第459話 兄貴の結婚式(前編)


---ラサミス視点---



 オレの誕生日は終わったが、

 まだこの後にビッグイベントが残っていた。

 そう、オレの実兄ライルとその妻アイラの結婚式だ。


 この世界の常識では、

 庶民や農民といった身分の低いものは、

 基本的に結婚式は行わない。

 

 何せ年貢や納税だけでいっぱいいっぱいの生活だ。

 だから最低限の手続きさえすれば、婚姻関係は成り立つ。

 そういう意味じゃ兄貴もアイラも冒険者。


 冒険者も低ランク同士ならば、結婚式はあげないだろう。

 だが兄貴はSランクを超える名うての冒険者。

 更に言えば第二次ウェルガリア大戦で、

 魔王軍の幹部を二人も倒した程の逸材。


 だが兄貴は基本的にマイペースで周囲の評判とかはあまり気にしない。

 だけど今回の結婚式は妻であるアイラが望んだとの事。

 それにはちょっとした事情もあった。


 実は最近知った事なんだが、

 アイラは生まれつき身寄りがなく、孤児院育ちだったのだ。

 だから彼女は自分の結婚式に世話になった孤児院の院長や

 今現在施設の世話になっている子供達に、

 孤児院出身でもちゃんと結婚式を挙げられる。


 という事を身を持って証明したい。

 みたいな話を兄貴に話すと、兄貴も即座に了承したらしい。

 そういう訳で二人の結婚式は、

 城下町ハイネガルのレディス教会で行われる事となった。


 当然その結婚式には、オレや連合ユニオンの仲間も参加する。

 現時点での参加者希望者は、オレ、エリス、メイリン。

 ドラガン、ミネルバ、マリべーレと妖精フェアリーのカトレアを入れて七名。


 そういう訳でオレ達もリアーナの仕立屋で、

 招待客として相応しい黒の礼服や黒のドレスを新調した。

 オレとドラガンが黒の礼服。

 エリス、メイリン、ミネルバが黒のドレス。

 そしてマリべーレは白のドレスであった。


「うむ、皆、なかなか似合ってるぞ」


 黒の礼服姿のドラガンが満足げにそう言った。


「そうだな、これなら兄貴やアイラも恥をかく事ないだろう」


「うん、ラサミスの礼服姿も決まってるわよ」


 と、エリス。


「……そうか?」


「うん、メイリンやミネルバさんやマリべーレちゃんもそう思うわよね?」


「そうね、馬子にも衣装ってやつかしら?」


 ……メイリン、相変わらず空気読めないな。


「私も似合ってると思うわ」


「あ、あたしもそう思う!」


 ミネルバとマリべーレもそう相槌を打つ。

 まあこう褒められると悪い気はしないな。

 結婚式は明後日の7月25日に行われる予定だ。


 だからオレ達はリアーナの冒険者区の瞬間移動場テレポートじょうから、

 ハイネガルへ瞬間移動魔法テレポートで向かった。

 全員無事に転移出来たが、久しぶりの瞬間移動魔法テレポートの為か、

 オレだけでなく、ドラガンやエリス、メイリンも軽く酔っていた。


「久しぶりだから、少し頭が痛いニャン」


 そう言って左手で頭の羽根つき帽子を摩るドラガン。


「結婚式は明後日だから、今夜はそれぞれ実家に帰る。

 あるいは宿屋に泊まって、

 明日の正午にオレの実家『龍之亭りゅうのてい』で集合しよう」


「そうだな、そうしよう」


「うん、私もドラさんに賛成」と、エリス。


「「「あたしも」」」


 メイリン、マミネルバ、マリべーレが声を揃えた。

 

「それじゃとりあえずここで一旦解散な。

 暇な奴は『龍之亭りゅうのてい』に来てくれ。

 オレもウェイターとして出迎えるつもりだから」


「そうさな、ライルとラサミスのご両親にも挨拶したいから、

 拙者も一休憩したら、寄らせてもらうよ」


「私は久しぶり家族と一緒に過ごすわ」


「あ~あたしも」


 エリスの言葉に同調するメイリン。


「あたしは多分暇だから行くと思う」


「あ、あたしも行くと思う」


「じゃあ当然あたしもつきそうだわさ」


 ミネルバ、マリべーレ、カトレアは来るみたいだな。

 んじゃオレも一休みしたら、店手伝うか。

 

「んじゃここからは自由行動で!」


 こうして各自、それぞれ自由行動に入った。



---------


「もう……飲めないニャン」


「あ、あたしも……もう無理……」


 酔い潰れたドラガンとミネルバが苦しそうにそう言った。

 ちなみに二人が酔い潰れたのは、

 ドラガンが魔タタビさけの飲み過ぎ。

 ミネルバはうちのお袋と飲み比べして負けた感じだ。


 ミネルバもかなり酒に強かったが、相手が悪かった。

 うちのお袋マリンは目茶苦茶酒が強いんだ。

 よく店に来るおっさん相手に飲みくらべして、

 相手を酔い潰して、きっちり酒代も回収している。


「ふぅ~、なかなか強いけどまだまだね」


 と、少し顔を赤らめたお袋がそう呟く。

 ちなみにオレも兄貴もあまり酒は好きじゃない。

 そして今、カウンターの向こうでグラスを拭いている親父も

 見た目に反して、それ程、酒が強い方ではない。


「それにしてもライルももう結婚する歳なのね。

 ほんの少し前までは子供と思っていたのに……」


「母さん、俺も今年で二十五だよ?」


「そう……もうそんな歳になってたのね。

 まあ親としては有り難いといえば有り難いね。

 おかげで私もこの歳でお婆ちゃんだし……」


 と、お袋。


「そうか、兄貴ももう二十五なのか」


「ああ、あっという間だったよ」


「オレも気が付けば似たような状況になっているかもね」


「ラサミス……アンタはもうしばらく自由に生きていいわよ。

 ライルみたいに無理に家を継ぐとか思わなくていいわよ」


「母さん、俺は無理して家業を継ぐ訳じゃないよ。

 何というか冒険者家業も良い潮時と思ってね」


「そう、それは良かったわ」


 そう言うお袋の表情は何処か嬉しそうだった。

 しかしほんの少し前までは、

 兄貴やドラガン達と一緒に冒険したり、戦っていたのにな。


 気が付いたら、ドラガンは冒険者を引退。

 兄貴とアイラは結婚、そしてオレは「暁の大地」の二代目団長。

 ほんの少しの間でお互いの立場も随分と変わった。


 でも正直言うとオレは少し悩んでいる。

 それは兄貴がこのまま冒険者を引退する。

 という事実に対して、オレの気持ちの整理が落ち着かなかった。


 あの魔将軍ザンバルドを倒した男が酒場で真面目に働く。

 それ自体は良いことだと思う。

 冒険者稼業なんてそんなに長く続けられるものじゃない。


 だけど兄貴はずっとオレの目標だった。

 だからオレとしてはまだまだ兄貴と一緒に冒険したかった。

 そう思うと何かやるせない気分になる。


「……ラサミス、どうかしたのか?」


「……兄貴、何でもないよ」


「そうか、お前も悔いのないような冒険者生活を送ってくれ」


「ああ……」


「じゃあオレは酔い潰れたドラガンを。

 お前はミネルバを母さんの部屋に運んでくれ」


「了解」


 そしてオレ達はそれぞれドラガンとミネルバを介抱した。

 それからは兄貴はアイラと娘のライラと住む一軒家に戻り、

 オレは二階の自室へ行き、寝間着に着替えてベッドに潜り込んだ。


「いつかはオレも兄貴みたいに結婚するのかな。

 となれば相手は……エリス、それとも……」


 とオレは一人考え込んでいたが、

 予想以上に疲れていたのか、気が付けば眠りについていた。

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