CASE03:アドレス交換

桜がほぼほぼ舞い散った4月の上旬から中旬に変わらんとする頃、相変わらず今日も学校での授業は続いていた。ついにフルタイム(1限目~7限目)までの授業が始まり、1日の半分くらいを学校で過ごすことが多くなった。放課後には高確率で化学部の活動があるし。本当に10時間は学校で何かしらをしている感じか。


本日の4時間目は体育。春になってきつくなった日差しに刺されながらなぜか集団行進をさせられ……チャイムが鳴ってから5分くらいしてやっと教室に戻ってくることができる。つまるところ実質5分間の昼休み時間の没収ということになる。


「昼休みの前に体育はキツいって……」

「空腹すぎて死ぬわ」

「ほんまそれ」


周囲の男子生徒のそんな声を聴きながら、俺も自分のカバンの中から持ってきた弁当を机に出して食べ始める。しかし、そんな俺をまたしても斜め後ろから1人の視線が貫いていく。これはまた、一ノ瀬が何かを言い出しそうだ。


  〇 〇 〇


「松本君、ちょっといいかしら」

「なんだ?」

「アドレス交換しない?」

「ああ、そういえばしてなかったな」


放課後の化学室。今日も一人は適当に薬品を持ってきて実験をし、一人はパソコンのキーボードの上で指トレーニング、そして一人はどこから出したかわからない量の同人誌を読み込んでいる。そんな中、俺は向かいの席に座っている一ノ瀬に携帯を差し出されながらそんなことを言われている。


はてさて、どうしたものか。この部活にはすでにグループチャットの機能を持ったスマホアプリを導入していてそこでつながることは可能だし連絡は取れる。個人チャットがあるのは知っているが、基本的に俺はそれをしない。だって個別に色々増やしたら量が多くなって面倒じゃないか。


「なるほど、そういう感じの人だったのね、普段はねちっこく水槽とかにへばりついてるのに」

「もっと他に言い方ないのかよ……」

「事実じゃない?」

「いや否定はせんけども」


それだと俺がまるでストーカーみたいじゃねぇか。いや、確かに水槽で泳いでる生物を観察してるのは即ち生物の私生活を見てるからストーカーとほぼ同一の行為ではあるが。せめて研究と言ってくれ。


「はぁ……まあとにかく。今回ばかりは繋げてくれるかしら?」

「そこまで言うのは珍しいな。なんかあんのか?」

「まさかあなた、『次のデートはここに行きたい~』とか『ここで何時に待ち合わせね』みたいなやり取りをグループで、つまり公開でするつもり?」


あ……それについては一切合切考えたことなかったわ。


「別に私はそれでもいいのだけれど、だけれど! それを見たあのぶちょーとかはどうなるかしら?」

「まずは台パンだな」

「でしょ?」

「よしわかったつなげよう」


そうだ、よくよく考えたらそこら辺の周囲公認カップルでさえグループでそんな話しねーわ。っていうか俺にそこまでする勇気はない。


いや、でも待てよ。さっき「別にそれでもいいけど」って言ったな。だったらこっちは”サンプル”だからってトリガーがある。


ちょっと鎌かけてみるか。


「なあ、やっぱグループのままでよくねぇか? どっちみち俺ら”サンプル”だしあいつらも動向知っておいてもいいだろうし」

「そ、それはそうだけど……あくまで”付き合ってる”ってところも忠実に再現をしないと……」

「いや、してるとこはしてるんでねぇの? いや、俺は別にどこでもいいし」


そこまで言えば、一ノ瀬はそっぽを向きながら「そ、それでもいいのだけれど」と言い淀んでいる。


やはりちょっと気恥ずかしかったらしい。


  〇 〇 〇


 部活が終わり、仕事帰りで大変もやっとする満員の電車で帰宅したころにはすでに一ノ瀬と俺の個別チャットには2件くらいのメッセージが送られてきていた。

一つは「よろしくお願いします」で、次に猫のスタンプのようなものだ。とりあえずそれには返しておいた方がいいと思ったので、「よろしくおねがいします」とだけ書いて送っておいた。なんか速攻で既読ついたけどまあいいや。


「お兄~、夜ご飯で来てるから早く降りてきて~!」

「へいへい」


荷物を置いてブレザーを脱いでいると下の階から妹の声が聞こえてくる。どうやら今日もテニス部の練習で食してできたエネルギーを使い果たすまで走ってきたらしく騒がしい。こうなってはもたもたしてられない。ここで今来たメッセージに返信でもしていたら俺が妹の夕食になってしまう。


植えた妹に祟りなし、だ。


  〇 〇 〇


さて、個別チャットをつなげるようになってから早3日が経過した。が、行われるのは挨拶くらい。唯一違うのは昨日あった車両トラブルで最寄りの路線が麻痺した時の会話くらいだ。


もちろん、これは違うと感じているような一ノ瀬は部活中にそんなことを言ってきた。


「もっとこう、共通の話題とかで盛り上がるもんじゃないの、こういうのは」

「そりゃそうだが……俺らに共通の話題あるか?」

「ないわね」

「というか、わざわざあそこで話すことってあります?」


・・・・・・。


「ないわね。どうせ毎日会ってるもの」

「だろ?」


そもそも、俺と一ノ瀬はクラスメートだから学校がある日は絶対に会う。部活だって高確率であるし。その時に話すことがほとんどだからわざわざあそこではなすわだいがないのだ。しかし、サンプルをやっているからには、そう。俗にいう”バカップル”みたいなことをしたほうがいいんじゃないかとは思うが。


うん、無理だわ。


「そういえば、話が変わるのだけど。うちの母と姉が犬を飼いたいって言ってて。どんな犬にするか探してるのよね。確か松本君って犬飼ってたはずだから話を聞こうと思ったの」

「お、おお。ちなみに今のところどんな犬がいいとかわかってんの?」

「さあ。さすがに姉と母どっちも犬種までは調べてなかったみたいだけど。ちなみに、私には弟がいるんだけど、スウェーディッシュ・ヴァルフントがいいって騒いでるわ」

「どこからそんなマニアックな犬種でてきたんだ」


スウェーディッシュ・ヴァルフントとは、要は牧羊犬。羊飼いが連れてる犬とほぼ同じ役割を担う犬種だ。ただ、コーギーと違ってものすごくマイナーな犬種故一般人はほぼ知らないようなやつなのに……。まさかその弟、生物マニアか!?


「松本君の家はどんな犬飼ってるのかしら」

「うちは愛嬌ばっちりのチワワと堕落しきったシベリアン・ハスキーだな」

「堕落しきったとは……」


えぇ、それは簡単なことじゃ。人間をダメにすると巷で有名なクッションの良さを知った番犬のはずのハスキーさんはその気持ちよさから一切動かなくなりデブったってことですな。


まあいいか。


「とりあえず、あとでその子たちの写真を送ってくれないかしら。参考にしたいから」

「おう。了解」


そんなことを話していれば時計はすでに18時を示していた。もう部活は終了にして撤収しなければいけない。それぞれ片づけを済ませたほかの部員たちと一緒に校門を出て最寄り駅でわかれてまっすぐに家に帰る。


忘れないうちに犬の写真を送るために早足で帰宅。早速自室のベッドの上でくつろいでいたチワワと、リビングのクッションの上から一ミリも動かないシベリアン・ハスキーを写真に収めて送信。そんなことをしていればまたしても飢餓状態の妹に席に座るように催促された。その日の夕食はとんかつだったが、机の隅で何回も鳴らすスマホが気になっていた。


ちなみにそれからというもの、一ノ瀬からは自分で作った夕食の写真とか、家族で遊びに行った時の写真とかが断続的に送られてくるようになったという。


【レポート・アドレス交換】


最初はぎこちないが、共通の話題を見つけると一気に会話は弾みお互いの仲が進展しやすい。


でもスマホへのひっきつきすぎにご用心。

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青春なんて知らないから、あえて体験してみた。 古河楓@餅スライム @tagokoro_tamaki

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