ユグドーの求道譚

隠れ里

幼年期

ユグドー、幼少の頃に出会った友編

 ヴォラントの冒険記に曰く。


 とある村の風習の話。


 小さな村で、魔力の高い赤子が生まれると、その赤子は、5歳をむかえる頃に死をむかえる。


 奇病か短命な種族なのだろうか。いずれにしても、哀れな気持ちになるだろう。


 まだ、幼齢な命が尽きてしまう。なんとも悲しいことであろう。


 否、そうではない。


 その者たちの寿命は、5歳で尽きることはない。ならば何が死をむかえるのか。


 人生が終わるのだ。人生が終わるのは、死ぬのに似ているのである。


 だから、死をむかえるのだ。


 かつて、大魔術師が描いた封印の魔法陣の上に手足を魔道具で拘束された悪魔がいた。


 悪魔の甘いささやきも、言葉を封じられていては意味がない。


 悪魔の最大の武器である魔力は、魔法陣の内に封じられている。


 言葉も力も封じられては、どんな悪魔であろうともただの人形である。


 この悪魔は、もう500年もこうして、ただ夢想の日々を送っていた。


 魔法陣のサークルの上には、5歳になった魔力の高い子どもたちが悪魔を取り囲んでいる。


 枯れ果てるまで個人差はあるが、ここで生涯を終えるまで座っている。


 魔法陣を発動させ続けるために。


 発動し続けるには、大量の魔力源が必要なのだ。


 子どもたちは、その魔力源になっている。


 この村に生まれたユグドーという少年も、今日、その一人になろうとしていた。



 ✢✢✢



「行ってらっしゃい。ユグドー。しばらく我慢すれば、出してもらえるからね」


 今日、ユグドーは、5歳になる。


 ユグドーの父母は、何時もと変わらない日常の顔であったし、態度だったのだ。


 だから、ユグドーは、少し長いお出かけくらいにしか思っていなかった。


 生まれたときから、魔力の高かったユグドー。


 今にして思えば、5歳までの命と諦められていたのかもしれない。


 ユグドーは、父母の言葉にも表情にも、変化を感じることはなかった。


 すべて、言葉通りに信じたのだ。


 この村では、それを自然のことと考えていた。だから、誰もが我慢していた。


 それに抵抗すべきだと教えるものもいない。


「ユグドー、お前はこの村の……いいや、この世界の平和に貢献できるのだ。大変に名誉なことなんだよ」


 父の言葉の意味は、分からなかった。しかし、無表情でユグドーの背中を押してくる。


 長老は、ユグドーの父母に頷いた。ユグドーの手を取り歩きだした。


 長老は、質素な村落で異彩を放つ建築物。

 

 赤と黒の色が巻き付いた大きな塔まで、ユグドーを連れてきた。


 ここには、悪魔が封印されているという。


 ユグドーは、道中で一度だけ振り返った。と思う。泣いている母を父が、慰めている姿を見た。


 すぐに戻れる。ユグドーは、急に不安になってくる気持ちをごまかすように何度も呟いた。


「ユグドーよ、ここを登りなさい。頂上にいる男の言われたとおりにするのだ。言うことを聞けば、きっと早く帰れるよ」


 長老は、ユグドーの頭を優しく撫でた。少し驚いた顔をした長老に、ユグドーは頷く。


 ユグドーは、塔の中に入る。


 どこまでも続いている螺旋階段が、ユグドーを出迎えた。


 ユグドーは、目の前がクラクラしたので、壁に手をつけて、ゆっくりと歩いた。


 やがて、螺旋階段の終わりに白装束の男がひとり立っていた。


 ユグドーを見るその姿は、はっきりとしない朝靄の中の案山子のようだ。


 白装束の男は、ユグドーの肩に手を置いた。


 そして、長老と同じように驚いた顔を浮かべたのだ。


 白装束は、部屋の扉を指し示した。


 白装束は、違和感のある語調でこのように述べた。


「まほうじんのそとがわにすわれ。ほかのものとおなじように……」


 すると、扉が開く。


 別の白装束の男が、肩にユグドーよりも大きな子供を抱えていた。


「だめになった」


「そうか、かわりがきた」


 中から出てきた白装束は、肩に抱えていた子供を床に乱暴に下ろす。


 まるで、壊れた人形のように。


 ユグドーの手を引いて、扉の中に連れて行く。


(ボクも……こうなるのかな)


 ユグドーは、倒れている子供におぼろげながら自分の未来の姿を見たような気がした。



 ✢



 ユグドーは、魔法陣に座っている。もう何日も。


 この塔にある唯一の部屋。ここには、窓がある。


 ユグドーは、そこから太陽が村を照らし、月が寝静まった人々に微笑みかけているのを見ていた。


 ユグドーは、他の子どもたちに語る。


「ここで、ボクらは、かれていくと思う。ここに来る前に見た子は、かれていたから……」


 誰も答えない。どの子も、また青年もただ座って目を閉じて瞑想を続けているのだった。


 ユグドーの目の前、魔法陣の真ん中には、やせ細った悪魔がいた。


 寂しさに耐えかねて、ユグドーは、悪魔にこう訪ねた。


「ここから、出たくないの。君は。ボクらと同じで。かれているよ」


 悪魔は、大きな赤い瞳をギロッとユグドーに向けた。ユグドーは、怖くはなかった。


 それどころか綺麗だなと感じていた。まるで、夜空に輝く赤い星のようだ。


「……ここから出たいね」


 目の前の悪魔は、微動だにしない。というよりもできないのだが。


 悪魔の声は、ユグドーの心のなかに、思いとして伝わってきた。


 ユグドーは、目をシバシバとさせた。そして、久しぶりに頬の筋肉があがるのを感じた。


「出たらどうしたいの」


 ユグドーは、久しぶりに誰かと話をしたのだ。嬉しくなった。声が弾んでいた。


「もう一度、故郷の親に会いたいね」


 悪魔は、どこか遠くを見ているようだ。縛られた手が、少しばかり動いたように見えた。


 ユグドーは、思った。


 悪魔も同じ気持ちなのだと、人間と何一つ変わらないのだと、そう思った。


 幾日たっただろう。


 ユグドーは、悪魔と様々な話をした。


 もっとも、生まれて5年しかたっていない幼子の話など、すぐに尽きてしまう。


 しかし、悪魔は違った。800年もの歳月を生きているのだという。


 悪魔が、塔に封印されてたのは、500年前である。その生涯の殆どをここで過ごしているのだ。


 だからといって、無知ではない。悪魔として様々な魔法に精通しているし、博識である。


 ユグドーは、悪魔から様々な教えを施された。


「寂しくないの」


 ユグドーの問いに「悪魔は、心を眠らせてたからね。でも、故郷には帰りたいね」と答えた。


 深い眠りの中で、ユグドーの声を感じて、覚醒したのだという。


「親は、きっと生きてるね。僕の帰りを待っているよ。ユグドーもそうだろう?」


 ユグドーの頭の中に泣いていた母親の姿が、ぼやけて浮かんだ。


 しかし、ユグドーは力強く首を横に振る。


「ボクは、君を故郷に帰してあげたい」


 悪魔は、ひどく狼狽しているようだった。


「ユグドー、君だってこの村の人間なんだろう。悪魔を恨んでないのかい?」


 ユグドーは、周りを見回す。誰もが、自分と悪魔の会話など気に留めていない。


「ボクは、君の気持ちがよくわかるよ。痛いくらいに……」


 ユグドーは、悪魔に名前を尋ねた。


「……ユグドー、君は、恐ろしい子供だね」


 悪魔は、何やら口をパクパクさせた。ユグドーは、コクリと頷いた。


 悪魔は、霧のように消える。


 これが、ユグドーの故郷の記憶の全てである。



 ✢✢✢



 ヴォラントの冒険記に曰く。


 ユグドーが、書いた故郷という詩歌に、その他の資料を元に私が書き加えた。


 悪魔と心を通わせたユグドーは、村を追放。一方で、人間と心を通わせた悪魔は、体を失った。


 悪魔は、魂だけの存在となったが、故郷の両親の元へと帰ることができたのだ。


 ユグドーは、わずか8歳で両親と故郷を捨てざるを得なくなった。


 彼の残した詩歌から、私のユグドーを求める日々がはじまったのである。


 【ユグドー、幼少の頃に出会った友編】完。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る