第460話 兄貴の結婚式(中編)


---ラサミス視点---



 そして迎えた7月25日。

 王都ハイダルクの冒険者区にある聖レディス教会。

 ここで兄貴とアイラの結婚式が行われる。


 そう言えばオレも何度か来た事があるよな。

 教会の広さ自体はそんなに広くはない。

 内装はまあまあだが、壁面に張り巡らされたステンドグラスは鮮やかだ。


 質素な長椅子が並び、正面の祭壇の近くに中年の神父が立っていた。

 あ、あの神父にも何度か会った事がある。

 ってオレもこの王都に住んで長いからな。

 そりゃ自然と知った顔も増えるわ。

 中年の神父は粛々と、

 長い祝詞のりとを女神レディスに捧げていた。


「女神レディスは汝等を見守ってくださるでしょう」


 その神父の前に立つのが新郎新婦だ。 

 言うまでもねえ、兄貴とアイラだ。

 二人は立派な純白の衣装に身を包んでいた。

 そしてその新郎新婦を、二十人程度の参列者が見守っていた。


「女神レディスの加護により、

 汝等の愛は不滅なものとなるであろう」


 オレもその参列者の一人だ。

 オレ以外の面子はオレの両親。

 それとドラガン、エリス、メイリン。

 ミネルバとマリべーレと妖精フェアリーカトレア。


 その他にも連合ユニオンのシェフのジャン。

 拠点ホームの同居人の猫族ニャーマンシンシア。

 オレ達の知り合いの参列者はこんな感じだ。


 残りはアイラの孤児院の初老の老婆の院長先生。

 それとその孤児院の孤児が数名ほど参列していた。

 まあ参列者が多いと挨拶回りも大変だからな。

 だからオレ個人としてはこれくらいの数が丁度良いと思う。


「夫、ライル・カーマインは、

 生涯アイラ・クライスだけを愛する事をこの場で誓うか?」


「嗚呼、誓おう」


 神父の言葉に固く誓う兄貴。

 恐らく兄貴の事だから生涯アイラしか愛さないだろう。

 こういう所はオレも見習いたいぜ。


「妻、アイラ・クライスは、

 生涯ライル・カーマインだけを愛する事をこの場で誓うか?」


「ええ、誓いますわ」


 アイラも恐らく誓いを守り通すであろう。

 しかしよくよく考えてみれば、

 数年前、エリス達とのゴブリン狩りの帰りに

 アイラと出会った事でオレの人生は劇的に変わった。


 ドラガンと出会い、兄貴とも再会。

 そしてあの魔剣士マルクスとの死闘。

 あの出来事があったから、今のオレがある。

 それは間違いないだろう。


 そんなアイラと兄貴がこうして結婚式を挙げるとはな。

 オレも数年後には誰かとこうして式を挙げているのかな。

 ……案外、オレもすぐに結婚したりしてな。


「では夫は新婦に誓いの口づけを」


「はい」


 そして兄貴とアイラが唇と唇を重ねた。

 すると周囲のエリスやメイリン、ミネルバ、マリべーレが小さく拍手する。


 彼女等に視線を向けてみると、

 眼をキラキラと輝かせて、うっとりとした表情をしていた。

 女子的にはやはりこういう結婚式に憧れるんだろうね。


 ちなみにドラガンはピンと背筋を伸ばして、

 「ウム」と満足そうな表情で二人を見守っていた。

 付き合いの古さじゃオレ達以上だからな。

 だからドラガンとしても色々と思うところがあるだろう。


「女神レディスよ! 二人に永遠の愛と神のご加護を与えたまえっ!」


 神父の言葉と共に周囲のボルテージは最高潮に達した。


「二人とも幸せにな」


 と、ドラガン。


「二人ともとてもお似合いですわよ!」


 と、エリス。


「アイラさん、とても綺麗ですよ!」


 メイリンも元気よくそう言う。


「……二人ともお幸せに」


 ミネルバも控えながら心を込めてそう言う。


「……二人ともおめでとうございます」


 マリべーレも控えに拍手する。

 

「兄貴、アイラ……義姉ねえさん、幸せにな!」


 オレも周囲に負けじと大声でそう叫んだ。

 すると兄貴とアイラもこちらに向かって小さく手を振ってくれた。


 紛れもなく幸せの瞬間であった。

 だがそれと同時にオレの胸がチクリと痛んだ。

 ……理由はなんだろう。


 いや理由は分かっている。

 兄貴とアイラの結婚はオレも大賛成だ。

 その気持ちに偽りはない。


 でもそれと同時にこうも思う。、


 ――冒険者ライルはこれで完全引退なのか。


 という現実がオレの胸に大きくのしかかる。

 何だろう、この気持ちは……。

 二人を祝うオレの気持ちに嘘はない筈。


 でも一度自覚するとその思いが胸の前でドンドン膨らんでいった。

 ……糞っ、なんなんだよ、これは……。


 そうこう考えているうちに、

 参列者が新郎新婦に見送られて、オレ達も教会を後にした。



---------



「良かったね」


「うん、アイラさん、とっても綺麗だったわ」


 エリスとメイリンが結婚式を見て、興奮気味に話していた。

 

「ええ、ヒューマンの結婚式は豪華ね」


「ミネルバお姉ちゃんは竜人族の結婚式に出席した事あるの?」


 マリべーレが疑問に思ったのか、そう問う。

 するとミネルバは両肩を竦めて答えた。


「ええ、これでも元族長の娘よ。

 幼い頃から何度も結婚式に出席させられたわ。

 でも竜人族はヒューマン以上に階級社会。

 おまけに男尊女卑、だから祝いの場というより

 誓約を誓う場って感じで色々堅苦しかったわ」


「ふ、ふ~ん、なんかあまり楽しくなさそうね」


「まあその辺は種族の差もあるだわ」


 と、妖精フェアリーのカトレアがフォローを入れる。

 

「でもこういう結婚式なら出席もしたいし、式も挙げたいわね」


「うん、あたしもあの純白のドレスを着たいわ」


 楽しそうにそう話す二人。

 やはり女子からすれば、こういう結婚式に憧れるんだろうな。

 こういう雰囲気自体は良いと思う。

 でもオレの気持ちは、依然晴れないままだった。


「ラサミス、どうかしたの?」


 エリスがそう言って、オレの顔を覗き込んできた。

 エリスは相変わらず鋭いな。

 オレの気持ちの変化を絶妙に読み取ってくれる。

 でも今はあんまり触れて欲しくないな。


「いや……何でもねえよ」


「そう?」


「ああ……」


 ふう、どうにも気持ちが落ち着かない。

 今は一人になりたい気分だ。


「皆、ちょっとオレは席を外すよ。

 皆はそのまま楽しんでいてくれっ!」


「ちょ、ちょっとラサミス!」


 エリスがそう言って呼び止めるが――


「今は独りにさせてやるニャン」


 ドラガンがそう言って、エリスの法衣を掴んで制した。

 流石ドラガンだぜ。

 男の心の複雑さを理解してくれている。


 そしてオレは皆に背を向けてこの場を去った。

 それから近くの雑貨屋で赤ワインの酒瓶を一本買って、

 北に進んで、教会の近くにある丘の上を目指した。

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