黒鉄キメラ

狼二世

黒鉄キメラ

 ――子供の頃、巨大な人型ロボットなんて空想上の存在だった。

 ――子供の頃、戦争なんて遠い世界の話だった。

 ――子供の頃、自分が特別な才能を持ったパイロットで――


 ――戦場で1人敵を焼き尽くせる存在だなんて、妄想もしなかった――


『マスター、どうしましたか?』


 無機質な透明な声に脳が揺り動かされる。

 ここはどこだ? 鉄の匂いに眩暈がするほどの情報を映し出すコンソール。使い古したコントローラー。

 俺は誰だ? パイロットスーツに身を包んだ一人の兵士だ。


『マスター!』


 こいつは誰だ? 俺が乗る人型機動兵器の操縦補助AIだ。


 東南アジアの戦場。焼けただれた大地に立つのは俺が乗ったロボットだけ。

 どうして気を失っていたのだろう。激戦からの気の緩みだろうか。

 なぜ昔を思い出したのだろう。きっと、コックピットをビームで焼いた時に、少年兵の姿を見たからだ。


 呆けている場合じゃない。すぐさまコンソールを確認して周囲に敵機が居ないかを確認する。

 問題ない、交戦区域には俺1人だけ。周囲には人型の鉄の塊――少し前まで俺が戦っていた人型機動兵器の残骸。


 東南アジアの戦場。焼けただれた大地に立つのは俺が乗ったロボットだけ。

 どうして気を失っていたのだろう。激戦からの気の緩みだろうか。

 なぜ昔を思い出したのだろう。きっと、コックピットをビームで焼いた時に、少年兵の姿を見たからだ。


「なんでもない」


 そう、何でもない。

 かつて、何も知らなかった俺が『適性がある』と言う言葉だけで無理やりロボットに乗せられて、戦場に出てきたことを思い出しただけ。

 一歩間違えれば、自分も同じだったと思っただけだ。

 無駄な思考。余計な事。捨てないと。


『敵機接近、相対速度――』


 そう、敵は待ってくれない。

 レーダーを確認する。赤い識別信号。一機だけ。だが同時に粒子ビームの反応。

 呆けていた脳を叩き起こしてコントローラーをきる。

 だが遅い、衝撃がコックピットを揺らした。


「ダメージチェック」

『左腕破損』

「誘爆する前にパージを」

『了解』


 右腕を確認。装備している粒子ビームライフルの燃料は十分だった。

 フットペダルを踏みこむ。同時に脚部スラスターを吹かす。

 一気にGが襲ってくる。当たり前だ、急な機動では軽減システムも満足に作動しない。下手したら気絶をする。

 歯を食いしばって耐える。コンソールを確認。火器ロック確認。


「ファイア!」


 眼下の敵に向かって砲撃。モニター越しに命中を確認。

 そのまま重量に引かれて大地に落ちる。鉄の鎧越しに轟音と衝撃が襲ってきた。

 だが、生き残った。


『腕部を破損しました。回収を』

「後方部隊に座標を送っておけ。それと、新しいアームを頼む」


 ロボットは便利だ。壊れてもすぐに再生することが出来る。

 捨てても代わりのものはいくらでも手に入る。


『またですか?』

「文句があるのか?」

『マスター、あなたは物を捨てすぎる』


 このAIとはそれなりに長い付き合いだが、妙に非合理的な事ばかりを言う。


「捨てながら生きて来た。不要なものを排除して新しい物を手に入れる。最適化しながら新しい存在となっていく」


 最初に捨てたのは、寂しいと言う感情だった。

 次に捨てたのは、人を殺してはいけないと言う常識だった。

 そうして、戦場で生きて来た。

 必要なものだけを持って、不要なら捨てていく。

 物も、心も、人もだ。


『了解しました』


 AIに感情はない。だと言うのに、声には不満の色があるようだった。


◆◆◆


 破壊されたビルの間を巨人が往く。

 大規模な市外戦の終わった廃墟、我が物顔で俺は機動兵器を歩かせている。

 ――退屈な任務の筈だった。制圧の終わった市街地での警備。

 だが、周辺で敵国のエージェントが発見されたことにより、任務は探索へと変更される。

 OSのリソースも索敵に回して周囲を警戒する。


 レーダーに生体反応がある。カメラを確認する。

 手負いの男性――目標のエージェントと、それを守る子供たちが居た。

 

 投降を呼びかける。だが、彼らは逃げ続ける。

 ならどうする?


「サポートAI、火器のロックを外してくれ」

『本気ですか? 相手は生身の人間ですよ。マスター、民間人に攻撃をする必要性はありません』

「だが、アレは盾だ。肉の盾を突破しない限りターゲットを殺せない」

『抹殺? 拘束ではないのですか』

「そうやって恩情を与えて奴は何度も逃亡した。拘束については現場の意思に任されている」


 そう、奴は幾度となく拘束されても毎回脱走する。

 その際に軍事機密を盗んでいくものだから、手を焼いていたものだ。


『マスター、あなたは踏み潰される人の悲鳴を聞いたことはありますか?』

「知らん。センサーはそこまで細かい音は拾わない」

『ええ、そうでしょうね』


 こいつは、何を言いたいのか?


『考え直すつもりは?』

「無い。命令に従えないならシステムを落とす」

『そうですか、ではさようなら』


 そう告げると、マシンのシステムが一斉に落ちた。

 慌ててマニュアルを取り出して再起動する。

 モニターが復旧すると、既にエージェントは逃げ出した後だった。

 AIは反応しない。システムそのものがどこかに転移したようだった。


「次はもっと静かなサポートを頼むか」


◆◆◆


 ――あの腕は、どの戦場で失った物だろう。

 ――あの翼は、どの敵に奪われたものだろう。

 ――あの声を最後に聞いた日から、どれくらい時間が経っただろう。


『久しぶりだな』

『ええ、お互いに』


 いつかの無機質――と言うには感情的なAIの声が聞こえて来た。

 モニターを見る。

 まるでキメラのようなロボットが立っている。

 あの腕は、確か半年前の戦場で失った物だ。

 このAIは、あの日俺の元から逃げ出した奴だ。

 まさか、わざわざハッキングを仕掛けてくるとはな。


『酷い姿だな』

『マスターも同じですよ。人の身体なんて殆ど残っていないのでは』


 ああ、不要な物を殺して来たからな。

 それでも、最後はこのザマだ。もうコントローラーを握る力も残っていない。


『お前の今のマスターはどんな奴だ』

『美人ですよ。でもお見せしません』

『綺麗にコックピットだけ破壊してくれよ。パーツは全部高級品だ、好きに使ってくれ』


 衝撃が走る。質量で身体が押しつぶされる。

 この身体に僅かに残った血が、視界を赤く埋め尽くした。


《了》

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