第451話 和平会談


---ラサミス視点---



「皆、待たせたな」


 レクサーはそう云って、

 作戦会議室の長テーブル席の上座に座った。

 テーブル席の左側には、ヒューマンの宰相、エルフ族の巫女ミリアム。

 そして猫族ニャーマンの国王ガリウス三世と大臣、

 それと竜人族の族長アルガスが右側の席に座っていた。


 成る程。

 確かにこの顔ぶれは四大種族の代表と云えるだろう。

 そして彼等はオレの存在に気付くと、

 少なからず驚いてたようだ。


「カーマイン、貴公は右側の席に座るが良い」


「ああ……」


 オレはレクサーの言葉に頷いて、

 テーブル席の右側に視線を移した。

 テーブル席の右側には、

 あのシーネンレムスとグリファムが座っていた。

 とりあえずオレはレクサーの近くの席に腰掛けた。

 

 すると四大種族の代表だけでなく、

 シーネンレムスとグリファムもこちらに視線を向けた。

 ……グリファムはともかくシーネンレムスは不服そうだ。


 まあこの男はオレの事を嫌ってそうだからな。

 とはいえオレもそんな事で怯みやしない。

 とりあえずオレは姿勢を正して、会議の始まりを待つ。

 するとレクサーが低い声で、第一声を放った。


「どうやら各種族の代表も集まったようだな。

 それでは今から和平会談を行いたいと思う」


「失礼、少しお待ちください」


 そう云ってレクサーの言葉を遮ったのは、族長アルガスだ。

 そしてアルガスはオレを見据えながら、魔王に問うた。


「何故、彼がこの場に居るのでしょうか?

 彼は確か名のある連合ユニオンの一員でしたよね?

 その彼が何故この場に居て、魔族側の席に座ってるのか。

 その辺の事情を説明して頂けませんか?」


 アルガスの言葉で場が水を打ったように静まりかえる。

 まあアルガスの云わんとする事は分かるよ。

 オレが彼の立場だったら、同じな事を言っただろう。

 だがレクサーは動じる事なく、淡々と事実を述べた。


「まあ貴公等からすれば、当然その疑問であろう。

 だからその問いに答えよう。 

 の者、ラサミス・カーマインは、

 連合軍がこの魔王城に大攻勢を掛けて来た時に、

 余の許まで辿り着き、余と死闘を演じて互角以上に渡り合った。

 その結果、余はこの者を客人として扱っている、という訳だ」


「ふむ、成る程。 客人……扱いという訳ですか。

 それは彼が、カーマイン殿は魔族の隷属れいぞくしたという事でしょうか?」


「……」


 隷属か。

 いざ云われてみると、やはり不愉快な気分になるな。

 だがアルガスがそう思うのも無理ない。

 だからオレは反論せず、場の流れに身を任せた。


「隷属ではない。 余と互角の戦いを演じたからこそ、

 この者を客人として扱い、余も卿等との対話を望んだのだ」


「ふむ、それはどういう意味でしょうか?」


 と、ヒューマンの宰相。

 するとレクサーは表情を強張らせた。


「分からんのか? ならば教えてやろう。

 余は卿等、四大種族など眼中になかった。

 だがこの者と戦い、対話する事によって、

 貴公等、四大種族の中にも信頼に値する者が居る、

 と分かった、だがそれは余の買いかぶりだったのかもな」


「……話の本筋が見えませぬな」


 と、ヒューマンの宰相。

 するとレクサーは宰相を睨み付けて、怒鳴りつけた。


「成る程、貴様は話す価値もない阿呆あほうのようだな。

 分かった、貴様はもう退席してよいぞ?」


「……それは少し横暴であり――」


「黙れっ!!」


 室内にレクサーの怒鳴り声が響いた。

 すると四大種族の代表の表情が固まった。

 だがレクサーは戸惑う事もなく、二の句を継いだ。


「貴様はヒューマンの代表だな?」


「え、ええ……そうですがそれが何か?」


「ならばあえて聞く、

 貴様は連合軍が最前線で戦っている時、何処に居た?」


「え?」


 宰相は戸惑い、呆けた声をを漏らす。


「さあ答えよっ!!」


「えっ……ヒューマンの王都に居ましたが」


「そうだ、貴様や国の為政者は、

 連合軍が身を粉にして戦っている時も後方で

 安全に暮らしていた。 そんな貴様等が都合の良い時だけ、

 種族の代表として振る舞う。 更には弁舌のみによって、

 余を説き伏せるつもりだ、余はそこが非常に不愉快だ」


「……そ、そう云われましても……」


「勘違いするなよ? 余は貴様等と対等に対話する気はない。

 余と魔王軍は貴様等、連合軍相手に勝利した。

 よって余は戦勝者として、貴様等と対話しているのだ。

 貴様等は云うならば負け犬。 その負け犬風情が

 余と余の客人を愚弄するな。 もし今度同じような事を

 口にしたら、この場で貴様等の首を跳ねてやるっ!!」


「……」


 レクサーの一方的な言葉に、

 宰相だけでなく他の者達も絶句する。

 まあオレからしてもレクサーの怒る理由は分かる。


 オレ達が最前線で戦っている時、

 ここに居る奴の大半は、後方で暢気に過ごしていた。

 そんな連中が種族の代表として、

 美味しい所だけ持っていこうとするのだ。


 まあ四大種族だけなら、

 それも問題ないが、相手は魔王だ。

 そしてこの魔王相手に嘘やその場凌ぎの言葉は通用しない。


「……分かりました。

 今後は魔王陛下とその客人に配慮して発言する事にします」


 そう云ったのは族長アルガスだ。

 オレはこの爺さんの変わり身の早さにある種の畏敬の念を抱いた。

 オレもこの変わり身の早さを見習うべきかもな。


「……私も配慮が足りませんでした。

 今後は自分の発言に気をつけるようにします」


 ヒューマンの大臣もそう相槌を打つ。

 やれやれ、こういう所は抜け目ないよな。

 だがレクサー相手に、こういうやり方では通用しない。


「少し質問を宜しいでしょうか?」


 そう云ったのは猫族ニャーマンの国王だ。

 それに対してレクサーは国王に視線を向けて「嗚呼」と頷く。

 すると猫族ニャーマンの国王は席を立って、

 オレに視線を向けて、やんわりと問い質した。


「君は確かラサミス……くんだったニャン」


「はい、そうです。 ラサミス・カーマインです」


「うむ、では君の率直的な意見が聞きたいニャン。

 君は魔族の味方なのか? それとも四大種族の味方なのか?」


 まあこの国王の云わんとする事は分かる。

 彼等からすれば、オレの存在は否が応でも気になるだろう。

 だがオレとて遊びでこの場に居る訳ではない。

 だからオレは毅然とした態度で対応する。


「そのどちらでもなく、そのどちらでもあると云えましょう」


「……う~む、その言葉の意味が少し分からないニャン。

 もう少し詳しく説明して貰えるかニャン?」


「勿論です」


 さあ、ここからが本番だ。

 ここから先の発言次第でオレとその仲間の運命が決まる。

 故に失敗は許されない。


 だが焦る事はない。

 ここは自分の本心を嘘偽り無く打ち明けるんだ。


「自分は連合軍の一員として、魔王軍と戦ってきました。

 その結果、魔王レクサーと一騎打ちを果たしました。

 残念ながら自分は魔王に勝つ事は出来ず、

 仲間と共に捕虜としてこの魔王城に監禁されました」


「成る程、そういう事か」


 と、猫族ニャーマンの大臣。

 すると猫族ニャーマンの国王も「うむ」と頷いた。


「そして魔王レクサー……陛下と謁見して、

 彼の知己を得る事が出来ました。

 その結果、自分とその仲間は捕虜から客人扱いとなり、

 この魔王城で過ごしている、というのが現状です」


「……話に矛盾点もなさそうだわ。

 貴方の云っている事は事実のようね」


 そう云ったのは、エルフ族の巫女ミリアム。

 オレは彼女に視線を一瞬向けて、「ええ」と頷いた。

 ここまでは問題ない。 問題はこれから先だ。

 さあ、覚悟を決めるぜっ!!


「魔王城における客人生活の間に、

 自分は何度も魔王陛下と対話しました。

 そこである事に気付かされました。

 自分は開戦直後は魔族は「血も涙もない悪鬼あっき」のような

 存在と思っていましたが、魔族には魔族なりの誇りがあり、

 また仲間を大切に思う同族意識もあります」


 オレの言葉に周囲の者達は、無言で耳を傾けている。

 悪くはない反応のようだ。

 よし、このまま勢いに任せて自分の心情を打ち明けよう。


「また魔王レクサー陛下は、

 魔王という立場にありながら、

 部下や民の事を思い、自己犠牲的な精神で善政を敷いてます。

 またそれだけではなく、我等、四大種族とも良好な関係を

 築き上げたい、という言葉に嘘偽りはないでしょう」


「……」


 オレがそう云うと、周囲は奇妙なほどシーンと静まり返っている。

 まあ彼等のこの反応は無理もない。

 何せ自分達の種族の今後に関わる問題だからな。

 その静寂を破ったのは、ガリウス三世であった。


ちんとしては、

 魔族と良好な関係を築き上げたいと思うニャン。

 その為ならちんや王族の身を差し出すつもりニャン」


「ほう、それは本心か?」


 レクサーはそう云って、双眸を細めた。


「本心ですニャン、但し民には手を出さないで欲しいニャン。

 それが我等、猫族ニャーマンの出す条件ですニャン」


「うむ、王自ら犠牲になって、民を護ろうとする精神。

 そこに種族の差はない、良かろう。

 余も貴公等、猫族ニャーマンと良好な関係を築く事を

 この場にて約束しよう……」


「……ありがとうございますニャン」


「……」


 ……。

 前から思っていたが、

 このガリウス三世という猫族ニャーマンは、

 オレが思ってた以上に、国王として器が大きかったようだ。 


 恐らくこれで猫族ニャーマンの身の安全は保証されただろう。

 だが巫女ミリアム、族長アルガス、ヒューマンの宰相は、

 眼を瞬かせながらも、自ら発言しようとはしなかった。


 まあ通常の相手ならこの対応でも問題はないが、

 レクサー相手には少々マズい対応だ。

 仕方ねえ。


 ここは嫌われるのも覚悟して、

 オレが会話の突破口を開いて見せるぜ!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る