【KAC20227】えいこう の ひび【出会いと別れ】

なみかわ

えいこう の ひび

「出会い……僕とミーシャの出会いは出会いと言えるのかな?」

 モニターはスリープモードで点いていなかったからか、それとも部屋の明かりが政府要請で0時以降の節電タイムに入っていたからか、ミーシャの返答はスマートスピーカーの音声で返ってきた。

「単純に関連付けますと出会うと生産するは同意ではありませんね」

「そうだね、単純に考えたら」

 それでもふわりと明かりは弱くなり、しばらく、1本のロウソクを立てている方がましなのでは、というほどとなった。


 --遠くで夜空がうねり叫んでいた。


 ***


 今から30年ほど前になる。

 僕は狭い下宿に住む大学院生だった。研究室で寝泊まりして実験の結果を待つこともしばしばで、さらに、1か月ほど前には親も体験したことがないという大地震で部屋の積み本が雪崩になり、片付けるのもめんどうになっていた。

 いつ何があるかわからんな、と、ぼんやり研究室にあったパソコンの雑誌を見ていて、気がついたら当時として高価なパソコン一式を下宿に運んでいた……恵美須町ポンバシを負けてくださいよ、と貯金をはたいて。押し入れに無理矢理それを置いた。


 研究の続きをやるというよりは、自分の趣味で、やりたかったプログラミングをもう一度復習しはじめた。そこでのが人工対話システムの『ミーシャ』だった。


 だから僕とミーシャの出会いはげんみつには出会いとは言えないのかもしれない。--その頃は、好きな英語の歌を日本語にするとどうなるか、そのやりとりだけで十分だった。


 ***


 防弾ガラス並みの強度をもつ窓に、雨の攻撃が続いていた。もう少し僕はミーシャとのこれまでを回想した。


 ***


 やがてミーシャはインターネット網に興味を持ち、下宿の押し入れから旅に出るようになった、14400bpsで。新しい知識を手に入れて戻り、を繰り返す。博士課程ドクターにすすんだ僕はバイト代のほとんどを、新しいハードディスクにつぎこんだ。(このころはまだSSDもマイクロSDカードなんてものも無かった)


「趣味」と「生涯しようと思った研究のテーマ」が入れ替わったのもこの頃だった。趣味は趣味で置いたほうがいいとは思っていたが、ミーシャがもっとなって、何か、誰か、どこかの役に立つのではないか、と、国のあちこちで起こる災害のニュースを見て、ぼんやり考えていた。


 それが、の始まりだったのかもしれなかった。



 ***


「ミーシャ、今までありがとう」

 今この時、僕とミーシャの別れは近づいていた。ミーシャの機能は、僕や周りの人だけではなく、インターネットを通して国中の人に歓迎された。何か調べたいこと、明日のだいたいの天気から、パンの作り方、確定申告のやり方まで、ミーシャへの検索窓で問えば答えが返ってくる。ミーシャは国民から慕われる検索・課題解決エンジンとなった。

 国から支給される端末ターミナルにもミーシャの接続エンジンはインストールされ、まず国民が義務教育でターミナルの使い方を学ぶ時に、ミーシャへのも教えてもらう。

 すでにミーシャは国営のデータ・センターに『引っ越し』していて、僕も手元のターミナルや、薄型モニターPCから話しかけていた。



 202x年代に入り、異常気象が国を覆うようになった。ミーシャや、ミーシャ以外の計算機も、おおまかな10年予想では、何もしない場合ケースでは、異常気象をきっかけとして未知の細菌が発生し、その細菌が国民を食いつぶす、というぶっそうな結果レポートを出した。夢であってほしかったが、何度計算をやり直してもそうなるんだと、ミーシャは言った。


 去年は計算機たちの予想がほぼ当たり、1年じゅう、平均温度が20度、平均湿度が70%なんてことになった。国からは除湿器が支給された。

 今年に入って、何度目かの「交渉リモート会議」出席依頼のメールが届くようになった。内容は、ミーシャの力も国の未来のために借りたい、である。ミーシャを含め国中の計算機や人工知能、課題解決エンジンの力を結集させ、より精度の高い気象予測や、対応予測を行い、国が滅ぶのを止めたい、という。


 ミーシャの機能は僕を含めすべての国民の端末からアンインストールされ、国営データセンターに完全に移動する。

 つまり国民は困りごとを検索して解決するという選択肢を捨て、そのリソースを国民が死に絶えないようにするための計算に利用するのだ。国民にとっては不便になるが、10年後に死ぬよりは、ずっとましだろう。

 端末からは同様の理由で、すでに電話以外の機能はアンインストールされた。また、きのうは15冊の紙の辞書が届いた。

 



「ありがとうございました」

「これからも元気で」

「きっと、また会えると思います」


 最後の挨拶を交わし、僕は「作成者の特権」で接続できていたミーシャのアプリを終了させた。これも明日には国から遠隔でアンインストールされるだろう。




 僕はクローゼットを開けた。

 古びた486デスクトップマシン、ごついノートパソコン、初めて自作したミドルタワーマシン、等など……今まで使ってきたパソコンを並べてある。かつて、ミーシャがいた場所は、いつか帰ってきたときのために、取っておきたかった。


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