郷愁の地

織宮 景

故郷へ


「懐かしいな」


 ある男が久しぶりに自分の故郷に帰ってきた。小さい頃に食べた店のスープの匂い。商店街の賑わい。遠望には鐘の音が鳴り響く教会、そして貴族様方がいる荘厳な宮殿。これこそ私の故郷だと帰ってこれたことを嬉しく思う男。

 商店街では顔見知りのおばさん達が魚の取り合いをしていた。男は友達の兵士が言っていた内容を思い出す。その兵士が言うには一部の魚が外国から輸入されていたが、その国との関係が最近悪化しているらしく、輸入量が減ったという。それが原因でおばさん達が必死に買おうとしていたのだ。男は魚があまり好きではないが、もしもう2度と食べれないと考えたら少し悲しくもなるものだと感じた。

 男の父と母が住んでいる実家に帰ってきた。だが、2人ともいない。連絡なしで帰ってきたのでどこかに外出しているのだと思い、少しの間リビングで待つ。暖まろうと暖炉に近づくが、暖炉の火を見た瞬間、頭に痛みが走る。

 気分が悪くなったので外の空気にあたりたくなった男は家を出た。特にやることもなかったので両親のために2人の好きなチーズケーキを買ってあげようと、ケーキ屋へ向かう。道中で薄暗い裏道を通らなければならないのだが、ここはあまり通りたくはなかった。いつも不良が屯っており、嫌な視線を飛ばしてくる。ひどい時は絡まれることもあった。しかし、今日は不良達は俯いているだけで何もしてこない。逆に怖いと思いながらも絡んでこないなら好都合と先へ進む。無事、ケーキ屋に着いた男。

 ケーキ屋の扉を開こうとするが、びくともしない。『closed』の看板がかかっていないのに鍵が閉まっている。何故だろうと店の前に立ち尽くしていると背後から瓦礫が崩れる音がした。

 その音を聞いた男は頭痛と吐き気に襲われ、その場に膝をつく。そして足元に落ちていたある木の板に視線を向けた。落ちていた木の板は土だらけで汚れていたが、書かれた文字は読めた。『closed』と。



 辺りを見回すと、周りの建物が半壊しており、何かが腐り切った匂いが周囲に漂っていた。目の前のケーキ屋は室内の物は全て瓦礫で潰され、残るのは表の外壁のみ。さっきまでのおばさん達が騒いでいた商店街、華やかな宮殿、両親との思い出が詰まったケーキ屋はもうここにはなかった。男は夢を見ていたのだ。そのことを思い出した男は泣き叫び、地を殴る。懐かしい思い出が男に現実の辛さを与える。


 数十分の間、泣き喚いた男は夢の地から去っていった。

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郷愁の地 織宮 景 @orimiya-kei

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