第456話 黄昏の空の下で


---ラサミス視点---


 新年を迎えてからは、比較的平和な日々が続いた。

 まあオレは時々、四大種族の代表と会って、

 レクサーとの話し合いの仲介人になったが、

 彼等もレクサーとの約束はきちんと護った。


 とりあえずしばらくは無事に事が進みそうだな。

 そして魔族と四大種族の関係を改善するべく新たな政策が打ち出された。


 何でもリアーナにあるリアーナ大学とその付属中等部、高等部に

 国際学科を新たに設立して、魔族の魔貴族や平民を留学生として

 受け入れて、四大種族の生徒達と共に学ぶという方針が決められた。


 これを決めたのは魔王レクサーだ。

 そしてその留学生の一人にあの半人半魔の少年ジウバルトが選ばれた。

 何でも大学付属の中等部で留学生として勉学に励むそうだ。


 話によればその留学生の多くが半人半魔の少年少女らしい。

 どうやらレクサーは本気で半人半魔の待遇を変えるつもりのようだ。


 それ自体は歓迎すべき事だが、

 中等部と高等部の体術・剣術の教官として、

 新学期の九月から働かないか、という話がオレの元に舞い込んできた。


 これに関しては即答は避けた。

 何せオレの体術・剣術はほぼ我流だ。

 それ故に教官には向いてないと思うが、

 同じく教官として打診を受けたバルバーンとスカーレットは――


「いやお前なら問題なくやれるだろう。

 まあ教官と云っても、そう難しい事を教える訳じゃない。

 お前が培ってきた経験と技術を生徒に教えればいいのさ」


「そうそう、貴方なら問題なく出来るわ」


 と云われたので、オレもこの話を受ける事にした。

 その理由の一つとして、

 我が『暁の大地』の面々も新たな道を進む事になったからだ。


 エリスはリアーナの教会で女僧侶プリーステスとして働く予定だ。

 メイリンは当初の目標通りリアーナ魔法大学に進学。

 ミネルバも本格的に竜騎士ドラグーンを極める為に、

 騎乗竜ランギッツや飛竜の騎乗訓練をするらしい。


 またマリベーレに関しては、巫女ミリアムの意向もあり、

 リアーナ大学付属の中等部へ入学する事が決まっている。


 兄貴とアイラの子供はライラと名付けられた。

 二人は既にリアーナを経ち、ハイネガルで両親の許で働いている。


 なんだか皆、一気に離ればなれになった気がする。

 でも仕方ねえよな、皆も自分の人生があるからな。

 うん、だからオレもしばらくは教官として働くか。

 

 気が付けば、新年から数ヶ月の月日が経っていた。

 そして迎えた3月17日の夕方。

 この日、オレはリアーナの近くの森へ一人でやってきた。

 時刻は既に十六時を過ぎており、

 頭上には黄金に輝く黄昏色の空が広がっていた。


「綺麗だな……」


 オレはふとそう呟いた。

 すると周囲の草木の中でガサゴソと音が鳴った。


「ん?」


 オレは音の鳴った方に視線を向ける。

 すると最弱モンスター・ラピッドラビットの姿が見えた。

 ラピッドラビットはオレと目線が合うなり、

 一目散でこの場から逃げ出した。


 懐かしいな。

 ほんの数年前くらいまでは、一人でコイツを狩ってたっけ?

 でもお前も頑張って生きろよ。


 お前の場合は逃げる事が勝ちだ。

 だから何処までも何処までも逃げてやれ。

 と、オレは一人でそう思いながら逃げる兎を見据えた。


「……こんな所で何しているの?」


 と、エリスの声が近くから聞こえてきた。


「エリス、君も来たのかい?」


「うん、ちょっとラサミスとお話がしたくて着いて来ちゃった」


「そうか……」


「うん」


 エリスはそう云って、オレの右隣に並んだ。

 オレも条件反射的にエリスに自分の右肩を寄せる。

 そしてオレ達は黄昏色の空の下で身を寄せ合って、親密な会話を繰り広げた。


「……この空を観てると、あの日を思い出すわ?」


「……あの日?」


「最初にニャルララ迷宮の冒険を終えて、

 皆で観た黄昏の空の事よ」


「ああ」


 そう云えばそんな事あったな。

 今にして思えば何もかもが懐かしい。

 だがあの冒険があったから、今のオレがあると思う。


「確かにそうだな。 あれから色んな事があったな」


「うん、ラサミスもとても大人になったわよ」


「そうか?」


「うん、ワタシが云うのも何だけど男らしくなったと思うわ」


「そうか、自分じゃよく分からないけどな」


 オレはそう云って両肩を竦めた。

 するとエリスはオレの顔をジッと見つめた。


「……どうかしたか?」


「ラサミス、何処か遠い所へ行かないでね」


「ん? それどういう意味?」


「自分でもよく分からないわ。

 でも何故かラサミスが何処か遠くへ行きそうな気がしたの」


「……それなら大丈夫さ。

 オレはしばらくゆっくり腰を落として、日々を暮らすつもりさ。 

 正直、魔族との戦いで身も心も疲弊しきってる。

 だからしばらくはリアーナに滞在して気楽に暮らすよ」


「……そう、良かったわ」


「ああ、だから余計な心配する必要はねえぜ」


 オレはそう云ってエリスに視線を向けた。

 エリスもこっちを見つめている。

 そしてエリスの両腕がオレの首に伸びて来た。


 エリスの全身がオレの胸の中に預けられる。

 オレはそんなエリスを両腕で抱き返した。

 するとエリスは静かに目を閉じた。


 オレは思わずごくりと喉を鳴らす。

 そしてオレは両手でエリスの肩を掴んだまま、

 自分の唇をエリスの唇に近づけた。


 唇と唇が重なり合う。

 オレの口の中に甘い匂いが漂ってきた。

 その後もオレ達はお互いの唇を吸い寄せた。


「……」


「……」


 キスを終えたオレ達は無言に見つめ合った。

 オレはもう一度ごくりと喉を鳴らした。

 ここはもう正直に自分の気持ちを打ち明けよう。


「エリス」


「……何?」


「オレはエリスが好きだ。

 だから結婚前提で付き合って欲しい」


「……うん、いいわよ」


「……ありがとう」


「その言葉ずっと待ってたわ」


「……オレもようやく云う事が出来たよ」


 思えばここまで長かったな。

 オレは幼い頃からエリスに好意を抱いていた。

 そしてエリスもオレと同じ気持ちであったろう。


 だがオレは中等部を卒業して、すぐに冒険者となった。

 しかし現実は厳しくて、オレは底辺を彷徨っていた。

 するとエリスに対しても引け目を感じるようになった。


 それから兄貴と再会、ドラガンと出会って、

 オレはがむしゃらになって、ひたすら戦い続けた。

 そして気が付けば、オレは一人前の冒険者となっていた。


 すると今度はエリスがオレに対して距離を感じたらしい。

 人間関係というものは、ちょっとした事で変わるものだ。

 だがようやくオレはエリスに思いを伝える事が出来た。


「あっ、あんな所に燕が!」


 エリスはそう云って、上空を眺める。

 オレも釣られて、そっちに視線を向けた。

 すると黄昏色の空を背にして、

 二羽の燕が舞い交いはじめるのが見えた。

 どうやらあの辺の木に巣を作っているようだ。

 

「あそこで巣作りして、子供を産むのね」


「ああ、多分そうだろうな」


「それにしても、とても綺麗な夕日ね」


「そうだな、世界ウェルガリアは大きな問題を抱えているが、

 こんな風に素晴らしい風景も世界の至る所にあるだろう。

 そういう意味じゃこの世界も捨てたもんじゃないな」


「そうね、立派な子が育つといいね」


「ああ……」


 兄貴とアイラの子供も順調に育ってるらしい。

 あと数年もすれば、オレもエリスと結婚して子供を授かってるかもな。


 そうなればオレも父親。

 その時には冒険者を引退してるかもしれない。

 でも今はまだ引退するつもりはない。


 オレは英雄になりそこねたが、魔王の盟友にはなれた。

 そしてしばらくは魔王と四大種族の代表の調整役を務めるつもりだ。


 それにまだ世界各地を巡りたい、という冒険心は持っている。

 この世界はオレが、オレ達が思ってるより、遙かに広い。

 だからオレの中の冒険心が消えるまで、オレは冒険を止めない。


 でも今この時だけはエリスと心を一つにしたい。

 そしてオレは右手をエリスの左肩に置いた。

 二人で黄昏の空を黙って眺め続ける。


 燕のつがいはいつまでも空を舞っていた。

 そしてオレ達は日が暮れるまで、黄昏の空をずっと見据えていた。



 ---------



 『黄昏のウェルガリア』【魔族編】・おわり



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