男運無し女とストーカー男

正妻キドリ

第1話男運無し女とストーカー男


私には今、好きな人がいない。


何故なら、私は男運がとても悪く、人を好きになると碌なことにならないから。


過去に付き合ってた人は2人いるが、1人目の彼はモラハラ男で、些細なことで喧嘩した後、私のことを罵り、そして自分の家から追い出した。私はそれに呆れて彼との別れを決めた。


2人目は、超絶女たらしで、私の他に4人と同時に付き合っていた。所謂、5股である。そんな彼は、私との待ち合わせをすっぽかして他の女と会っていた。馬鹿だった私は、その待ち合わせ場所で5時間も待っていた。彼と同時に自分にも呆れ返った私は、その後当然、別れを切り出した。


こんな感じで今まで碌なことがなかった私は、自分の男運の無さを自覚して、いつしか人を好きになるのをやめていった。






「でさぁ、行きたくもない飲み会に無理矢理参加させられたわけよ〜。」


私はそう言って、ビールの入ったジョッキを傾けた。


「うわぁ、マジっすか!最悪ですね、それ。」


話を聞いてくれているのは、翔君という男の子。彼は大学で私と同じサークルに入っていて、学年が1つ下の私の後輩である。


「正直、あの先輩方のノリって僕らとはちょっと合わないですよね。なんか、騒げればいいみたいな感じがして…」


「そう!そうなのよ!だから全然楽しくなくてさ〜。付いていけなくて、ずっと退屈だったんだよね。」


翔君はわかると言わんばかりに大きく頷いた。


彼はよく私の話に付き合ってくれる。話といってもほぼ愚痴なのだが、彼はいつも笑って聞いてくれている。そんな彼に甘えて、私もつい自分勝手にあれこれ話してしまう。


例に違わず、今日もほぼ私の独壇場となっているこの飲み会は、開始してから2時間ほどが経過していて、私達はいい感じに酔いが回っていた。


テーブルには、空いたグラスとお皿が2人分より少し多めに置いてあり、それはまるで私の日頃のストレスが現れているかのようだった。


「恵さん、お酒追加します?あ、でも結構飲んだから水にしときますか?」


「な〜にいってんの!まだまだ、全然、飲み足りないでしょ!翔君もサークルの飲み会ではいつももっと飲んでるじゃない?」


「あれは、先輩方に言われて仕方なく飲んでるだけで…」


「じゃあ、わたし飲むから翔君はそれを応援してて」


「応援!?応援って何すればいいんですか?」


「うーん、適当にコールでもやってくれればいいよ。ちょっとイイとこ見てみたいって、あの寒いやつ。」


「いや、寒いって思ってるならやらせないでくださいよ。」


「翔君得意でしょ?普段から言動が寒いじゃない。」


「ちょちょちょっと!だ、誰が普段から寒いやつだーっ!」


「ほら」そう言って私は彼を指差した。


そして同時にぷっと吹き出してしまった。

それを見て彼も笑い出した。


「今のは恵さんの誘導のせいですからね!僕はそれに乗っただけですから。」

「いやいや、翔君が勝手に滑っただけだから。私のせいにしないでくれる?」


彼と話していると楽しい。騒いだりするより私にはこんな感じでだらだらとくだらない話をしている方が肌に合っている。


店員さんがやってきたので、私はお酒、翔君は水を頼んだ。私だけお酒を頼んでなんか悪い気がしたので、会話の主導権を彼に渡すことにした。


「翔君はどんな女の子が好みなの?」

「え、あっ…えっと…唐突ですね。な、なんでそんなこと聞くんですか?」

「なんとなく聞いてみただけで、特に理由なんてないけど。何?なんか疾しいことでもあんの?」

「い、いや!別にないですけど…」

「さては貴様、巨乳好きだな!」

「ち、違いますよ!」

「じゃあ、何乳好きよ?」

「なんで胸縛りなんですか!?っていうかそれ貧以外に何が残ってるんですか!?」

「何よ。じゃあどんな子が好きなの?つか、誰が好きなの?言っとくけど逃がさないからね。翔君が誰を好きなのか、気になり過ぎて寝れなくなっちゃうわ。もともと、鬱気味で寝れないけど。」

「いや、ツッコミにくいですよ、そのボケ…」

「だから、お願い!教えてクレメンス!」


手を合わせてお願いする私を翔君は困惑した表情で見ていた。そして少し考えた後、こう言った。


「じゃあ、恵さんが先に教えてくださいよ!そしたら僕のも教えます!」


と、すごくテンプレな答えが返ってきた。同じ質問をされた殆どの人間が取るような回避行動を翔君はとってきた。


私の好きな人。過去の私ならなんの躊躇いもなく答えることができただろう。

でも、今はそうできない理由がある。なぜなら


「私は今、好きな人いないの。」

「ずるいですよ!そんなの!」


確かにずるいかも。でも、本当のことだ。


「逃げてるように聞こえるかもしれないけど、本当にいないんだもん。」


或いは、そう思い込んでるだけかもしれないけど。


「じゃあ、過去にお付き合いしてたのはどんな人だったかでもいいですよ!先に教えてください!」


そう言われて、私は少し戸惑いを見せてしまった。まさか、そんな角度で攻めてくるとは思わなかったし、それに私は男運が悪く、いい思い出があまりない。むしろ、思い出したくなくて忘れようとしていることが沢山ある。今それを思い出して、顔に出してしまった。


翔君は、それを察したのか、


「あっ、す、すいません。さすがに失礼ですよね。不躾な質問でした…」と私に謝った。


彼が悪いんじゃない。深刻に受け止めてしまった私が悪い。昔の男の話なんてパッと笑い話として話せば良かったのだ。それができないなんて私はとてもつまらない人間だ。人のことを言えた立場じゃない。


「いやー、まさかそんな攻め方してくると思わなかったよ〜。やるねー翔君!ちょっと呆気に取られたわ。」


私は、和やかな雰囲気を取り戻そうと必死に取り繕った。


「元彼の話したら、翔君の好きな人教えてくれんのね?言っとくけど、なんの躊躇いも無くそういうの話すからね〜、私。残念だったね〜!翔く〜ん!」


私は、無理矢理テンションを上げて話し始めた。


「まず、最初に付き合った人が他の大学の年上の人だったんだけどさ〜、もうこれがとんでもないモラハラ男でさ!なんでも上から目線で言ってくるし、私のことバカ呼ばわりしてくる奴だったんだけど、そいつ自身はクソほど無能だったからね!ほら、ホラー映画で最初に死ぬ奴っているじゃん。あんな感じの奴でさ〜」


彼は、あまり笑ってなかった。私が無理してるのに恐らく気づいている。


「2人目が高校で同級生だった奴なんだけど、それが超絶浮気男でさ!そいつ5股してたんだよね!5股だよ!どんだけ女好きなんだよ!脳内メーカーで女って字しかでないよたぶん、あいつ。」


私が話しても彼はあまり反応を返してくれなくなった。彼なりに気を使ってくれているのだろう。でも、私はそれがとても心苦しかった。




微妙な空気感の中、私達は居酒屋を後にした。

家が同じ方向なので、翔君と共に帰り道を行く。会話は続いているが、どこかぎこちない、まるで、初対面の2人が探り合いをしているかの様な感じだった。

ふと、灯りも人通りも少なくて、閑静な住宅街に差し掛かった時、翔君が私に聞いてきた。


「元彼さんの話してる時、無理して笑ってましたよね?」


居酒屋を出てから目が合わなかったけど、この時は翔君と目があった。


「あちゃー、バレてたか〜。ごめんね!なんか気を使わせちゃったみたいでさ。まぁ、使ってくれなんて頼んでないけど〜!」


逆に私は目を逸らせながら言った。


「いや〜でも、よかったよ!今日、翔君に話したことで、これからはみんなの前で堂々とネタとして話せる様になった気がするから。帰ったらもっとエピソードに脚色入れとくよ!あはは!」


それを聞いて翔君は歩みを止めた。何か癪障ることでも言ってしまっただろうか?

どうしたの?と言わんばかりに私が小首を傾げていると、


「無理に笑わないでください。特に僕の前では!」


「えっ」


突然、普段より少し大きめの声でそう言われて戸惑った。


「無理しなくていいですよ…僕が悪かったです。恵さんの傷を広げるようなことをして。でも、恵さん自身も傷を広げる必要はありません!無理矢理笑い話にする必要はありません!」


「いやいや、私は別に傷ついてないよ!今までまともにそう言う話をしてこなかったから戸惑っただけだよ!それに付き合ってた頃だってそうだよ!元々そういう奴らだって知ってたからショックでもなんでもなかったよ!」


「でも、恵さんは泣いてましたよね?モラハラ男の家から追い出された時も、5股男が5時間経っても待ち合わせ場所に現れなかった時も、恵さんは泣いてたじゃないですか!」


「それは…ちょっと待って。」と、言いかけてた言葉を飲んで、私は彼の方に向き合った。


「なんでそれ知ってるの?」


私は真っ直ぐに翔君の目を見て聞いた。


「あっ、…えっと、それは…」


彼は私の問いに戸惑いを見せた。

翔君の言ってたことは私が他人に知られたくなくて、ずっと懇切丁寧に隠し通していたことだ。勿論、誰にも話したことがなければ、知り合いに目撃されたこともない。それを何故か、翔君は知っていた。しかも、まるで自分が見ていたかのような口振りで話した。


不安気な表情で翔君を見つめる私に彼はすっかり重たくなった口を開いた。


「偶然見たんです。恵さんが泣いてるところを。」


「偶然?2回とも?本当に?」


私が詰め寄ると彼は焦った態度を示した。しばらくの間、じっと彼を見つめていると、彼は観念したのか大きく溜息をついた後、私に向き合った。


「…はっきりいいます。僕がそれを知ってるのは、陰でこっそり見てたからです。恵さんが大学生になった頃から僕は恵さんの後をつけてました。」


「…え?…何言ってるの?」


「僕は恵さんのストーカーです。」


彼の言っていることが、一瞬わからなかった。でも、徐々にその言葉を理解していくと私は自然と後退りしていた。


「ちょ、ちょっと待って!え、どういうこと?わ、私のストーカー?翔君が?」


彼の言ったことを反芻してみて、さらに怖さが込み上げてきた。仲のいい後輩だと思っていた男子はストーカー男だったのだ。

薄暗い静かな場所で、ストーカーと2人きりというとんでもない窮地に急に立たされた私は、戸惑いながら、でも、彼から目を離さずに聞いた。


「な、なんで、そんなことしてたの?」


彼は何も答えなかった。私の方を見るわけでもなく、ずっと斜め前の地面を見つめている。


異様な緊張感の中、ただ時間だけが過ぎていく。


私にとっては物凄く長く感じられたが、他の人にとってはほんの数十秒くらいだろうか。正確な時間は分からないが、たぶんそれくらい経った時、翔君はいきなりこちらに向かって歩いてきた。


あまりに唐突だったので、私は動揺と恐怖心で微動だにすることができなかった。足を震わせて、顔を恐怖で歪ませながら、近づいてくる彼をその場で待つしかなかった。


目の前に来た彼は、いつものかわいい後輩の男の子には見えなかった。抗っても勝つことのできない大きな存在、そんな感じがした。


彼は、私の手首を凄い勢いで掴み、自分の方に

引き寄せた。私の身体は、彼の方へと蹌踉めき、彼の身体に数十センチの所まで近づいた。


大声を出そうとしたが、恐怖で声が出なかった。

掴まれた手を動かそうとしたが、彼の力が強過ぎて動きそうになかった。

何か助けを呼ぶ方法を考えようとしたが、頭が真っ白になってて思い付かなかった。

漠然と死という文字が頭をよぎった。起きたことになんの抵抗もできず、ただ受け入れることしかできない私は、とても無力な存在だった。


「恵さんのことが好きです!僕と付き合ってください!」


私は、思いがけない言葉に唖然とした。


「好きで、近くでずっと見ていたからこそ、恵さんにはもう傷ついてほしくないんです!僕が絶対に幸せにしますから、お願いします!」


翔君は、私の目を見てそう言った。

色々なことが起きてパニックになっていたが、その唐突過ぎる告白に、返答の言葉がさらりと自然に出た。


「な、なんでストーカーと付き合わなきゃいけないのよ!」


我ながら適切な返事だったと思う。私が大学生になった時から、私の後を付け回していた変態と、どうして付き合わなければいけないのか。


冷静な対処ができたからか、段々と頭が回る様になってきた。今なら助けを呼ぶこともできる。私は大声を出そうと息を思いっきり吸い込んだ。が、少し考えて躊躇ってしまった。


このまま誰かが助けに来たら、翔君はどうなる?このことを大事にして、大学の知り合いにバレたら彼の立場は…?一生、夜道で女性を襲った危ない奴って、レッテルが貼られないだろうか?


翔君は、私のストーカーだった。でも、愚痴を聞いてくれる、気の合うかわいい後輩でもある。たった一度の過ちで、人生が潰れるのは可哀想だ。


色々なことを考えていると、いつしか、翔君は、私の手首を強く掴んでた手を離していた。


「…僕が恵さんの元彼の話にあまり笑えなかったのは、恵さんが無理して笑い話にしようとしていたからです。」


翔君は、静かな声でそう言うと、私から目を逸らした。


「もし、話すのなら無理せずにありのままで、僕に話して欲しかったです。…すいません、ただの僕のわがままですけど。」


そして、再び目を合わせると私の手首を今度は優しく握った。


「僕の前では偽りのない恵さんでいて欲しいんです!」


私は、非常にまずい予感がした。

強く掴まれてジンジンと痛む手首を優しく握る彼の手。

色んなことが起きて、少し涙目になっている私を、真っ直ぐ見つめる彼の瞳。

さっきまで、張りがあり、大きかったのに、急にしおらしくなった彼の声。


あろうことか私は彼を好きになりかけている。


ストーカーである彼を。


確か、私を傷つけた元彼達もこんな感じだった。最初はいい人なのだが、時間が経つにつれてどんどん化けの皮が剥がれて、最終的にはただのクソ野郎になる。今回もきっと同じだろう。


しかも、今回はもうすでに彼のストーカー気質な部分を見てしまっている。どうせまたろくなことにならない。傷つけられて終わりだ。


でも、何故か私は最初のトキメキにいつも勝つことができない。

いつまでも、その時できた彼の理想像を信じてしまう。そして、今私の中にいるのは、笑いながら私の愚痴を聞いてくれる可愛い後輩としての翔君だ。


「だから、お願いです、恵さん。僕の前では無理しないでください。ずっと、陰から見守っていて思いました。恵さんを、幸せにできるのは僕だけだって。僕にしかできないんだって。」


「…ごめんなさい。」


「えっ…。」


私はゆっくり口を開いた。


「翔君の前で無理して笑ったこと。」


つい、そんな言葉が口をついて出た。私は傷つけられたことをきっと誰かに本音で話したかったのだ。今までそんなしみったれた話はつまらないからと避けてきたが、実は聞いて欲しくて堪らなかったんだ。それを彼は聞いてくれる。彼にだけしか話せないんだ。きっと私には彼が必要なんだ。


本当にそうだったっけ?でも、今はずっとそんな気持ちでいたような気がする。


「いえ、いいんですよ。謝らないでください。」


私は涙を流していた。自分でもよくわからない。何故泣いているのか。全く、自分が嫌になる。


そんな私の泣き顔を見た彼は静かに微笑んでいた。


「好きなだけ泣いていいですよ。僕の前では。」


そんな台詞と若干の月明かりで、彼とその周りの景色がとても輝いてる様に見えた。


たぶん、私はこんなことだから男運が悪いんだろう。


しばらく見つめ合った後、翔君が行きましょうかと、私の手を優しく引いた。

それに私は頷いて、2人で薄暗い道を再び歩き出した。それはまるで私の行く末を案じているかの様だった。








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