第455話 生還


---ラサミス視点---



 とりあえずオレ達はクルレーベの中級の宿で一泊した。

 兎に角、皆疲れていたのでこの日はぐっすり眠れた。

 そして夜が明けた翌日の12月31日。


 オレ達は港町クルレーベの瞬間移動場テレポートじょうから、

 中堅都市ホルトピックへの瞬間移動テレポートした。

 ホルトピックに来るのは随分久しぶりな気がする。


「そう云えば今日は12月の31日ですわね」


「ああ、そう云えばそうだな……」


 エリスに言われて初めて気付いた。

 本来なら新年を祝いたい所だが、

 生憎そんな余裕はなかった。


「とりあえずリアーナに戻ろうぜ。

 新年の祝いは拠点ホームに帰ってからしよう」


「嗚呼、それがいいな」と、兄貴。


「そうですわね」


「うん、あたしも賛成」


「同じく」


「うん」「それがいいだわさ」


 エリス、メイリン、ミネルバ、マリベーレ、カトレアも同意してくれた。

 そしてオレ達はホルトピックの瞬間移動場テレポートじょうから、

 リアーナへ瞬間移動テレポートして無事帰還を果たした。


「短期間で転移を繰り返したから、頭が少し痛いですわ」


 と、エリス。


「う、うん。 あたしも頭がクラクラするわ」


 メイリンも相槌を打つ。

 オレ達がリアーナに着いた頃には、既に夜の二十時が過ぎていた。

 今年も残すところ後数時間か。


 ウェルガリア暦1602年はオレや四大種族にとって、

 大きな転換期ターニングポイントを迎える年となった。

 思えばここ一、二年でオレの人生は大きく変わった。


 ほんの数年前までは一人旅ソロで兎狩りしていたオレが

 今では魔族の魔王と盟友関係になるとはな。

 人生なんてもんは本当に分からないものだ。


「……皆、しんどいと思うが拠点ホームに戻るまで我慢するんだ」


「うん、兄貴。 さあ、皆も自分の足で歩こうぜ」


 オレと兄貴の言葉にエリス達も「うん」と頷いた。

 周囲は新年を前にして浮かれている老若男女の姿があった。

 まあこうして無事に新年を迎えられる事は素直に喜ぼう。


 十分後。

 オレ達は『暁の大地』の拠点ホームに到着。

 そしてオレ達はカラフルな色彩の館の中に入った。


「おっ? アンタ達、無事に生還したのかい?」


 受付のカウンターで緑のワンピースを着た猫族ニャーマンのシンシアがそう云った。


「嗚呼、何とか全員で生還する事が出来たよ」


 兄貴が微笑を浮かべてそう云った。


「へえ、それは良かったわねえ」


 と、シンシアが珍しく笑顔を見せた。

 シンシアは基本的に淡泊だから、

 こうして彼女の笑顔を見るの事は珍しかった。


「ニャー、ラサミス達が居るニャンッ!!」


「ホントだニャン。 皆、帰ってきたのニャン?」


「ニャ、ニャー、ドラガン! ラサミス達が帰ってきたニャンッ!!」


 お?

 今のはダビデとアロン、ポロンなのか?

 こいつらもしばらく見ないうちにすっかり大きくなったな。

 もう立派な大人の猫族ニャーマンだな。


「……皆、帰ってきたのか」


 少し派手な青い平服を着たドラガンがそう云って現れた。

 そうか、今のドラガンは芸人一座の座長だからな。

 だからもう冒険者時代の青いコートは着てないのか。


「ドラガン、帰ってきたよ」


「ああ、ライル。 おかえり」


「何とか無事に生還できたよ」


 オレがそう云うと、ドラガンがオレの顔をジッと見据えた。

 するとドラガンは表情を引き締めながら、一言漏らした。


「ラサミス、おとこの顔になったな」


「……そうかな?」


「ああ、よく無事で帰って来た」


「うん、何とか帰って来たよ。 結構大変だったけど……」


「そうか」


 オレとドラガンはそう云って、無言で見つめ合う。

 なんだがドラガンに褒められると誇らしい気分になるな。

 するとオレの後方に居たエリス達も会話に加わった。


「ドラさん、わたくしも無事帰って来ました」


「同じくメイリン・ハントレイムも無事に帰還しました」


 メイリンがそう云って、敬礼ポーズを取る。


「うん、皆、本当に無事で良かったニャン」


「ええ、でもそれはラサミスが頑張ってくれたおかげよ。

 ラサミスが魔王と談判して、魔王の知己を得る事が出来たのよ。

 そして魔王と四大種族の代表の間に立って、和平会談をまとめてくれた」


 ミネルバが端的にオレ達の事情を説明する。

 するとドラガンが「うん」と満足げに頷いた。


「拙者の耳にも色々噂が入ってきたよ。

 まあ中には悪い噂もあったが、拙者は皆を信じているニャン」


「うん、あたし達が無事なのも全部ラサミスお兄ちゃんのおかげよ!」


「うん、うん、そうだわさ」


 マリベーレとカトレアもそう云う。

 なんかこう云う風に褒められると少し照れくさいな。


「そうだ、忘れてていた。

 お前等……というかライル。 お前に朗報があるニャン」


「……何だ?」


「アイラが無事出産したんだニャン。

 もう生後二週間の女の子だニャン。

 お前やアイラに似ていてとても可愛いコだぞ!」


「……う、産まれたのか?」


「ああ、シンシア。 ちょっとアイラを呼んで来てくれ」


「あいよ!」


 ……これはめでたい話だな。

 兄貴もとうとう子持ちか。 

 そしてオレも十八歳で叔父さん、少し複雑な気分だ。

 とはいえ無事に赤ん坊が産まれた事は素直に喜ぼう。


「……お久しぶり、ライル」


 そう云って、赤子を抱いたアイラが現れた。

 僅かに生えた髪はアイラ譲りの金髪だった。


「あ、ああ……久しぶりだな」


「……無事に産まれたわ。 元気な女の子よ」


「そ、そうか……」


 兄貴が珍しく緊張しているな。

 恐らくまだ父親の実感が沸かないだろう。


「ライル、貴方も抱いてみて」


「嗚呼……」


 兄貴が赤子をゆっくりと抱く。

 オレ達は兄貴のその姿を固唾を呑んで見守る。

 兄貴の表情は非常に穏やかであった。


 兄貴のこんな表情は初めて見た。

 でもそりゃそうだろうな。

 自分の子供を抱くというのは親に与えられた特権だ。

 今のオレに分かる境地ではない。


「名前は貴方と一緒に決めたいの」


「嗚呼、そうだな。 二人で考えよう」


「うむ、それが良かろう」


 ドラガンが満足げに頷く。

 すると周囲の女子陣も赤子を囲みながら――


「とても可愛いですわ」


「うん、アイラさん譲りの金髪ね」


「そうね、きっと聡明な子に育つわ」


「うん」「そうだわさ」


 エリス、メイリン、ミネルバ。

 そしてマリベーレとカトレアもキャーキャーと騒ぐ。

 すると驚いた赤子が泣き出したので、

 赤子を抱えたアイラが兄貴と一緒に奥の部屋に引っ込んだ。


「やれやれ、赤ん坊一人増えただけで大賑わいだな」


 と、ドラガン。

 すると奥の部屋から兄貴が出て来てオレの許にやってきた。

 そして兄貴は真剣な表情でオレをジッと見据えた。


「ラサミス、これで俺も晴れて家庭持ちだ。

 だからこの場で宣言するよ、俺は今日限り冒険者を引退する。

 そして落ち着いたら、アイラと子供連れてハイネガルに戻り、

 両親の許で修行して、家業を継ぐつもりだ」


「そうか……」


「だから後の事はお前に任せた」


「うん、兄貴は妻子と仲良く過ごしてくれ」


「今のお前なら俺の助力などもう必要ないだろう。

 今後、お前や「暁の大地」がどのような道を

 進むか分からんが、お前なら安心して連合ユニオンを任せられる」


「まあ……微力を尽くすよ」


「じゃあ俺はアイラ達の所へ行くよ」


「……兄貴」


「……何だ?」


「……おめでとう」


「嗚呼、ありがとう」


 そう云って兄貴は右拳で俺の胸を「ポン」と叩いた。

 そしてオレも同様に右手で兄貴の胸を叩いた。

 すると胸に熱い思いが込み上げてきた。


 思えば兄貴が居たからこそ、オレの今があると思う。 

 兄貴が冒険者だったから、オレも冒険者になった。

 まあそこで大きく躓いたけど、

 そんなオレを救ってくれたのが兄貴やドラガンだ。


 彼等が居なければ、今のオレはなかっただろう。

 この二人からオレは色々な物を学び、

 冒険者としても、人間としても成長出来た。


「……」


「ライルの引退はやはり寂しいか?」


 ドラガンが神妙な顔でそう云う。


「ああ、でもこれも乗り越えないといけない事なんだろう」


「ああ、そうだ。 ヒューマンも猫族ニャーマンも永遠の時を

 生きられる訳ではない。 だから時が経てば自分自身も周囲も変わる。

 それは避けれない定めだ。 でも自分の中で培った経験は後々に生きる。

 だからお前もそれらを大事にして、今を生きるんだ」


「ああ、そうだね……」


 するとドラガンが「うむ」と大きく頷いた。


「ラサミス、お前と出会えて良かったニャン。

 正直お前がここまでやる男とは思わなかった。

 でもお前もライル同様に熱いソウルの持ち主だったようだな。

 だから連合ユニオンの事はお前に全て任せるよ」


「ああ、オレもアンタと出会えて良かったよ」


「……じゃあ疲れてると思うが、今夜は皆で新年の祝いをしよう。

 皆も準備が出来次第、食堂に来るニャン。

 ジャンが腕を振るって、ご馳走を振る舞ってくれたよ」


「……それは楽しみだよ」


「そうですわね」「「「うん」」」


 そしてオレ達は小休止してから食堂へ向かった。

 食堂内には大勢の連合ユニオンの団員が集まっており、

 ドラガンが乾杯の音頭を取ってから、盛大な宴が始まった。


 メイリンとミネルバ、マリベーレはジャンの作った

 チーズケーキを小皿に乗せて、幸せ一杯の表情で食べていた。

 ダビデとアロン、ポロンも魚料理を食べながら、はしゃぎ回る。


 オレはオレンジジュースが入った硝子のコップを右手に持ちながら、

 それらの光景を静かに見据えながら、二口ほどコップに口をつけた。


 もう酒を飲める年齢だが、

 オレはどうにも酒が弱いらしくて、あまり飲む気にはなれなかった。

 でもこうして皆で騒ぐのは結構好きだ。

 

 などとオレが一人で黄昏たそがれていると、

 エリスがこちらにやって来た。


「ラサミス、どうかしたの?」


「いやちょっと一人で考え事してただけだよ」


「そう」


 エリスはそう云って、オレの右隣に並んだ。

 そして自分の左肩をオレの右肩に寄せ付けた。


「……こうしてまた皆でお祝い出来る日が来るとはね。

 正直、魔王城の軟禁生活は辛かったわ……」


「まあそりゃそうだろう。

 実際オレ達の立場は微妙だったからな」


「うん、でもラサミスが頑張ったおかげで

 今こうしていられるわ、ありがとうね」


「よせよ、オレは自分の役割を果たしただけさ」


「そうね、でも貴方は本当に頑張ったと思うわ。

 だからお礼を言わせてもらうわ、本当にお疲れさま!」


 ……。

 何だろう、今のエリスの一言で胸の中がスッとした。

 何と云うかこれまでの苦労が報われたような気分だ。


 やっぱり幼馴染みだな。

 オレの事をよく理解してくれている。


「……その一言で救われた気分になったよ」


「そう?」


「ああ……」


「じゃあ来年も宜しくね」


「ああ……」


 そして時計の針が十二時を指して、周囲が一斉に――


「新年おめでとう! 今年も宜しくお願いします!」


 という歓声が上がった。

 気が付けばもう1603年か。

 去年は戦いに明け暮れたからな。


 だから今年は少しゆっくりしたいぜ。

 そしてオレは自分のコップをエリスのコップに軽く当てて乾杯する。


「ラサミス、今年も宜しくね!」


「ああ、今年も宜しくな」


 そしてオレ達は新たな年を祝いながら、

 今を生きれる事を感謝して、うたげを楽しんだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る