第461話 兄貴の結婚式(後編)


---ラサミス視点---



 ……。

 オレは丘の上から、酒瓶片手に王都を呆然と見つめていた。

 黄昏色に染まる夕空が王都を透明に照らしていた。

 悪くない光景だがオレの心は淀んでいた。


「ぐび、ぐび、ご、ごほっ、ごほっ……」


 オレは酒瓶の口から赤ワインをラッパ飲みするが、

 普段酒を飲み慣れてない事もあって、思わず噎せ込んだ。

 これがヤケ酒の味か。


 あまり良いものではないな。

 何でだろうな、オレはどうしてこんなに苛ついているのか。


「あっ、ここに居たわよ! エリス、ミネルバ、マリべーレちゃん」


 メイリンの声が近くから聞こえてきた。

 やれやれ、こうもすぐに見つかるとはな。

 正直今は彼女達に会いたくない気分だ。


「ラサミス、お酒を飲んでいるの?」


「ああ……でもあんまし美味くねえや」


 オレはエリスの問いに投げやりな態度で、

 右手に持った酒瓶を左右に揺らした。

 すると酒瓶の中身の赤ワインも「チャポチャポ」と音を立てて揺れる。


「ちょっとアンタ、何しているのよ!

 今日はめでたい結婚式なのよ?

 それを独りでヤケ酒ってどういう事よ!」


 ぷりぷりと怒るメイリン。

 まあメイリンが怒る理由も分かる。

 だが今のオレにはそれすら煩わしい。


「まあメイリン、そう責めるニャ」


「あっ、ドラさん!」


「ラサミス、ヤケ酒の味はどうニャ?」


 ドラガンも来たのか。

 やれやれ、皆でお迎えという訳か。

 ……この気遣いには感謝すべきだな。


「正直不味いね、まあ元々酒は殆ど飲まないけど……」


「でも急にどうしたのよ?

 ヤケ酒なんてアナタらしくないわよ」


 と、ミネルバ。


「うん、お兄ちゃん。 何を悩んでいるの?」


「そうよ、ここは素直に打ち明けるべきだわさ」


 マリべーレとカトレアも気を回してくれている。

 この気遣いはとても感謝すべき事なんだが、

 正直今は独りにして欲しい、という気持ちが強い。


「さあな、オレ自身、自分の気持ちがよく分からんよ」


「いや拙者には分かるぞ」


「え?」


 オレはドラガンの言葉に思わず呆けた声をあげてしまった。

 するとドラガンは双眸を細めて、オレに視線を向けた。


「ライルの結婚は喜ばしい事だが、

 ずっと目標だったライルが冒険者を引退した事が

 心の何処かに引っかかるのだろう」


「!?」


 オレは思わず絶句した。

 ドラガンの言う事は当たっていた。

 しかしいざこう言葉にされると、

 想像以上に動揺するものだな。


「……そうかもしれないな」


「ラサミス、そうなの?」


 と、エリス。


「ああ……」


「ラサミス、そんな事でむくれているの?

 今日はライルさんとアイラさんの大事な結婚式なのよ?

 そんな理由で途中退席するなんて非常識よ」


 糾弾するようにそう言うメイリン。

 ……少しイラッとした。

 コイツのこういう直情的な所はたまに腹が立つ。

 とオレが思っていると――


「メイリン、あまり言ってやるニャ。

 女心が複雑なように、男心も複雑なのだ」


「でも……」


「ドラガンの言うとおりよ。

 あまりラサミスを責めないであげて」


「ミネルバ……」


 ミネルバが優しくメイリンを諭す。

 そしてミネルバはこちらに視線を向けた。


「私と実の兄はあまり良い関係ではなかったわ。

 だからラサミスとライルさんみたいな兄弟関係に憧れたわ。

 でもアナタがドラガンの言うような悩みを抱える気持ちも

 分かるわ、だからここは素直にライルさんに気持ちを伝えるべきよ」


「……ミネルバ」


 彼女の言葉によって周囲の空気が和らいだ。

 するとドラガンが「うむ」と頷いて――


「そうだな、ここはライルと直接話すべきだろう。

 誰かライルを呼んできて――」


「俺ならここに居るさ」


「っ!?」


 声が聞こえた方向に視線を向けると兄貴とアイラが立っていた。

 

「……なら話は早い。 皆、ここは二人っきりにさせてやれ」


 ドラガンの言葉にエリス達が無言で頷いて、踵を返した。

 それと同時にアイラもこの場から少し離れた。

 これでこの場に残されたのはオレと兄貴の二人だけ。


「「……」」


 オレと兄貴は無言で視線を交わす。

 ……この空気、少し厳しいぜ。

 何を話したら良いのやら、

 と思っていると、先に兄貴が声を掛けてきた。


「こうして二人っきりになるのは久しぶりだな」


「ああ……」


「ラサミス、お前はオレの結婚に反対……、

 いやオレが冒険者を引退した事が不満なのか?」


「結婚には賛成さ、アイラは兄貴に相応しい女性さ。

 だけど兄貴が冒険者を引退した事は不満かもしれない:」


「そうか、良かったら不満の理由を教えてもらえないか?」


 ……。

 いざこう言われると困るな。

 でもここは言葉を選びつつ、自分の心情を打ち明けよう。


「兄貴はオレがガキの頃からの自慢だった。

 でもオレは兄貴やドラガンに出会うまで

 最底辺の冒険者だった……」


「そうだったらしいな」


「だから次第に鬱屈して、

 何に対しても投げやりになり始めた。

 だけどアイラと出会い、そして兄貴と再会した」


「嗚呼、いまでも覚えているよ」


「再会した兄貴はオレの想像以上の冒険者となっていた。

 そこからは兄貴やドラガンに認められたいが一心に

 がむしゃらに頑張ったよ、あのマルクスとの戦い。

 漆黒の巨人、ラムローダ探索、大聖林の戦い……」


「嗚呼、お前は物凄い速度で成長していった。

 その姿を見て、オレもお前に負けないように

 無我夢中で戦い続けたよ」


「……そうなのか?」


「嗚呼……」


 兄貴もそうだったのか?

 これは意外だった。

 すると兄貴が真剣な声で言葉を紡いだ。


「お前にとって俺が大きい存在だったように、

 俺にとってもお前の存在は次第に大きくなっていった。

 弟のお前には負けられない、その一心で懸命に戦ったよ。

 今にして思えば、あの魔将軍ザンバルドに勝てたのも

 ラサミス、お前という存在が居たからかもしれん」


「そうか、そういう意味じゃ良い感じに競争意識が働いたのかもね」


「嗚呼、お前が居たから今の俺がある。

 だがお前はもう俺を超えたじゃないか?

 だから俺が冒険者を引退しても気にする事ないだろう」


 そう、本来ならそう思うなんだ。

 オレだってそのくらいの事は分かっている。

 でもオレの気持ちはそう簡単に割り切れなかった。


「オレもそんな事は分かっているさ!

 でもドラガンや兄貴が冒険者を引退して、

 オレの胸にぽっかりと穴が空いたままなんだ」


「……そうなのか?」


「ああ」


「……」


 オレの言葉を聞いて、兄貴はしばし黙り込んだ。

 なんかオレ、かっこ悪いかもな……。

 でもこの際だ、自分の気持ちは全部打ち明けよう。

 と思っていたら、先に兄貴が口を開いた。


「お前の気持ちはとても嬉しいよ。

 お前が居たから、俺はずっと頑張ってこれたのだ。

 そしてお前は俺の背中を追いかけて成長してくれた。

 兄貴としてこんなに嬉しい事はないよ」


「あ、兄貴……」


「ラサミス、お前が弟で本当に良かった。

 だからラサミス、お前は俺やドラガン気兼ねする事なく、

 お前の進むべき道を進んでくれ」


「……」


 兄貴の言葉を聞いて、オレは咄嗟的に兄貴に背を向けた。

 背を向けた理由は単純だ。

 兄貴の言葉で気が付けば、オレの両眼に涙が溜まっていたからだ。


 そうだな。

 オレもそろそろ兄貴から卒業する時なのかもな。

 これからは自分の意思で自分の道を進んでいこう……。


「ああ、兄貴。 分かったよ。

 そうだな、オレも兄貴やドラガンから卒業するよ。

 オレも今では二代目団長だからね。

 だから団長として、団員の皆を引っ張っていくよ」


「嗚呼、お前ならきっと出来るさ」


「……ああ」


 オレはそう答えて、左手で自分の涙を拭った。

 そうだな、オレももう十九歳。

 これを機に兄貴から卒業しよう。

 

 こうして兄貴とアイラの結婚式は無事に終わった。

 女性陣は二人を心から祝福して、

 オレも自分の気持ちの整理をつけて、

 大人の階段をまた一歩登る事となった。

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