第14話

 あの時みたいに、怒りに任せて追い帰せたら楽なのに、いざ朱音を目の前にしたら、何も言葉が出てこない。今までの葛藤なんてどうでも良くなって、朱音に触れたくて、抱きしめたくてたまらなくなる。堰き止められない好きという感情に、結局また振り出しに戻される。


(これ以上苦しみたくない、でも…)



 月曜からズル休みしていたことがついにバレ、俺は、今日遅番だった母親と、朝っぱらから大喧嘩になった。


『高校生にもなって子供じみたことしてんじゃないわよ!』

『うるせーな!俺にだって色々あんだよ!』

『何が色々あるだ!こっちはあんたのために必死に働いてんのよ!学費も家賃も生活費も携帯も!全部タダじゃないんだからね!』

『頼んてねーし!んな恩着せがましく言うなら高校なんて辞めて働いてやるよ!」

『舐めたこと言うんじゃない!そんなこと絶対許さないから!』

『許さないとか言われる筋合いねーし!ほんとウザすぎんだよクソババア!!』


 頭に血が上り、着の身着のまま家を飛び出した俺は、財布も携帯も何も持たず、手ぶらで出てきてしまったことに途中で気がつく。


(あーくそっ。どうすっかな)


 中学時代は、東中の頭なんて言われ、グレて遊びまくっていた時もあったのに、今や呼び出せば来るようなヤンキー仲間も女友達もいない。高校生になってから、自分がどれだけ朱音中心に生きてきたか、今更のように思い知る。

 色々考えてみたけど、平日の昼間から時間潰せる場所なんて図書館くらいしか思いつかず、俺、いつからこんないい子ちゃんになったんだと自分を笑いながらも、仕方なく図書館に向かった。


 子連れの親子が結構いる一階の絵本広場から2階に上がった俺は、借りたい本もないので、何となく視聴覚コーナーに足を運ぶ。そこには、大学生なのか、俺くらいの年代の奴もチラホラいて、そいつらと同じように、俺は適当にDVDが並んでいる棚を見た。


(そういや俺、図書利用カードとか持ってねえや、小学生の時母親に作らされたような気もすっけど、まあ別に見なくても、空いてる席座って寝ててもいいし…)


 そう思った矢先、俺の目は1枚のDVDタイトルに釘付けになる。それは、昔母親が、朱音ちゃんて美少年だった頃のこの子に似てると思うのよと言っていた、外人俳優が出ている昔のDVD。本当に似てんのかよと思いながらそのDVDを手にとり、俺はカウンターへ向かう。カード持ってないから、登録事項照合書とかよくわかんないもん書かされて、何やってんだ?と思いながらも無事借りれた俺は、早速デッキにDVDを入れて再生した。


 画面に映ったその俳優は、確かに整った顔をしていたけど、朱音とは全然違っていた。似てねーし、朱音の方がずっと可愛いし綺麗だしと思っているうちに、ストーリーなんて全然頭に入ってこなくなって、俺は目を瞑り、脳内の朱音に溺れた。幼稚園、小学生、中学、高校、色々な時期の朱音で、頭の中がいっぱいになる。

 

 多分俺は、朱音の存在がなかったら、高校へなんて行っていなかっただろう。

 元々、中学卒業したら働くか、あまりにも母親がうるさいから、就職に有利そうな地元の工業高校にでも入るかと思っていたくらいで、中2で朱音に振られて微妙な距離ができしまってからは特に、先のことなんてどうでもいいと思うようになっていた。


 意識が変わったのは、中3になり、小学生の時以来初めて朱音と同じクラスになった時。毎日のように好きな子に教室で会えるってのはやっぱりでかい。そりゃ、同じ高校を目指すほど、優樹が好きな朱音を見ているのはきつかったけど、こんなにも近くにいるのに、黙って指咥えて見守るなんて俺にはできなかった。

 だから、朱音がなぜか谷口と付き合いだした時は、本当にすげーショックで、手を繋いだりデートしたり、朱音と公然と触れ合える谷口が羨ましくてたまらなかった。


 俺も朱音と恋人になりたい!朱音と触れ合いたい!

 朱音に告白した日から、ずっとずっとそうなることを夢見てきてたから、朱音と実際付き合えることになった時は嬉しすぎて、明日死ぬんじゃねーか俺?と本気で思った。


 たとえ今朱音が俺を好きじゃなくても、きっと好きにさせてみせる。根拠はないけど、そう自分を信じて疑わず、実際朱音と付き合いだしてから、俺は朱音の心が、少しずつ俺に向いてくれているように感じていた。

 だけどそんな自信、あの日全て木っ端微塵に砕け散る。誰かを好きな気持ちは、そう簡単に断ち切ることも変えることもできない。自分が一番、身をもって知っていたのに、なんで俺は、朱音を絶対に振り向かせられると信じていられたんだろう。


 朱音の心は優樹にある。そんなこと、嫌ってほどわかっていたし、朱音と付き合えるならそれでもいいと本当に思っていた。でも、恋人になって、キスしたり、抱き合ったり、今までにない近さで朱音と触れあえるようになったら、その事実が、耐えられないほどの痛みになった。俺と付き合っているのに、身体は俺のすぐ側にあるのに、心が自分に向いていないってことが、こんなにも苦しいなんて知らなかった。


(まじ辛い…)


 やっぱり俺にはもう、優樹を想う朱音と一緒にいることはできない。高校も、やめるしかない。身体が引きちぎれそうな痛みを胸に、そう決意を固め、ようやく戻った家に、朱音本人が待っていたのだ。



「…晴翔」


 最初に口を開き、俺の名前を呼んだのは朱音だった。その、少し掠れた甘い声に、全身の血が沸き立つように体が熱くなる。こんな風に俺を呼ぶくせに、まだ優樹を好きなんて信じられないし信じたくない。


「俺、おまえとちゃんと話したくて…」

「嫌だ!もう俺朱音の口から優樹のこととか聞きたくねえ!」


 思わず駄々っ子みたいに叫んで、朱音から目を逸らし俯いた次の瞬間、突然朱音が俺に抱きついてきて、そのまま唇を奪われる。


「…」


 自分からすることはあっても、朱音からキスされたことなんてなかったから、俺は一瞬何が起こったのかわからなかった。


「話したいのは優樹のことじゃない!俺は、今の俺はおまえが好きなんだよ!

ずっと優樹が好きだったのに、おまえのことは、親友としか思ってなかったのに、気づいたらおまえを好きになってたんだよ!」


 唇が離れた途端、朱音は叫ぶようにそう言った。俺は、今聞いた言葉が信じられなくて、涙目になっている朱音の瞳を見つめ、呆然としたまま問いかける。


「今朱音、俺のことが好きって言った?でもあの時朱音、優樹のこと想像してるって…」

「言ってねえよ!なんも言ってねえのにおまえが勝手に決めつけたんだろう!」

「でも俺のこと想像してないって言った」


 自然と責める口調になる俺を、朱音は微かに紅くなり睨んでくる。


「本人目の前にして、おまえのこと想像してるとか言えるわけねえだろ!おまえはデリカシーなさすぎるんだよ!!」


 その言葉を聞いた瞬間、俺は朱音の肩を鷲掴み必死に聞いていた。


「それって!朱音も優樹じゃなくて俺のこと想像してしたことあるってこと?」

「だからなんでおまえは、そういうこと平気で聞くんだよ」

「お願い朱音!正直に答えて、じゃなきゃ俺、朱音のこと信じられない!」


 今まで散々、優樹が好きすぎてやけになる朱音を沢山見てきた。俺にとってはそれが当たり前で、それでも諦められなくて…だから、どんなに恥ずかしくても、俺を見て、俺が欲しいって、はっきり言葉にして言ってほしい。


「お願いだから言って、朱音!」

「そうだよ!あるよ!おまえのこと考えてしたこと…」


 言いながら真っ赤になっていく朱音に、俺の理性は吹き飛んだ。夢中で朱音の唇にキスをして、そのまま深く舌を差し込む。立ったまま一心不乱に朱音の口内を貪っていたら、俺のキスに応えるように、朱音自らも舌を絡ませてきた。嬉しすぎて、堪らなく欲情して、俺はキスをしながら朱音の身体に体重をかけ、リビングのソファに押し倒す。急かされるように自らの上着を脱いで、朱音の制服のボタンを外していく。


「待って待って待って!」

「いやだ!無理!」


 だけど、なぜか突然朱音の口からストップが入り、 当然俺は、ここまできて止められるわけがなくその言葉を却下する。抵抗しだす朱音を抑えつけて、制服のズボンのベルトに手をかけ脱がそうとしたら、今度は思い切り殴られた。


「いってーな!なんでだよ!朱音も俺のこと好きなんじゃねーの?」


 朱音の言動の意味がわからず、半ば泣きそうになりながら言ったら、朱音は首をふり反論する。


「好きだよ!好きだけど!俺高校からすげー走ってきたから汗だくなんだよ!」

「そんなんどーでもいいし!」

「おまえは良くても俺が気になんの!おまえ男とやったことねーだろ!女より汗かくと匂うんだよ」

「そんなん気になったことねーし、朱音の匂いならなんだって好きだし!」

「うるせー!せめてシャワー浴びさせろ!俺はおまえ以外としたことねえし!初めてだからちゃんとしたいんだよ」


 思い通りにならずカッカしていた心が、涙目で、初めてだからとか言っちゃう朱音の姿にキュンと強く撃ち抜かれる。でも、こんな状態で待つのはやっぱり嫌で。


「じゃあ一緒に入ろう?」

「嫌だよ、恥ずい」


 あっさり断られるも、俺だってそう簡単に引き下がれない。中2で告白しようと決めた日、朱音がシャワー浴びるのを待ちながら、いつか一緒に入って色々したいと夢見ていたことを思いだす。


「お願い朱音!俺中2の頃からずっとおまえと風呂入りたかったの!」

「嫌だっつってんだろ!ていうかおまえの頭ん中そういうことしかねえのかよ!」

「そうだよ!俺の頭ん中昔から朱音のことしかねえよ!そんなこと朱音が一番よく知ってんだろ!!」

「…」

「お願い朱音!俺、朱音と離れてる間ずっと苦しかった、今はもう、一瞬でも朱音と離れたくない!」


 必死すぎる俺に呆れたのか、朱音はフッと口元を緩ませ俺を見上げた。俺のせいで、半分脱げそうに乱れた制服姿の朱音は、頭がイカれてしまいそうなほど色っぽい。一緒に入るのは嫌だと、睨むように俺を見ていた瞳がフンワリと和らいで、俺は、もう何度目か分からない恋に再び堕ちる。


「おまえって本当に、俺のこと好きだよな」

「だからそうだって何回も…」


 最後まで言い終わらないうちに、朱音から二度目の口付けをされ息を呑んだ。

「いいよ、一緒に入ろう。その代わり、もう絶対俺から離れるなよ。俺だって、お前に会えない間、ずっとずっと苦しかったんだから」


 そう言って背中に腕を回された瞬間、俺は堪らず、噛み付くように朱音にキスをする。正直このまま、最後までもつれ込みたい衝動に駆られたけど、朱音が一緒にシャワー浴びると言ってくれたチャンスを逃したくない。俺は、名残惜しく音をたてながらゆっくりと唇を離し、朱音の手を引き立ち上がる。肌以外の布の感触が邪魔で、狭い脱衣所に着いた途端、俺達は互いに服を脱ぎさり、急かされるように裸で抱き合った。


 そこから先はもう無我夢中で、俺は、何年も我慢してきた恋と欲望を吐き出すように朱音にむしゃぶりつく。シャワーで濡れた裸の肌の感触も、エロすぎる身体の反応も、声も、匂いも、朱音の全てが俺の想像なんて遥かに超えていて、とっくに限界点に達していた好きが、もっともっと深くなる。身体の奥まで繋がりながら、朱音は俺のだという抑えようのない独占欲が、昔、天気予報のニュースで見た外国の竜巻きみたいに、グルグルと腹の奥で渦巻いていく。


 ようやく朱音と結ばれた幸せと、なぜか余計に大きくなる、絶対に朱音を誰にも取られたくないという不安に心を支配されたまま、俺は、もう無理という朱音の唇を塞ぐように、何度めかわからないキスをした。




「朱音、今日は泊まってくだろ?」

「いや、泊まりはいい」

「え!なんで!」


 初めて結ばれたあの日から、俺たちは順調に愛を育み、春休みになってからも、俺と朱音はほぼ毎日一緒にいる。

 デートはだいたい、俺の家でまったりすることが多かったけど、今日は久しぶりに二人で話題のアニメ映画を見に行った。その後、結局一番落ち着くし安いからと地元に戻り、いつものファミレスでご飯を食べているところで、当然このままお泊まりコースだと思っていた俺は、目の色を変えて朱音を誘う。


「今日はお袋久々に遅番なんだから泊まってけよ!」

「嫌だよ、だっておまえ家行くと絶対してくるし、初めての時もほんとしつこかったし、泊まりはもう無理」


 ドリンクバーのオレンジソーダを飲みながら、朱音は少し声を顰め首を振る。

 なんでだよとがっくり肩を落としながらも、俺も正直、あの日はさすがに初っ端から飛ばしすぎたと反省していた。あれから一晩中なんてことはさすがにないけど、朱音が警戒してしまうのも無理ないかもしれない。


 朱音を好きになって、男同士のやり方調べた時は、最初は触りっこだけにしとこうと、思っていたはずなのに、実際、朱音が俺の手でいく姿を見たら、どうしても最後までしたくて我慢できなくなった。

 風呂場にあった、母親が使っているクレンジングオイルを見つけた俺は朱音に懇願し、指で充分朱音のそこを解した後、バックで初めて繋がり、それから、二人で俺の部屋のベッドに移動して、二回目は朱音の顔を見ながらしたかったから正常位で抱いて、あまりにも最高すぎたからその後も…


「うるせえな!さっきから変なことブツブツ呟いてんじゃねえよ!」

「え?」


  心の中だけで思いだしてるつもりだったのに、いつの間にか口に出ていたらしい。


「じゃあさ、何もしなきゃ泊まってくれるの?」

「出来もしねーこと言うなよ」


 小さな頃からの幼馴染なだけあって、朱音は俺のことよくわかっている。


「だってさ、好きな子側にいたらそりゃしたくなるに決まってるじゃん」

「バカ!声でかい!ちょっと抑えろ」


 朱音はシーッというように口元に人差し指を添えると、さっきより小声で言葉を続ける。


「別に俺も絶対したくないわけじゃなくて、おまえしつこすぎんの。泊まらない日でさえそうなのに、一晩中とかきつい」

「じゃあ3回までにすっから」

「それがもう多いんだよ!」

「あれ!晴翔と一ノ瀬じゃん!」


 とその時、突然懐かしい声がして、ギクリと振り向いたその先に、槙野と谷口が立っていた。


「ゲッ!」

「なーにゲッて!1年ぶりの再会なのに酷い!うちら突然晴翔にラインブロックされてめっちゃ辛かったんだから!」


 嬉しそうに走りよってくる槙野に、こんなことになるなら地元のファミレスなんて寄らず、中学の時みたいにコンビニで弁当でも買って真っ直ぐ朱音と俺の家に帰れば良かったと後悔したが今更遅い。追いうちをかけるように、谷口と朱音が会話をはじめる。


「久しぶりだね」

「うん…谷口も、久しぶり」


 もう真央とは呼ばない朱音にホッとしたけど、朱音も明らかに、元カノの出現に動揺しているようだった。さっきまで二人だけの世界だったのに、槙野と谷口が現れた途端、まだ朱音に片思いだった中学生だった頃の感覚が蘇ってくる。


「今日は優樹君一緒じゃないんだね」


 その上谷口が余計なこと言ってきて、どうにかこいつらを追っ払う方法はねえかと思っていたら、朱音が突然立ち上がり谷口の腕を引く。


「谷口、ちょっとだけいい?晴翔と槙野はここで待ってて」

「は?なんで?」

「いいから」


 そう言うと、朱音は谷口を促し、二人でファミレスの外に出て行ってしまった。


「なになに?もしかして二人の復縁あったりして!ねえねえ!晴翔と私も折角再会したんだからまた遊ぼうよ!やっぱりさあ、中々晴翔以上にビジュアル好みなイケメンいなくて…」


 槙野が隣でごちゃごちゃ話しているけど、俺は気が気じゃなくて、朱音と谷口が出て行ったファミレスの出入り口から目が離せない。しばらくすると、ようやく朱音と谷口が戻ってきて、久々に見た、二人が並んでいる姿に、心臓がキリキリと痛くなる。


「ほら樹莉、私達は帰ろ」


 だけど谷口は、俺らの席に来ると直ぐに、槙野の腕を掴み引っ張った。


「えー!!ヤダヤダ!もっと晴翔といたい!」

「ダメだよ、私達はお邪魔だから」

「なんでよー」

「ほら行くよ」


 言いながら、渋々立ち上がる槙野を促していた谷口と不意に目が合う。中学の頃、俺達が目で追っていたのはいつも朱音だったから、谷口と互いに視線が合ったのは、今日が初めてかもしれない


「良かったね」

「え?」


  谷口は、抑揚のない声でボソッとそう呟くと、そのまますぐに俺から目を逸らし、槙野と一緒に立ち去って行った。

 谷口の言葉の意味はわからなかったけど、二人が去ってくれたことに、俺は心底ホッとする。でもそれよりも気になるのは、朱音が谷口と二人で話しに行ったことだ。


「谷口と二人で何話してたんだよ」

「俺と晴翔が付き合ってること、谷口に言った」

「え!マジで?」


 思ってもみなかった朱音の返答に、俺は驚愕する。俺らが付き合っていることは、俺の母親以外誰も知らない。

 俺は人に知られても全然いいし、本当は優樹にも、朱音を完全に諦めてもらうために今すぐ言ってやりたいくらいだけど、朱音は相変わらず、自分がゲイだと知られることも、優樹に伝えることも頑なに嫌がった。だから、朱音が自ら谷口に言ったことが信じられなくて


「なんで谷口には言ったの?」

「わかんねえ、自己満足かもしれないけど、谷口には、俺がゲイだってことも、今は晴翔と付き合ってることも、ちゃんと言った方がいい気がして…谷口は中学の頃、俺が優樹好きだったことに気づいてたから、晴翔と付き合ってるって言ったらビックリしてたけど…」


 ああ、だから良かったねだったのかと、谷口の言葉の意味を理解する。


「谷口に確認された、優樹君じゃなくて、本当に神谷君が好きなの?って、ほら俺、谷口に最低なことしてたからさ」

「それで朱音、なんて答えたの?」

「今は晴翔が好きだって、ちゃんと答えたよ」


 朱音の好きが思わぬ展開で聞けて、さっきまで邪魔ものでしかなかった谷口に、急に感謝したくなる。


「優樹が彼女できた話ししたら、みんな青春て感じでいいなあって言ってた。谷口は女子校だし、勉強勉強で彼氏どころじゃないって、医大目指すんだってさ。ほんと、頭も、人としてのレベルも全然俺と違うよな。おまえは、槙野と二人の間なんか話した?」

「朱音と谷口のこと気になって、全然槙野の話し聞いてなかった」

「なんだよそれ」


 いつも通りに話しているように見えるけど、朱音の表情は凄く心許なく、今にも泣きだしてしまいそうに見えて…。


「大丈夫だって」

「何がだよ」

「俺がいるから」

「わけわかんねえ」


 俺の唐突な言葉に呆れながらも、朱音は嬉しそうに笑う。


「やっぱり今日、おまえんち泊まる」

「よっしゃ!!」


 朱音が泊まると言いだしたきっかけが谷口なのは、ちょっと複雑な気もするけど、今夜一晩中朱音といられることを思えば、そんなことどうでもいい。お泊まりでずっと一緒にいられるのは、初めて結ばれた日以来久しぶりだった。


(ああもう、早く帰って朱音抱きてえ、今夜は沢山時間あるし、色々違う体位もしてみてえなあ)


「なんか、おまえ変なこと考えてそうだしやっぱりやめようかな」

 俺の心を読めてしまうのか、帰ってからの朱音とのイチャイチャに夢を馳せていた俺は、考えてない考えてない!と嘘八百な否定をする。

「おまえ必死すぎ」

「仕方ねえじゃん!好きだから、ずっと一緒にいてえの」

「だから声でけえよ」


 怒りながらも、照れくさそうな朱音が愛しくて堪らない。ただ普通の1日が、朱音といられるだけで、泣きたいくらい幸せな一日に変わる。


 朱音をめぐるライバルが次々と去っていき、恋の勝利を確信していた俺の未来に、第二の波乱が待ち受けていることなど知る由もなく、俺は、長年の片思いが実った幸せで胸がいっぱいになりながら、朱音と一緒にいられる幸せを、この先一生絶対手離さないと、強く心に誓った。














 








 


 







 

















 






 




 













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イタチごっこ 安藤唯 @yuiandou

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