ユグドー、王都の裏側を見る編

 ヴォラントの冒険譚に曰く。


 ユグドーの足跡は、アンフェール大陸各地に点在している。


 特にイストワール王国には、ユグドーに関する伝承や詩が、数多く残されていた。


 彼は、王都の近くにある廃村から追放されたあと、王都の裏通りにたどり着いたようだ。


 親も兄弟も親戚もいない王都の裏通りで、どうやって、生計を立てていたのだろうか。


 今回は、その部分の話をしよう。



✢✢✢



 イストワール王国歴846年。


 イストワール王国は、建国以来の厳格な階級制度を布いていた。


 後の世界的な英雄『フジカワユウ』が、平民解放条例を提案、可決されるまで。


 平民階級のものは、裏通りでの生活を強いられていたのだ。


 彼らは、世界の覇権を握る宗教国家リュンヌ教国が定めた五戒を破って生計を立てていた。


 人を殺し、物を盗み、人身売買をし、誰かを騙したり、非合法の物を売ったりなど。


 彼らは、好きこのんで破っていたわけではない。そのようにしなければ、生きてはいけなかった。


 イストワール王国は、それらを罰してリュンヌ教国に報告をする。


 表面上の恭順を示すために。


 だから、平民の一掃を考えてはいない。彼らは、国益のための道具だったのである。


 ユグドーは、追放されたどり着いたその先で、裏通りの平民になっていた。


 しかし……


 8歳になるユグドーは、五戒を守りながら生きていた。何故それができたのか?


 かの悪魔の力。魂だけとなった悪魔の力をユグドーは、得ていたからだ。


 その力の一端として……


 ユグドーは、悪霊の声を聞くことができる。貴族を怨み、死して悪霊となった平民たち。


 誰にも、相手にされず孤独と苦悶の中をさまよう悪霊たちの話し相手になっていた。


 その返礼は、悪霊たちが生前に隠していた僅かな金銭である。


 抗争は、毎日起きた。


 新たな悪霊が、生まれる。


 どんな屈強な悪漢であっても、死のあとにくる苦しみと孤独には耐えられない。


 それらが、ユグドーを生かし続けたのだ。



「ユグドーさん、市民や平民でも肉と酒が飲める場所があるんですよ。僕もそれを売る側で、随分と稼げたんですけどね。……ハハ」


 悪霊は、声を引きつらせて笑う。怒りが張り付いたような眼光で、笑っている。


 この時代、肉や酒は市民や平民には、禁止されていた。禁止されれば、余計に需要は高まるものだ。


 この悪霊は、その需要に生かされ、そして殺されたのだ。


 太陽の差し込まない裏通りにあるゴミ山の麓。見上げても、見下ろしても、絶望の色に染まる。


 ここが、ユグドーの家だ。


 誰が言い出したのか、孤独のゴミ吐き場と呼ばれている。


 ユグドーと悪霊が、会話をしていることを知るものはいない。


 だから、常に独りで喋る子供がいると噂されており、それが場所の名の由来となった。


「……でも、それは毒なんじゃないかな。こんな場所で作られるのは、ろくなものじゃないよね?」


 ユグドーの指摘に、悪霊は大きく頷いた。


「売り手なら絶対に食べないですよ。あんなもの。でもね、中毒になればやめられないんですよ。だから、ボロ儲け。まぁ、そのせいで、仲間から殺されたんですけどね」


 悪霊は、その目に怒りを宿しながらも、口元には笑みを浮かべていた。


「あの野郎、未だに稼いでるんだろーな。金さえあれば、市民権も買えるしなぁ。裏で儲けつつ市民街で、細々とでも暮らせるってもんですよ」 


 悪霊は、ゴミ山のゴミを手に持って壁に投げつけた。傍から見れば、心霊現象だろう。


 誰もここに近づかない理由の一つだ。


「うん。お金があれば何でもできるんだよね。でもさ、悪いことをしたら、市民街警防軍に捕まるんじゃないかな?」


「ユグドーさん、儲けられるカラクリには、悪魔が関わってるんですよ。でも、警防の奴らには知られるはずがないんですよねぇ。ただ、リュンヌ教国に良い顔したいだけだから……」


 ユグドーは、かの悪魔が言っていたことを思い出した。


 人間悪は、悪魔がなす悪よりも種類が多くて、品がないのだそうだ。


「ユグドーさん、それだけじゃないんですよ。この黒曜市は、あっ。非合法のものを売る場所のことを『黒曜市』と言うんですけどね」


「さっきも言ったけど、悪魔が関わってるんですよ。イストワール王国程度じゃ探すことができないんですよね。リュンヌ教国が、直接調査なんて来るわけ無いですから。半永久的な稼ぎどころですね」


 悪魔は、言い終えて悔しげに顔を曲げた。再び、ゴミ山からゴミクズを取り出して壁に投げる。


「僕はね、ユグドーさん。不正を暴いてやりたい。協力して下さいよ。警防のブレ男爵……あ、いや。その部下でもいいですよぉ。通報して下さい。ユグドーさんなら、犯罪歴もない子供ですし、信じてもらえるかも?」


 悪魔は、ユグドーのちいさな体にすがりついた。ユグドーは、眉をひそめて考えた。


 子供の告発など、信じてもらえないだろう。それに、悪魔が関わっているのなら……


(同じ悪魔か、リュンヌ教国の聖門騎士レベルの力が必要だよね。でも、僕の力なら……)


 リュンヌ教国は、教門、聖門、神門の順に騎士団を保有していると、かの悪魔が言っていた。


 聖門以上と対峙するとなると、悪魔も気が抜けないのだという。


 ここに、リュンヌ教国の聖門騎士団が来るわけはない。


 ユグドーは、自分に備わる悪魔の力を使うしかないだろうと結論づけた。


「ちなみに、悪魔の不可思議な力で、酒や肉は食べやすい丸薬に変えられてます。さらに、製造販売所である『黒曜市』は、木材集積所の地下にあるんですけどね。隠し階段は、悪魔か組織の人間しか見えないんですよぉ……」


 悪霊は、悪魔が人間に協力する目的は、丸薬中毒になった人間を生贄にさせることだという。


「ユグドーさんに託すしかないんですよ。何とか、このことを警防の奴らに伝えてくだ……さいよ」


 悪霊は、その後も一通り組織への怨み節を残して、どこかに消えていく……


 ユグドーは、小さく息を吐いた。見上げると、日差しを遮る天井が見える。


 屋根が捲れ上がり、蔦が絡み合う。それらが、隣り合う屋根をこえて繋がっているのだ。


 日差し阻まれて、湿った臭気が流れる。


 以前、ここには多くの人が住んでいたという。


 隣国であるターブルロンド帝国との戦争で、多くの人がこの旧市民街から戦場に派兵された。


 ユグドーは、帰らない主を待っている虚しい残骸たちを見つめる。


 黒曜市で、製造されている丸薬は、そのうちこの国にとって悪い影響を与えるだろう。


 悪魔を止めるために、ブレ男爵の市民街警防軍を動かす方法を。


 ユグドーは、考えた。





 裏通りの木材集積所から火の手があがった。


 ブレ男爵配下の市民街警防軍は、消火活動をしている。まもなく消し止められるだろう。


 早期の通報があったことが幸いした。


 イストワール王国にとって、平民はリュンヌ教国への得点を稼ぐための道具だ。


 また、現在も続く、ターブルロンド帝国との戦争の駒としても必要である。


 だからこそ、火事が起きた場合は救出をしないにしても、消火活動だけはしっかりとするのだ。


 ユグドーは、木材集積所の廃材置き場に隠し階段を見つけた。


 悪魔の痕跡が、色濃く残っている


 黒曜市を裏で牛耳る悪魔によって、偽装が施されていた。おそらく、普通の人間には見えないだろう。


 ユグドーは、あの日に備わった悪魔の力を行使して、偽装を解除する。


「ここに、逃げ遅れた人たちが隠れているよ!!」


 ユグドーは、消火活動を終えた警防軍の隊員に声をかけた。彼らは、怪訝な顔を見合わせる。


 ひとりの隊員は、ユグドーに近づいた。まるで、悪戯をした悪童を叱るような表情だ。


 隊員は、ため息をついた。ユグドーが、指を差す方向を見つめる。


「これはっ!! おい、来てくれ。こんなものをいつの間に……」


 隊員たちは、ユグドーを無視して応援を呼ぶとまたたく間に、隊員たちが隠し階段に集まってきた。


 この日、多数の平民が王国に捕まった。これほどまでの逮捕者は、王国史上はじめてのことだろう。


「ありがとう。ユグドーさん、彼奴らの慌てようったらないね。本当に胸がすくなぁっ!!」


 悪霊は、晴れ晴れとした顔で笑っていた。その姿は、霧のように汚れた空気と一体化していく。


 ユグドーは、空を見る。やはり太陽は、見えなかった。


✢✢✢


 ヴォラントの冒険譚に曰く。


 ユグドーの通報がキッカケで、イストワール王国は、黒曜市を取り締まることができた。


 イストワール王国の事件公史には、この事件の関係者や功績者に『ユグドー』の名前はない。


 しかし、この事件の後に一人の少年が、ある貴族によって飼われたとの記録がある。


 ヴォラントは、その貴族の日記を入手したと発表した。


 そこに『ユグドー』なる人物の名前が記載されているのだと、力説しているのだ。


 【ユグドー、王都の裏側を見る編】完。

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