出会い、そして…… 【KAC2022】

水乃流

休日の出会い

 鷹見圭吾は、雑踏の中で戸惑っていた。


 休日、外出許可をもらって久しぶりに基地の外に出てきたのだ。といっても、許可されているのは、緊急時に1時間で基地に戻れる距離までだが。軍でも、兵士がこのように外出することを推奨している。基地内だけで生活していると、護るべき一般市民の感覚と解離してしまうと考えてのこと。


「さて、どうしたものか」


 多くの兵士同様、平和な市民生活の中に放り込まれても、何をすればよいのか戸惑ってしまうのだ。彼らにとって日常とは、緊張状態にあることといえた。


「コーヒーでも飲むか」


 たまたま見かけたカフェに足を踏み入れた鷹見だったが、そこでまたしても戸惑うことになってしまった。どうやって注文すれば良いのか、検討がつかなかったのだ。鷹見が知っているカフェは、注文カウンターがあり、飲み物を受け取って席に着くものだが――その注文カウンターがないのだ。

 

「どうかしましたか?」


 鷹見が入り口で突っ立っていると、後ろから優しい声が掛けられた。振り返ってみると、黒髪の少女が下から彼を見上げていた。


「あ、いや、注文の仕方が……」

「あ、なるほど。分かりました、こっちについてきてくださいな」


 年の頃なら17,18歳くらいだろうか、少女は鷹見の横をすり抜けると、ズンズンと店内に入っていった。そのまま空いていた席に座ると、彼を手招きする。少し躊躇いながらも少女の対面に腰を下ろす鷹見。


「えっと、コーヒーでよろしいかしら?」

「あぁ、コーヒーを頼みたい」


 少女が手首のブレスレッドを操作すると、テーブルの中央に文字が浮かんだ。中央部分がディスプレイになっているようだ。しばらくすると、高さ1m程の円筒が近づいて来た。


「お待たせいたしました」


 円筒の先端が開くと、カップがふたつ出てきた。少女がコップのひとつを鷹見の前に、もうひとつを自分の前に置いた。


「さ、どうぞ」

「ありがとう……支払はどうすればいいのかな?」

「いえ、ここはごちそうしますよ」

「いや、そういう訳には……」


 初めて会った人だ。その上、自分の代わりに注文をしてくれたという恩がある。しかし、少女は笑顔のまま、「軍人さんでしょ?」と言った。


「国を護ってくれている軍人さんから、お金はもらえませんよ」

「確かに自分は軍属ですが……ごちそうしていただくいわれは……」

「じゃぁ、この後、私に付き合ってください」

「え?」

「しばらくおしゃべりに付き合っていただく見返りだと思って」


押し切られる形で、鷹見は少女に付き合うことになった。これが、鷹見圭吾と叶里奈との出会いだった。


 話を聞いてみると、里奈は少女ではなかった。若返り処置を受けた、いわゆる“復帰組”だった。実年齢は80歳で、鷹見の8つ下。そういえば、見た目の若さよりも落ち着きがあるようにも見えた。


 その日ふたりは連絡先を交換し、その後、数ヶ月に1回程度の頻度で会うようになった。


 そして出会いから1年が過ぎた頃。ふたりは、港の公園でベンチに並んで座っていた。


「何か……あった?」


 里奈は鷹見の様子が違うことに、とうに気が付いていた。何かに悩んでいるようにも。


「里奈、俺に嘘をついているだろ?」

「嘘?」

「君はOLだって言っていたけれど、本当はジャーナリストなんだろう?」


 彼は、政府批判を繰り広げている出版社の名を挙げた。鷹見も昨日、上司に呼び出され聞かされたばかりだった。軍としては、エースパイロットと見込まれている鷹見へのハニートラップを警戒していた。


「仕事のことで嘘をついていたことは、謝ります。でも、あの出会いは本当に偶然だったし、こうやって一緒に時間を過ごせたことも楽しかった」

「俺も楽しかった――だが」

「そうね。もう、会わない方がいいのね」

「ごめん」

「あやまらないで……最後に一つだけ、私が言うのもなんだけど気がするの。気をつけて」


 この言葉が、鷹見の聞いた里奈の最後の言葉だった。


 数ヶ月後、叶里奈が殺されたことを鷹見はニュースで知った。


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