出会ってばかり、別れてばかり
小花ソルト(一話四千字内を標準に執筆中)
第1話 お独り様な人生
人は助け合わないと生きていけない、という言葉を、俺は昔から嫌っていた。相手に助け合う気がないなら、成立しないし、気が合わない相手だとトラブルばかりになる。それならいっそ、俺一人でなんでもできるようになって、鈍臭いやつを置いていけばいい。
リーダーに向かないヤツが暴君化しだしたら、次は俺がリーダーに立候補して実権を握った。考えがまとまらないヤツらが多いときは、俺がさっさと決めてやると安心された。親の作る飯やルールが気に入らないときは、バイトして好きな物を買って食べたり、そのうち親の援助を受けるのも嫌になりバイトを増やした。
なんでもできるから頼りにくるヤツらが多く、でもなんにもできないヤツらとつるむのは反吐が出るから、友達は作らなかった。べつにいなくても困らなかった。人なら勝手に寄ってくるから。
そのうち、他人に興味がなくなった。俺より少しでも劣っている部分があると、それ以上つきあう気がなくなった。
「お前って冷たい人間だよなぁ。今も昔も、ぜんぜん変わってねえ」
笑いながら、そう言われた。たまたま道ばたで会った、同級生を名乗る男から。見たところ、どこかの作業員のようで、灰色の汚れたつなぎを着ていた。
名前も顔も思い出せないし、思い出す必要もない。どうせ俺より劣った人間で、俺から早々に切り捨てられて、記憶からも消えた男だからだ。
話す価値もない人間だ。
俺が始終無言でいると、男のほうから離れていった。振り向くと、近くの古い工場へと移動してゆくのが見えた。昼休み中に出歩いていたようだ。
金になりそうなクライアントにしか興味が沸かなくなった。
自分のマーケティングに引っかかるヤツらがバカに見えてならない。
表向きは笑顔で対談していても、頭の中は冷めていた。
世の中、こういうものなんだと諦めていた。壁にぶち当たれば、一人で作戦を立て、本を読んで知識を増やして対抗した。どれもこれも、一人でできることばかりだった。
もういい歳なんだからと、見合い話が飛んでくるようになった。金目当てに寄ってくるヤツは大勢いるから必要ないと、今まではそう思っていたが、価値観や概念が俺と似ている女がいるかもしれないという上司の言葉が、妙に胸に引っかかり、初めて婚活パーティなるものに行った。
女性より男性の参加費が高めに設定された会場は、ピンクの絨毯に花の形の照明、そして着飾りに費用を掛けた女性が大勢集っていた。なんとなく、女性の参加費が二割ほど安かった理由がわかった気がした。
本気で自分に似た性格の女性を探す気は、なかった。皆この日のために男ウケのよい返答を用意しているだろうから、今日だけで本心を見抜くなんて、素人の俺には無理だ。
年齢と収入だけで相手を知った気になっている、初対面での距離感がおかしい、話し言葉がおかしい、テーブルマナーがおかしい、などなど、俺の目に付くのは他人の欠点ばかりだった。少しでも不快な箇所がある相手とは話す気になれない。
トイレに行くふりをして、会場から出よう。そしてそのまま、上司に不審がられない程度に廊下で時間を潰していよう。
ふわりと鼻を掠めた甘い香りに、思わず振り向いた。
非常識だ。しかし、だからこそ意表を突かれた。
参加条件として掲載されていた説明文には、食事会を催すので強い匂いのする香水は控えるように書いてあった。それなのに――
至近距離でないと、つまり彼女に用事のある者の鼻先でなければ届かない範囲までしか、香りの広がらない香水を選んで、男性陣の真ん中でシャンパンのグラスを傾けていた。
女性らしいピンク色のメイク、長すぎず明るすぎない髪は花のバレッタでふわりと留められて、派手さを抑えた品質の良いブランドバッグは、相手を牽制するほどの高価な物ではなかった。おそらくは学歴も年齢も職業も、男に不安を与えない程度の数値なのだろう、そして話している男の服装からして、かなりレベルの高い数値だ。
計算され尽くしている。
男の手の届きそうなギリギリの位置で、高嶺の花としての価値も醸し出している。周囲を確認すると、この女性と話したくて並んでいる男どもと目が合い、慌てて顔を逸らした。
なぜ彼女は会場の出入り口付近に立っているのか。それは、咀嚼しながら会話するマイナスイメージを相手に与えないためと、内気そうな雰囲気を演じるため、そして酒もイケる口であることをアピールするためだ。清楚な酒豪はギャップを狙いやすく、楽しく飲める女であることを男に印象付けることができる。
現代男性へのマーケティング戦略を、徹底している。
無駄がない。
「ちょっと失礼します」
彼女は恥ずかしそうに、空いたグラスをボーイに預けると、そそくさと廊下に。お手洗いだと察した男性陣、さすがに追いかけたりはしなかった。
間の悪いことに、ちょうど廊下に避難しようとしていた俺と、彼女が、並んだ。
俺はべつにトイレに行きたくて会場を出たわけじゃないから、彼女だけ先に行かせるべく、適当な壁際に背中を預けて、さも疲れたとばかりに背筋を丸めた。
ところが、彼女までその場に立ち止まってしまった。
「私と同じことしてるな、と思いまして」
……俺に話しかけているようなので、顔を上げ、背筋を伸ばした。
彼女の無表情が、こちらを向いていた。
「本当は婚活なんて、興味ないんですよね? 清潔感重視の髪型と笑顔、誰からも警戒されないギリギリのブランド物、それでいてよそよそしい公務員口調で、絶妙に女性陣と壁を作りながらも、相手に不快感を与えないギリギリの距離感を保って接していますよね」
今年度最大の驚きだった。
「私、結婚しませんし、子供もいらないんですよね。自分の人生を削ってまで相手に合わせたり、子供を育てる価値を見い出せないので。子育てしている時間を全て自分に費やせば、それだけキャリアアップに繋がります。老後に世話になる施設だって、貯めた資金を出せば困りません」
ずいぶん合理的かつシンプルな返答だった。キャリアと自分、それ以外に価値を見出さないのが伝わってくる。
あれだけ人身掌握の才能があるくせに。
「このパーティも、私の才覚を疎んだお
女性の社会進出の機会を増やすための制度を、潰す、と表現する彼女の無表情な横顔は、憤っているようにも見えた。彼女の職場は、一度イスを奪われると、二度と居場所が戻ってこないようだった。
「以上を持ちまして、私と過ごす時間はあなたにとって全くの無駄となってしまいます。どうか別の女性へのお声掛けに、大切な時間をお使いください。私もお局さんのメンツを立たせるため、形だけこの場をうろついていることにします」
彼女は会場に戻り、ボーイの運んできた泡立つシャンパンを片手に、颯爽と歩き去っていった。すぐに男性陣に取り囲まれて、ただの時間潰し兼、相手企業の内部事情に触れるギリギリの話題を、微妙な匙加減で引き出しながら、全てを己のプラスに変えてコロコロと笑っていた。
「誰か気になった子はいたかい」
上司が赤ら顔で近づいてきた。妻子持ちなのに平気で婚活パーティに参加しては、一人で飲み食いするともっぱらの噂だった。
俺は、先ほどの女性について話した。
「なに? お前と似たような女だなぁ? ハッハッハ、きっと雪ダルマだな」
喩えが雪女でなかったのは、雪女は結婚し、母親になったからだろう。
自分の理想が高すぎること、頼りになると認めてもいい相手が今までいなかったこと、細かいことまで徹底してこだわる神経質で潔癖な性格、一分一秒自分の成長のために使いたい欲求に忠実、幼い子供すら侮蔑の対象となるほど未完成品が嫌い……等々、人の振り見て我が振り直せば、いろいろと自己分析が進んだ。
俺と彼女は、誰のミスも無駄な時間も、全く許すことができないのだ。それは我が子にすら向く、高すぎる理想の押しつけ。俺たちはきっと良い親にはなれないだろう。
そして、自分でもわかる、この性格は生涯直らない。直そうと思うほど、今の自分が嫌いではないからだ。
「あいつ、婚活パーティーに誘われて行ったんだけど、特に前と変わったところないよなぁ」
「何か変化があったら面白かったんだけどなぁ」
「もったいないよな、あいつ。いろんなことができるのに、金になる事しか興味ないからな」
職場のパソコンに向かって仕事している俺の耳に、たまに入ってくる声。俺のとる行動は金になるのだから、少しももったいない事は無い。
世間一般の幸せの基準である、結婚という一大イベントを、自分の意思で起こさない俺は、もったいない男として認識され続けるのだろう。
別に、それで構わない。不完全な身内や親族など要らない、ましてや自力でトイレもできない赤ん坊など、生活の妨げにも思えてくる。
この世には、そんな俺と同じような考えの女が、確実に一人いる。俺と同じ価値観、概念、生涯独身を貫き続けるほど無駄が嫌いな女が。
案外、彼女は誰かとの出会いで、少しずつ変わってゆくかもしれない。子供を無駄だと言い切っていたくせに、子煩悩な親バカになる未来が待っているかもしれない。
それでも。あの憤った横顔と、彼女が発したあの言葉は、あの瞬間は、彼女の本心そのものだった。
俺と同じような女がいる。俺にはこれだけで、充分だった。
出会ってばかり、別れてばかり 小花ソルト(一話四千字内を標準に執筆中) @kohana-sugar
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