うしお江のくぐる鳥居のそのさきの
古博かん
これは私の母から聞いた、曽祖母の不思議な体験談と私の後日談である
私の母方の曽祖母は、私が産まれた頃にはすでに亡くなっていたが、明治初期生まれの気風の良い大女だったそうだ。
大女と言っても身長は一六五センチくらいだから、現代ならもはや普通に受け入れられる範囲の背だが、平均身長が一五〇に満たなかった当時としては、規格外の女性だった。
息子たち(祖父は八人兄弟姉妹の末っ子)も軒並み一八〇センチを超える大男だったから、当時としては規格外の一族だ。
曽祖母は武家育ちの女という意識が強く、人前で決して崩れた態度を取ることはなく、齢八〇を超えても襟を正しシャンと背筋を伸ばして正座して孫(母)にも相対していたような人だったそうだ。
孫だからと幼少の母を甘やかすこともなく、厳しくはあるが同時に信心深く慈愛の人でもあり、母は色々なことを教わったと言っていた。
薙刀の覚えもあり、戦後昭和の時代でも曽祖母の寝室の鴨居には、いざという時の武器としての薙刀が掛かっていたという。
普段着が着物という曽祖母は、定期的に
ある日、不慣れな髪結さんだったのか、曽祖母は
すでに高齢となっていた曽祖母は、往診した掛かり付け医に今夜が峠と診断されていた晩、不思議な夢を見たそうだ。
母に語って聞かせた話によると、毎朝お参りすることを日課にしていた
不思議に思って扉を開こうとするのだが、どうしたわけか扉はびくともせず、このままではお参りが出来ないと困った曽祖母はその場に立ち止まってしばらく様子を窺ったそうだが、やがてお参りを諦めて引き返したそうだ。
そして目覚めてみれば、布団の上に横たわっていたのだという。
現実的に無事に峠を越えたわけだが、曽祖母は、あの時最後の鳥居をくぐっていたら、きっと二度と戻ってこられなかったんだろうと思った——と母に語ったそうだ。
氏神様に止められたんだろうと納得したという。
無事に回復した曽祖母は、それからも変わらず現実のお参りを日課にしていたそうだ。
そんな現実に存在する潮江天満宮を、私も訪れる機会があった。
コロナが騒がれる更に数年前、真冬の寒い時期に私は祖母を
週一ペースで訪問していた祖母宅だが、連休を挟むタイミングで訪問の電話を入れ、その時は元気だった祖母が、いざ会いに行くと玄関前の廊下に薄着のまま倒れており、慌ててレスキューと救急を呼んだが(U字ロックが掛かっていて解錠してもドアが全開できなかった)、その場で心肺停止が確認され、病院搬送ではなく警察の現場検証に引き継がれた。
司法解剖の結果は虚血性心不全——おそらくは、深夜にトイレに起きてそのままヒートショックを起こしたのだろうと診断された。
電話での短いやり取りが最後の会話になるなんて思いもしなかった。
既に心にぽっかりと穴が開いて半ば放心状態だったが、警察の事情聴取や親戚への連絡、葬儀の段取り等々やらなければならないことが怒涛のように押し寄せた。
既に喪も明けているので通常参拝で何の問題もないのだが、私の心にはぽっかりと穴が開いたままだった。
母から聞いた話のとおり、潮江天満宮の鳥居は参道上にいくつか並んで建っていて、その合間合間の両脇を埋めるように石灯籠が等間隔に並んでいた。
もちろん、午前中の明るい時間帯に灯りが入ることはなく、生い茂る木々がひんやりとした空気を運ぶ何とも趣き深い佇まいだった。
そして当然、最後の鳥居の前に扉なんて無かった。
一礼して鳥居をくぐり、その先に静かに鎮座する社殿を参拝すべく進んだ先で、小さな出会いがあった。
社殿内には略式ながら礼服の一家が着席しており、どうやらこれからお宮参りが始まるようだった。
邪魔になっては申し訳ないと、静かに賽銭を入れ、ほとんど控えめに気持程度に鈴を鳴らし、二拝し二拍手しようとしたタイミングで、どーん、どーんと太鼓が鳴った。
そして宮司さんの朗々とした
母親の腕に抱かれている赤ちゃんは、太鼓の音に驚くでも、祝詞に動じるでもなく、泣きも暴れもせず小さな手足で
そのあまりに無邪気な可愛らしさに、思わず私も頬が綻んでしまった。
心には相変わらずぽっかりと穴が開いていたが、そこにほんの少し温かなものが流れ込んできた心地だった。
静かに参拝を終え、せっかくだからと御朱印をいただいて帰ることにした。
私もかつて天満宮でお宮参りをしてもらった身だ、あの子にとっては潮江が
そして再び参道を引き返して最初の鳥居を抜け、社殿に向き直って一礼してから神社を後にした。
その後の納骨の儀では、祖父の納骨以来となる一族の墓山に入り、曽祖母の墓前にも手を合わせる機会ができた。
今思えば、何とも数奇な訪問と相なったものだ。
うしお江のくぐる鳥居のそのさきの 古博かん @Planet-Eyes_03623
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