜。そういえば。うーん、いいよ、未来の家族、ユグドーに選ばせてやるよ?」
ディアークは、僕の前に三つのデザートを差し出した。
赤い玉、黄色い玉、緑の玉である。
ユグドーには、名前すら分からない。
自分の好みに合いそうなものを、選ぼうとするけれど。
味すらわからないのだ。
「迷うな、ユグドー。それはな。好きなものを選ぼうとするからだ。欲望は、盲目と悲観しか生まない。消去法だ。嫌いな色はどれだ? 形は?」
ユグドーは、緑の玉を選んだ。赤は嫌いだし、黄色は、悪魔の心が嫌った。
「運のいい奴め、一番高価なものを……。なら、俺はリンゴだな」
ディアークは、リンゴと呼んだ赤い玉をおぼつかない手付きで、上に放り投げて受け取る。
そのまま、かぶりつければ合格なのにと、ユグドーは思う。
呆れるユグドーに、緑の玉の名前は、メロンだと教えてくれるディアーク。
「最後の黄色いのは……。ディアークが食べるの?」
「あぁ、こいつは……。ミカンだ。これは、別口があるんだよ」
そう言って、ディアークは時計を見て、ウキウキとしたような足取りで、酒場を出ていった。
✢
(いらないのは、この黒い箱と亀の甲羅だね。どっちにすればいいかな……)
シードラゴンは、拿捕した商船のお宝を見つけるときは、その船長の目を見ればいいと教えてくれた。
お宝の隠し場所の近くに行くと、船長の目が泳ぐのだそうだ。
ユグドーは、漆細工の箱を手に取った。ナスビは、ニヤニヤと目尻を下げる。
次いで、亀の甲羅を手に持つ。ナスビは、無表情だった。でも、それは作ったような無表情だ。
ユグドーと目があって視線をそらすナスビ。
妖精という種族を考えれば……
(亀の甲羅だ。ハッピーエンドはこれだね。二人なら、間違いなくこれを選ぶ……)
でも、これは。
ユグドーは、亀の甲羅を置いた。気付いたことがある。これは、誰かの考えだ。
聖門長は、言った。考えろと。
ユグドーは、自分の考えがないことに気付いたのだ。
リリアーヌのときもそうだった。なぜ救いたいのか、その答えが出せなかったのだ。
今までもそうだった。誰かの考えを参考にしていたのである。
悪魔との契約も、村から追放されたときも、貴族の奴隷にならない決断も。
どんなときも誰かの考えを優先していた。
洞窟に行ったときも、そして、今も二人のことを考えて決めていた。
(どうする。僕の考えってなんだ。僕は、こんなの。こんなことよりも、やらなければならないことがあるじゃないか……)
ユグドーは、すべてナスビに渡した。ガラクタなんていらない。
欲しいのは、力だ。自分の考えを、実行に移せるだけの力だ。
「ほうほう、ナス。それが、ユーの決断ナス? ユグドーの決断ナス?」
「うんっ!!」
「自分で決めたナス?」
「うん」
「誰かの受け売りなしにナス?」
「う、うん……」
「悪魔のお母さんに聞かなかった?」
「……しつこいよ」
ユグドーは、ナスビを睨みつけた。
苦笑いを浮かべつつも、すべてのガラクタをヘタの中に入れていくナスビ。
「おめでとうナス。なら、ユグドーに素晴らしい情報があるナス」
寄せては返す波の音。ナスビは、目を細める。
ユグドーは、内心の腹立たしさを押し殺しながら、ナスビの言葉を待った。
「十二支石の伝説ナス」
✢✢✢
ヴォラントの冒険譚に曰く。
ナスビのような妖精。
精霊世界リテリュスで語られる神話以降の英雄譚、叙事詩、自叙伝、自慢話、噂話に至るまで。
だいたいの話に出てくる。
英雄や勇者、偉人や大犯罪者に至るまで。
すべての大いなる可能性のある人物、歴史を変える人物の前に出てくると言われる妖精である。
色んなアドバイスや試練を与え、果てはお使いまで頼むという。
正体は不明だ。
ただ、リテリュスでは、基本的に妖精は、精霊の配下である。
神話後期では、精霊の損耗から、妖精こそ白き民の代表とまで言われていた。
内心では、リュンヌ神もそのように考えていたフシが、神話からは読み取れるのだ。
妖精の考えについては、今までの話を見ていれば、分かると思う。
人間に白き民の代表の座を奪われてしまったのだ。彼らが、人間を導くなどと笑い話だろう。
私は、そう思うのである。
【ユグドー、ナスビとの邂逅編】完。
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