第32話【エピローグ】

【エピローグ】


 グランド・テックによるモノリス殲滅作戦から、一週間後。

 華山は、自分の部下御用達の医療センターに向かっていた。手には果物を満載した籠を手にしている。見舞う相手は山路だ。


 まだ目を覚ましていないという山路にどう事態を説明するか。それを整理すべく、華山は頭を回転させている。


 まず、宮藤はきちんと約束を守った。モノリスの残骸は、十五年前よりずっと強力な電磁ワイヤーで引き上げられ、宇宙の遥か彼方へと放逐された。また、グランド・テックもこれ以上使用されずに済むよう、同様のワイヤーで拘束されている。


 表も裏もない、これが公式発表となった。最初は宇宙人の存在に懐疑的だった有識者も、モノリスの回収作業にあたる円盤を目にし、地球外生命体がいることを認めざるを得なくなった。同時に、彼らが地球に敵対する要素がないことも。


 考えてみれば、山路も霧香も自分より先に情報を入手していた。今更くどくど説明する必要はないか。


 そう思いながら角を曲がると、そこに人影があった。廊下の窓を開けて、夏の香りを帯び始めた風に打たれている。


「やあ、廻くん」

「あっ、華山さん! どうもです!」

「いやいや、私に敬礼はいらないよ。君は民間人じゃないか」


 と言ったところで、華山は自らが失態を犯したことを察した。

 廻は、人間とは似て非なる存在なのだ。それを民間人、などと表現しては、彼を傷つけることになるのではないか。


 僅かな沈黙を以て、華山は話題の転換を図った。


「と、ところで廻くん、君は何をしているんだ?」

「霧香とおっさんの邪魔にならないようにしてます」

「邪魔?」


 どういうことかと首を捻る華山。彼女に向き直り、廻は顎で病室の入り口を指さした。

 取り敢えず、華山はインターホンの前で名乗ることにする。


《ああ、ハナちゃん……》

「どうしたんだい、キリちゃん? 随分と憔悴しているじゃないか」

《バディが意識不明ならこうもなるよ》


 いつもの霧香ではないな、と華山は察した。きっと今回、自分が救出された状況が十五年前に酷似していたから、責任を背負い込んでしまっているのだろう。

 ということは、廻は霧香と山路の二人の間に自分がいるべきではないと感じていたのか。


「一応、お見舞いの品を持ってきたんだけれど……。あたしはすぐに帰るよ」

《残務処理が大変なの?》

「いや、あー、まあそんなところかな」

《分かった》


 すると、スライドドアが開放されて、げっそりとした顔の霧香が現れた。


「ありがとね、ハナちゃん」

「いやいや。部下を気遣うのも上官の立派な仕事だよ」


 事実、勝手に国防省の作戦指令室で命令を出しまくったのはマズかった。事態が収束したその日のうちに、国防省や国土交通省、果ては宇宙開発省までもがクレームを寄越した。


 その相手を一手に引き受けたのが華山だった。

 現場の部下にも直属の上官にも責任を押しつけず、自ら減俸額を提示してみせるほどの覚悟だった。

 実際、作戦は上手くいったわけで、一方的に責任を取らされたわけでもないのだが。


 そんなことを思い返しているうちに、霧香は受け取った籠を山路の枕元のテーブルに置いた。

 その様子を見ながら、ようやく華山にも察しがついた。どうして廻が、霧香と山路の邪魔をしたくなかったのか。

 自分が廻と同じ立場、すなわち二人の間に現れた闖入者だとすれば、確かにここは自重すべしと判断するところだろう。どれだけ霧香に甘えたかったとしても。


 入り口を振り返り、華山は廻に囁いた。


「廻くん、君は優しいね」

「そう、ですか?」

「あたしはそう思うけど」


 そう言いながら肩を軽く上下させ、華山もまた、廻の隣の窓を開けて風に当たろうとした。その時だった。


「山路さん、山路さん!」


 霧香の声に、華山と廻は顔を見合わせ、インターホンに飛びついた。


「どうしたの? 何があったの、キリちゃん!」


 すると医師の一団がやってきてスライドドアを強制開錠し、山路の個室に雪崩れ込んだ。華山、そして廻も続く。


「どうしました? 容態に変化は?」

「ち、違うんです……」


 腕で目元をぐしぐしと擦りながら、霧香はこう言った。


「山路さんの意識が戻りました……!」


         ※


 廻は、一瞬何が起きているのか分からなかった。そのくらい、医師の一団も華山が、そして誰より霧香が慌ただしく動き出したのだ。

 大人しいのは、軽く呻き声を上げている山路と自分くらいのものだ。


 もう命の危険はないと医師に告げられ、霧香は泣きながらベッドのそばにひざまずいた。わんわんと、大袈裟にも見える勢いで泣きつく。


「ん……ここは、医療センターか……。霧香……?」


 まともに言葉を紡ぐことのできない霧香。それに代わって、華山が二人の肩に手を遣り、軽く摩ってやっている。


 ふと、廻にある考えが浮かんだ。

 ほぼ全身サイボーグの山路がここまで心配してもらえるなら、自分はどうなのだろう。人工生命体――アンドロイドとして、誰かに想ってもらえる日が来るだろうか。


 例えば……霧香に?


 その考えに至り、廻は、ばごん、と心臓が肋骨を内側から叩きつけてくるのを感じた。

 ええい、まだ時間はある。そう自分に言い聞かせ、顔を真っ赤にしながら、廻もまた皆の輪に入っていった。


 THE END

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Rosen Cross -破滅の十字架- 岩井喬 @i1g37310

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