第448話 経営惨憺(けいえいさんたん)


---三人称視点---



 二日後の11月25日。

 連合軍は猫族ニャーマン領の港町クルレーベに到着。

 だが殆どの者が肉体的にも精神的にも疲労していた。


 そしてマリウス王子は、

 各種族の首脳陣や隊長を集めて――


「ここから先は各種族ごとに自由に動こうニャン。

 正直この状況では、ボクも猫族ニャーマンの事を

 考えるだけで精一杯だニャン……」


 マリウス王子のこの提案に各種族の首脳陣もすんなりと従った。

 この時点で四大種族連合は、事実上解散したと云えるだろう。


「そうですね、こうなれば自国と民の事を優先すべきですね。

 マリウス王子、ここまで指揮を執って頂きありがとうございました」


「ナース隊長、ボクは自分の役割を果たしただけニャン」


「我々、竜人族も一度、竜人大陸に戻ります。

 マリウス王子、ナース隊長。 今までありがとうございました」


「レフ団長、こちらこそありがとニャン」


「ええ、竜騎士団には色々助けられました」


 と、ナース隊長も相槌を打つ。

 ちなみにヒューマン軍は上級騎士オーフェンが捕虜になった為、

 まとめ役がおらず、王国騎士団の騎士達は足早に王都まで帰った。

 またヒューマンの冒険者や傭兵もそれぞれ散り散りとなった。


 そしてマリウス王子率いる猫族ニャーマン軍は、

 港町クルレーベに残り、魔王軍の出方を伺う。

 ナース隊長率いるネイティブ・ガーディアンは大聖林に帰還。

 竜人軍は騎士団長レフが敗残兵をまとめあげて、

 竜人大陸に戻るべく、とりあえず竜人領ラムローダを目指した。


 こうして一年半に及ぶ四大種族連合軍の活動に終止符が打たれた。

 だが彼等にはそんな感傷に浸っている暇はない。

 もう目と鼻の先まで魔王軍が迫っていたからだ。


 そして大猫島に陣取る魔王軍の侵攻部隊は、

 大賢者ワイズマンシーネンレムスを最高司令官として、

 魔王レクサーの命令に従い、

 各種族の王都、都に往復鳩を飛ばして、降伏を勧告した。


 それに対する各種族の対応は様々であった。

 マリウス王子率いる猫族ニャーマン軍は、

 王都ニャンドランドに往復鳩を飛ばして、

 国王ガリウス三世と大臣の意見を求めた。

 それに対するガリウス三世は――


ちんは本土の国民を犠牲にするつもりはない。

 だからちんは国王として命ずる。

 第二王子率いる猫族ニャーマン軍は、

 魔王軍の降伏勧告を受諾して、無駄な血を流さないように。

 但し少しでも良い条件を取れるように、

 本国からちんと大臣が出向いて、

 魔王、あるいは魔王軍の幹部と話し合うので、

 道中の警備は万全を期すように!」


 という書状を往復鳩の足に括り付けて、

 クルレーベに駐留するマリウス王子のもとに送りつけた。

 その書状を読んだマリウス王子は渋面になり、

 数時間程一人で考え込んだが、

 結局は国王の命令に素直に従う事にした。


 またエルフ族の穏健派の中心拠点である大聖林では、

 巫女ミリアムを初めとした首脳部が頭を悩ませていた。


「……巫女ミリアム、どうしますか?」


 と、ナース隊長が巫女ミリアムに問う。

 すると巫女ミリアムは思案顔になり、しばし考え込む。


「まだ戦ってないのに降伏する必要はないと思います」


「ではベルローム。 君は魔王軍との交戦を望むのか?」


「ナース隊長、自分としてはそのつもりです」


「ですが今までの戦いに我々もかなり兵力が低下してます」


 女魔導師ソーサレスリリアが控え目に意見を述べた。

 すると巫女ミリアムが表情を引き締まらせて二人を窘めた。


「私としては魔王軍との交戦は望みません。

 今までの戦いで我等、穏健派の兵力も半減している状況です。

 この状況で魔王軍と戦うと、各所で大きな被害が出るでしょう」


「ではミリアム様は降伏勧告を受諾するおつもりですか?」


 やや険のある声でそう云うベルローム。

 それに対して巫女ミリアムは首を小さく左右に振った。


「いえ私は降伏するつもりはありません。

 但しこちらから魔王軍に停戦交渉を申し出るつもりです」


「成る程、停戦交渉ですか。

 確かにそれならばやってみる価値はありますね」


 巫女ミリアムの言葉にナース隊長も表情を明るくさせた。


「……確かに停戦交渉ならばやる価値はありますね」


 ベルロームもミリアムの言葉に同調する。

 するとその他の首脳部もなし崩し的に同意していった。

 そしてミリアムは凜とした声で周囲に告げた。


「この戦いの結果如何によって、我々の命数が決まります。

 ですので皆さん、どうか私に知恵と力を貸してください」


 すると周囲の首脳部達や幹部も――


「はい!」


「勿論ですとも!」


 と、声を揃えて賛同した。

 そして三日後、エルフ族の穏健派は魔王軍に停戦を持ちかけた。

 それに対して魔王軍は、降伏を受諾した猫族ニャーマンには、

 一時的な停戦協定を結んだが、

 エルフ族の停戦交渉には、応じなかった、


「とりあえず魔王陛下の指示が出るまで、

 エルフ族の停戦交渉は無視しておくぞ」


 大賢者ワイズマンシーネンレムスの言葉に周囲の幹部達も賛同する。

 だがこの状況になっても、

 ヒューマンと竜人族は無反応を決め込んだ。


 シーネンレムスは往復鳩と伝令兵を飛ばして、

 魔王城に居る魔王レクサーの意見を求めた。

 それに対してレクサーは――


「とりあえずエルフの連中は無視しておけ。

 だがヒューマンと竜人の態度は気に入らぬ。

 よって大猫島から侵攻部隊を派遣して、

 ヒューマン領と竜人領に攻め込む事を命じる!」


 この命令に対して魔王軍の幹部もやる気を見せた。


「そうですな、ここは一度奴等の領土に攻め込むべきでしょう。

 そうすれば猫族ニャーマンやエルフ族も我等の力を

 思い知って、こちらの云うままに従うでしょう」


 獣魔王ビースト・キンググリファムが勇ましい声でそう云う。


「それに関しては私も同意だ。

 とりあえず武力を持って、

 ヒューマンと竜人族に我等の力を思い知らせさせてやろう」


 龍族のキャスパーの言葉に新幹部のデュークハルト達も無言で頷いた。

 すると大賢者ワイズマンは凜とした声で周囲に告げた。


「とりあえずヒューマン領にはグリファム、デュークハルト、

 レストマイヤーの三部隊を、竜人領にはキャスパー、エンドラ。

 バーナック、アグネシャールの四部隊を派遣しよう。

 どのように敵を制圧させるかは、各自に任せよう。

 最早、我々の勝利は確定しているが、

 ここで手を抜かず全力で敵を叩き潰すぞっ!」


 こうして大猫島から魔王軍の部隊が飛竜やワイバーン、

 グリフォン、コカトリスなどに乗って、

 ヒューマン領と竜人領を目指して、解き放たれた。


 既にこの大戦の勝敗は決している。

 これから行われる戦いは云うならば残敵掃討。

 そしてまた無駄に多くの血が流れようとしていた。



---------


 11月29日正午。

 ヒューマン領の港町バイルの歓楽街。

 そこに艶やかな夜の女達を連れ歩く男の姿があった。


 派手な白銀の鎧姿の茶髪の青年は、

 左手を女の肩に回しながら、

 右手に持った酒瓶に直接口をつけている。


「クソッ……なんで私には帰還命令が出ないのだ!?

 私は……俺はハイネダルク王国の第三王子だぞっ!

 クソッ……ゴク、ゴク、ゴクッ」


「殿下、飲み過ぎですよ?」


 と、傍に居た夜の女が軽く諫めるが、

 第三王子ナッシュバインは「五月蠅いっ!」と叫んで、

 酒瓶の中身を更に飲み干した。


 そう、この男は事もあろうか、

 副司令官でありながら、敵前逃亡したのである。

 その後、魔大陸を脱出して、おめおめとこの港町バイルまで

 逃げ込んで来たが、本国の宰相バロムスは――


「いくら第三王子と云えど、敵前逃亡した罪は大きいです。

 故に国王陛下と私も第三王子が王都に帰還する事を拒否します。

 とりあえずヒューマン領の港町バイルに待機して、

 頃合いを見て連合軍に合流するように!

 これが出来ないようでは、

 貴方の王都の帰還は、断固として拒否します」


 という書状をこの第三王子に送りつけた。

 これに対してナッシュバインは国王に泣きついて、

 本国に戻ろうとしたが、国王も王子の帰還を拒否した。


 この件に関して国王も宰相や臣下から責められたので、

 第三王子の要求を拒む事にした。

 だがその結果、ナッシュバインは予想外の出来事に直面する事となった。


「アレ? 空に無数の影が見えるわ」


「本当だわ。 というかアレって魔獣や魔物じゃないっ!?」


「……あ? あんっ!?」


 ナッシュバインは、女達が指さす空に視線を向けた。

 空には無数の魔物、魔獣の姿が見えた。


「な、なんだよ……これっ……」


 ナッシュバインはそう云って酒臭い息を吐いた。


「ま、魔王軍だわ! 逃げましょ!」


「きゃー、きゃーっ!!」


 女達は悲鳴を上げて、この場から去った。

 だがナッシュバインは酩酊していたので、

 いまいち自分の置かれた状況を理解してなかった。

 そして魔王軍による攻撃が今まさに始まろうとしていた。

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