第453話 ラサミスのアジ演説(後編)


---ラサミス視点---



「……」


 魔族と四大種族による会談が一息ついた中、

 ヒューマンの宰相バロムスは沈黙していた。

 猫族ニャーマンもエルフ族も竜人族も

 レクサーとの対話に成功してたが、

 宰相バロムスはまだ魔王レクサーの信頼を得られてない。


 時折、オレの方にチラチラと視線を向けている。

 まあ彼の立場からすれば「君もヒューマンなら擁護せよ」

 という意味合いもあるんだろうが、

 大切なのはバロムスがレクサーの信頼を得る事だ。


「……どうした? 貴公は何を提供してくれるのだ?」


「……私としても魔王……陛下のご厚意にお答したいところですが、

 なにぶんヒューマン連邦は、

 四大種族の中でも最大の領土を誇る大国であります。

 なので私の一存では決められない事柄が多いのです」


「……ならば貴様は何故ここに要る?」


「……えっ?」


 レクサーの低い声にバロムスは言葉を詰まらせた。

 う~ん、やっぱりこの宰相、

 自分の置かれた立場が分かってないな。

 

 ヒューマン同士ならば、こういうのらりくらりとした

 会話術で会議の主導権を握る、という手段もありだが、

 レクサーに対しては、そんなやり方は通用しない。


「貴公はヒューマンの代表なのだろ?」


「ええ……そうですがそれが何か?」


「ならば貴公の一存で決められない事柄が多いのだ?」


「そ、それは……」


「さあ、答えてみよっ!」


「うっ……」


 ああ、レクサーの奴、怒っているな。

 これは危険な兆候だ。

 対する宰相は横目でオレをチラチラと見ている。


 オレとしても助け船を出したい所だが、

 この状況でオレが宰相を庇うと、

 レクサーの怒りを買う可能性が高い。

 故にオレとしてもこの場は静観するしかない。


「……私はヒューマンの代表ではありますが、

 ヒューマン連邦の統治者ではありません。

 それ故に私一人でヒューマン連邦の今後を

 左右するような条約を受け入れる事は難しいです」


「では何故貴様は代表としてこの場に居る?

 貴様に決定権がないのであれば、

 決定権のある者をこの和平会談へ派遣すべきではないか?

 それとも貴様、延いてはヒューマンは……」


 マズいな、この状況はマズい。

 とはいえここで宰相を擁護するのは危険だ。

 だからオレは黙って、事の経緯を見守った。


「舌先三寸で余を丸めこめると思ったのか?」


 レクサーは冷めた目で宰相にそう云った。

 う~ん、このままだと最悪な事態が起こりかねない。

 仕方ない、ここは軽く宰相をフォローするか。


「い、いえ滅相もありません。 そんな事は……」


「端的に云おう。 余は嘘をつく者が嫌いだ。

 そして嘘をつきながら、更に嘘を重ねる者はもっと嫌いだ」


「……お、仰る事は分かります。

 でしたら私の出来る範囲で魔王陛下が納得出来るような

 条件を提示したいと思ってます……」


「貴様、余を舐めてるのか?」


「えっ、えっ? 何がです?」


「何故最初からそう云わないんだ?

 余を只の粗暴な阿呆あほうとでも思ってたのか?

 ああ言えばこう言う、貴様は常に相手の様子を伺った上で、

 発言している。 貴様には誠意というものがないのか?」


「い、いえ……そんな事はありません」


 宰相バロムスがオレを露骨に見ながら、そう云った。

 このままだといずれ宰相がレクサーに斬り殺されそうだ。

 オレも出来ることなら、そんな光景は目にしたくない。

 ……仕方ねえ、ここは一つ助け船を出してやろう。


「宰相殿、ここは変な駆け引きなどせず、

 魔王陛下の言葉に真剣に耳を傾けて、

 真摯な言葉で受け答えするんだ。

 そうすれば魔王陛下にも貴方の誠意が伝わるだろう」


「……」


 宰相は何も答えない。

 だが緊張していた表情が僅かに和らいだ。


「……カーマインの云う通りだ。

 ヒューマンの宰相よ、余も誠意を見せよ。

 そうすれば余も貴公に対して誠意で返そう」


「……では交易に加えて、我がヒューマン連邦は、

 魔族に対して各地の港を開港するというのはいかがでしょうか?

 開港した港には魔王陛下の臣下達を丁寧に受け入れます。

 更には港、あるいはヒューマンの国境付近に

 駐屯基地を作り、一部の魔王軍を駐屯させる。

 という条件でしたら、私もヒューマン連邦の首脳部を

 説き伏せる事が出来るでしょう」


「……ふむ」


 レクサーはバロムスの言葉に思案顔で虚空を見据えた。

 まあヒューマンにしては、随分譲歩した方だな。

 この条件ならばヒューマンの首脳部も受け入れる可能性が高い。


「……そうだな、その条件ならば余も納得しても良い。

 但し約束したからには、貴公も約束を必ず護れよ?

 ヒューマンがもし約束を破った際には容赦せんぞ?

 その時には魔王軍が再びヒューマン領へ攻め込むだろう」


「はい、我が能力の全てを捧げて、

 ヒューマンの首脳部を説得してみせましょう」


「嗚呼、お互いの為にも貴公の成功を祈っておくよ」


「……ええ」


 するとレクサーは両肘を机の上に立て、両手を口元で組んだ。

 そしてその切れ長の眼で周囲の者達を一望する。

 するとオレだけでなく、

 四大種族の代表も姿勢を正して背筋を伸ばした。


「余としては貴公等の出した条件に満足している。

 とはいえ今すぐに決めるには大きな問題でもある。

 だから今後も貴公等と話し合いを進めていきたいと思う」


「それは我々、猫族ニャーマンも同じ気持ちですニャ」


「……エルフ族も同じですわ」


「はい。 我等、竜人族も同じ気持ちです」


「……ええ、私も魔王陛下と同じ気持ちです」


 と、宰相バロムス。

 どうやら何とか話がまとまったようだな。

 これで肩の荷が少し下りたぜ。

 と思っていたら、レクサーが意外な言葉を発した。


「それと和平会談とは別に余が貴公等に伝えたい事がある。

 それはこの場に居るラサミス・カーマインについてだ。

 貴公等からすれば、この者の今の立場はある意味裏切り者に

 見えるかもしれん、だが事実は違う」


 ……。

 レクサーの奴、何を云うつもりだ。

 いずれにせよ、ここは彼の言葉に耳を傾けよう。


「この者は一騎打ちで余と互角以上の戦いを演じた。

 それ故に余はこの者を生かして、対話を試みた。

 その結果、余はこの者を通して貴公等と対話してみたくなった。

 云うならばこの者の存在なくして、この和平会談はなかった。

 だから貴公等もこの者をそれなりの待遇で接して欲しい」


「「「「……」」」」


 レクサーの言葉に室内は再び沈黙に包まれた。

 まあ迂闊に言葉を発せれる状況ではないな。

 とはいえオレとしてはこの好機を生かしたい。

 よし、ここは一つ、アジ演説でもしてみるか。


「カーマイン、貴公から云う事は何かあるか?」


「ああ、オレもアンタやこの場に居る皆に伝えたい事がある」


「そうか、ならば申してみよ」


「ああ……」


 そこでオレは大きく深呼吸をした。

 さあ、ここが勝負の分かれ目だ。

 オレの――ラサミス・カーマインの一世一代の大勝負に出るぜ。


「魔王陛下が云ったように、オレは彼と一騎打ちで戦った。

 際どい勝負であったが、オレは彼に完全に勝つ事は出来なかった。

 四大種族の代表の皆さんからすれば、

 『――君が魔王に勝ってれば、このような状況になってなかった』

 と思うかもしれんが、オレとしては自分の力を全て出し切った。

 だからオレとしてもその辺りを皆さんに評価して欲しい……」


「「「「……」」」」


 四大種族の代表は黙りながら、オレの言葉に耳を傾けている。

 まあ彼等としても迂闊な事は云えんよな。

 それはそれで構わん、そしてオレは二の句を継いだ。


「だが結果的にオレは魔王陛下に勝てなくて良かったと思う。

 オレはこれまで彼と何度も対話してきたが、

 彼はオレに対してだけでなく、オレの仲間に対しても

 厚く遇してくれた。 それだけじゃない。

 彼はオレ達だけでなく、四大種族との関係の改善も

 試みてくれた。 だからここに居る各代表の方々にも

 魔王陛下と誠意ある対話を今後も続けて欲しい……」


「「「「……」」」」


 ……相変わらず無反応か。

 まあそれはそれで仕方ない。

 だがオレとしては云いたい事は全て云うつもりだ。


「また皆さんがよければ、

 オレ自身が魔王陛下との間に入ってもいい。

 その際にはオレも魔族と各種族の関係が

 良好になるように全力を尽くすつもりだ。

 そしてこれだけは声を大にして云いたい」


 オレはそこで言葉を一旦切った。

 これから云うの言葉はオレの本心だ。

 それがこの場に居る者に伝わるかは分からない。


 だが今のオレに任された役割ロールは、

 魔族と四大種族の仲を取り持つ事。

 だからその為に恥も外聞も捨てて本音を語るぜっ!


「この男……魔王レクサーは確かに魔王である。

 だが彼は誠意に対しては、誠意で返す礼節を弁えた男だ。

 だから貴方達が魔族との関係の改善を望むのであれば、

 まずは貴方達から先に魔王陛下に対して誠意を見せて欲しい。

 そうすれば魔王及び魔族との仲が悪化する事はないだろう」


「「「「……」」」」


 四大種族の代表は相変わらず無言だ。

 彼等にオレの言葉が何処まで通じたかは分からない。

 だがオレとしては云いたい事は全て云った。

 だから後の事は魔王と四大種族の代表に任せよう。


 するとまばらな拍手の音が室内に鳴り響いた。

 視線を移すとガリウス三世と猫族ニャーマンの大臣。

 そして巫女ミリアムも控え目な拍手をしていた。


 それから半瞬程、

 間を置いて族長アルガス、宰相バロムスも後に続くように拍手した。

 更にはレクサーも拍手した。


「ラサミスくん、君なら我々と魔王陛下の間を

 上手く取り持ってくれそうニャン。

 だから我が猫族ニャーマンは全力でキミを支援するよ」


「ええ、私も同じ気持ちです」


 ガリウス三世と大臣がそう云うと――


「我々、エルフ族も彼を全面的に信頼します」


 と、巫女ミリアム。


「……竜人族も同じ気持ちです」


「我等、ヒューマンも彼を支援させて頂きます」


 族長アルガス、宰相バロムスも相槌を打つ。

 するとレクサーが会談をまとめるべく――


「うむ、どうやら全員納得がいったようだな。

 余も同様にカーマインを全面的に信頼する。

 今後も彼を交えた会談を続けていきたいと思う。

 それでは本日の会談はこれにて終了する」


 こうして魔王レクサーと四大種族の代表との会談が無事に終わった。

 オレとしてはやれるだけの事はやったつもりだ。

 とはいえ今後も何かと忙しくなるだろう。


 でもそれも全ては自分とその仲間を護る為だ。

 だから今後も会談に呼ばれたら、

 今日のように派手に振る舞い、

 オレ自身の発言権を強めるように尽力を尽くすつもりだ。


 ただ今は兎に角、疲れていた。

 だからオレは自室に戻るなり、シャワーボックスで汗を流して、

 軽装に着替えて自分のベッドにダイブしてそのまま眠りについた。


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