第452話 ラサミスのアジ演説(前編)


---ラサミス視点---



 室内は相変わらず静まり返っていた。

 まあ無理はないか。

 迂闊な発言が出来ない状況だ。


 そりゃ保守的にもなるわな。

 でもそれじゃレクサーの信頼を勝ち取る事は出来ない。

 ならばここはオレが場の空気を変えてやるぜ。


「皆さんでだんまりかい?

 でもそれじゃこの状況は何も変わらんぞ。

 とはいえこの魔王相手に何を云っていいか分からない。

 だからここは様子見、というのがアンタ等の狙いかい?」


「「「……」」」


 巫女ミリアムは相変わらず無言だ。

 そんな中、ヒューマンの大臣と族長アルガスは、

 忌々しそうな表情でオレを軽く睨み付けた。

 だがオレはそんな事は気にせず、言葉を紡いだ。


「この男――レクサーは確かに魔王だ。

 だがこの魔王は、とても度量の広い男だ。

 とはいえ何に対しても無条件で受け入れる訳ではない。

 だからアンタ達もここはその場凌ぎの駆け引きなどせず、

 自分の言葉で誠意を伝えるんだぁっ!!」


 オレはやや芝居がかった口調でそう叫ぶ。

 すると巫女ミリアム達も沈思黙考する。

 そして考えが纏まったのか、巫女ミリアムが口を開いた。


「成る程、誠意……ですか?

 でも生憎ながら私には魔王陛下の為人ひととなりが分かりません。

 だからラサミスくん、どうすればエルフ族と魔族が良好な関係を

 築けるか、貴方の意見を聞かせて欲しいわ」


「……」


 成る程、オレを突破口にするつもりか。

 とはいえこの場の判断としては正しいだろう。

 まあオレもミリアムの事は嫌いじゃないし、

 ここはオレが橋渡し役になってやろう。


「巫女ミリアム、そう願うのであれば、

 魔族と共存する意思を示してください」


「……共存する意思ですか?」


「ええ、例えば穏健派のエルフ族と魔族で協力して、

 エルフ領内で新たな都市を開発する、などというものです。

 その都市の開発にエルフ族だけでなく、魔族。

 更には他の三種族も協力するという手段を取れば、

 旧文明派の領土を効果的に運用出来るのではないでしょうか?」


「……成る程、それは面白い案だわ」


 ミリアムはそう云って、穏やかな微笑みを浮かべる。

 これは穏健派のエルフ族にも、魔族にも益がある話だ。

 そしてオレはここであえて魔族だけでなく、

 他の三種族も話題に上げた。 ここで彼等が同調すれば、

 今後の話し合いもスムーズに進む……といいな。


「ほう、カーマイン。

 なかなか面白い事を云うではないか。

 ここに居る代表に代わって、貴公が代表の座に就いた方が

 ヒューマン、強いては他の三種族の為になりそうだな」


 どうやらレクサーの興味も引けたようだ。

 だがそういう発言は、ヒューマンの宰相バロムスの要らぬ怒りを

 買うから止めて欲しいな、まあ今更遅いけどね……。


「……確かに都市の開発という試みは面白いですな。

 巫女ミリアム殿、魔王……陛下がお望みなら、

 我が竜人族も尽力させていただきます」


「待て!」


 族長アルガスの言葉を遮って、レクサーは云った。


「……何でしょうか?」


 と、族長アルガス。


「貴公等が協力するという事自体は歓迎すべき展開だ。

 だがまだエルフ族との話し合いは終わっておらぬ。

 それとこの件に協力する事で、

 自分達は特に代償を払う必要はない、と思わぬ事だな」


「……それもそうですね。 失礼致しました」


 族長アルガスは慇懃な口調でそう返した。

 ヒューマンの宰相も黙りながら、こちらに視線を向ける。

 ふう、この二人はまだ自分が置かれている状況が分かってないようだ。


 とはいえオレがそれを指摘した所で恨みを買うだけだ。

 だからこの場はまずエルフ族との話を進めるべきだな。


「それでその都市の開発以外には、何か案はないのか?」


「そうですね、月並みですがエルフ族と魔族で交易するというのは、

 いかがでしょうか? 我が穏健派のエルフ族は、

 一般的な銃火器から魔法銃まで取り扱っております。

 それらの物に加えて、エルフ領で取れる鉱物、特産品などを

 交易品として魔族と交易するというのはいかがでしょうか?」


「ふむ、悪くない話だな」


 レクサーは満足げに頷いた。

 巫女ミリアムも分かってきたようだな。

 この男は嘘やその場凌ぎの言葉に対しては、

 強い怒りと嫌悪感を示すが、

 好意や誠意に対しては、同じく好意や誠意で返す男なのだ。


「それならば我等、猫族ニャーマンも同様に

 魔族と交易したいですニャン。

 ちなみに魔族領では、魔タタビが採れますかニャ?」


 と、ガリウス三世も同調する。

 それ自体は悪い事ではないが、

 ここで魔タタビを持ち出すとは……。

 そんなに魔タタビが好きなのか?


「魔タタビ? 何だそれは?

 まあそれはさておき、余も猫族ニャーマンとの交易には賛成だ」


 レクサーはそう云って微笑を浮かべた。

 すると族長アルガスとヒューマンの宰相バロムスもこの話題に乗ってきた。


「それならば我等、竜人族も魔族との交易を望みます。

 まあ竜人大陸は無駄に広いわりには荒れ地が多く、

 農作物などはあまり採れませんが、

 珍しい鉱石や海産物などは結構採れますので、

 我々だけでなく、魔族にとっても益があると思いますが……」


「ふむ、確かにそれは悪くない話だな」


「我々、ヒューマンも魔族との交易をご所望します。

 ヒューマン領は四大種族の中でも最大規模であります。

 ハイネダルク王国を宗主国としたヒューマン連邦の加盟国は、

 数十カ国に及びます。 農作物や海産物、

 鉱石、魔法物資、加盟国の民芸品などをご提供したいと思います」


「ほう、それは魅力的な話だな。

 余は悪くない話だと思うが、

 シーネンレムス。 卿はどう思う?」


 ここでレクサーがシーネンレムスに話題を振った。

 この男はここまで無言を貫いていたが、

 魔王に話題を振られるなり、真剣な表情になった。

 そしてしばし考え込んでから、ゆっくりと口を開いた。


「基本的に良い話だと思います。

 ですが我等は戦勝者、故に交易以外にも

 我等に益がある条件を引き出すべきでしょうな」


「私もシーネンレムス卿と同じ意見です」


 と、鷲頭のグリファムも同調する。

 まあこれは仕方ないよな。

 彼が云うように魔族は戦勝者。


 そして四大種族は彼等に負けたのだ。

 だからここは交易以上にも何かを差し出す必要がある。


「……ふむ、余も卿等と同じ意見だ。

 確かに四大種族との交易は我等にも益がある話だ。

 だが余も魔王としての戦勝者としての権利を行使しようと思う。

 だから竜人族とヒューマンにもそれ相応の誠意を見せて欲しい」


「「……」」


「どうした? 返事がないぞ?」


「……事が事ですからね。

 故に私としてもすぐに結論を出せませぬ」


 と、族長アルガス。

 するとレクサーは相手を見透かすような表情を浮かべた。


「何だ、まだ口先だけで何とかなると思っているのか? ん?」


「……そういう訳ではありませんが、

 我等、竜人族の未来がかかった話でもあります。

 それ故に私も竜人族の代表として、

 この会談で竜人族と魔族の関係の改善を望んでます」


「ふん、まあ貴公の立場ならそう云うだろうな。

 だが貴公等は敗者、その事を忘れるでないぞ?」


「分かっております、ならば……そうですね。

 我が竜人大陸は無駄に広いのですが、

 国境付近の警備は手薄な状況であります。

 故に各地に駐屯地を設営して、魔王軍の駐屯を認める、

 というのはいかがでしょうか?」


 成る程、そう来たか。

 これは確かに魔王軍にも益のある話だ。

 更には竜人族がそれ相応の代償を払っている。

 これならばレクサーも多分納得するだろう。


「成る程な、それは悪くない話だ。

 良かろう、余も竜人族との関係の改善の為に

 貴公の提案を受け入れようと思う」


「……ありがとうございます」


「……」


 そして周囲の視線は残されたヒューマンの宰相バロムスに向いた。

 まあ当然と云えば当然だな。

 だが宰相はやや困惑した表情で押し黙っていた。


 恐らくこの状況下でも、

 ヒューマンや自分に益を為す交渉を目論んでいるんだろう。

 だがレクサー相手にそれは通じない。


 仕方ない。

 ここは嫌われるのを覚悟でオレが宰相を諭すか。

 やれやれ、損な役割だな。


 でも文句言っても仕方ない。

 ここはオレも自分の役割を果たすぜ。

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