第447話 総力戦(後編)


---三人称視点---



 月が煌々と輝く光を放つ中、

 地上では血生臭い白兵戦が続いていた。

 既に夜の十二時を迎えて、日付が変わった11月23日。


 連戦に次ぐ、連戦で連合軍は疲労の極致にあった。

 対する魔王軍は、夜というアドバンテージを存分に生かして、

 正面から次々と連合軍の兵士達を斬り捨てて行く。


 連合軍の兵士達も限界が近かった。

 既に地上戦が開始されて四時間以上が経っていた。

 それに加えて、数の上でも相手が上回っている。


 このような悪条件で勝てと云うのが無理があった。

 またこれまでの地上戦では、剣聖ヨハン率いる「ヴァンキッシュ」、

 カーマイン兄弟が属する「暁の大地」の面々が一騎当千の活躍で、

 魔王軍の幹部などを迎え討っていたが、

 この戦場には彼等の姿はなかった。


 その結果、敵の幹部グリファムやデュークハルト、キャスパー、

 といった敵の主力エース級の侵攻を食い止める事が出来なかった。

 魔王軍の猛攻に怯む連合軍。


 そして止めをさすべく、

 エンドラ率いるサキュバス部隊が魅了攻撃を仕掛ける。


「さあ、みんな行くわよ! アタシの魅力で皆を魅了しちゃうぞ!

 ――ラブリー・ファシネーション!!』


「わたし達も続くわよ、ラブリー・ファシネーションッ!」


「!?」


 サキュバス部隊の魅了攻撃。

 すると連合軍の前線部隊が一気に魅了状態となった。


「ニャァァッ……漲ってきたニャンッ! オリャァッ!!」


「ニャー、な、何をするだニャンッ!」


「五月蠅いニャン、ニャニャニャァッ!!」


 精神力と理性が弱めの猫族ニャーマン部隊は、

 物の見事に魅了されて、次々と同士討ちが起こった。

 司令官クラスや主力エース級の者達は、

 魅了攻撃を防ぐ『レディスの首飾り」を装着していたが、

 多くの者はサキュバスの魅了攻撃の餌食となった。


 猫族ニャーマン部隊が、蜘蛛の子を散らすかの如く逃げ惑う。

 それに対して連合軍のヒューマン、エルフ、竜人族部隊は、

 仲間の窮地を救うべき、魅了された仲間に治療魔法をかける。


 とはいえそれは焼け石に水であった。

 そして勝負を決めるべく、キャスパー率いる龍族部隊が動いた。

 キャスパーは周囲の部下達に龍化及び竜化変身りゅうかへんしんするように命じた。


「今だ、龍化りゅうかするぞっ! ……龍化開始っ!!」


 キャスパーがそう叫ぶなり、

 彼の周囲に強力な魔力と闘気オーラが渦巻き始めた。

 その薄い水色の肌が漆黒の肌に変わり、

 体格が変わり、細胞の分子配列が変化した。


 体長は300セレチ(約300センチくらい)まで大きくなり、

 頭部には大きく見開いた鋭い双眸。 

 釣り上がった口からは、鋭い牙が覗いてる。


 そして背中には漆黒の両翼、臀部には太くて長い尻尾。

 周囲の者達も似たような姿になった。

 更には竜魔部隊も竜化変身りゅうかへんしんして、

 様々な色のドラゴンに変身した。


「こ、これは厳しいニャン。

 あれだけの数の龍族やドラゴンの相手は無理だ」


 額に汗を流して、そう呟くニャラード。

 

「……確かにこの状況は非常にまずい。

 あんな連中とまともに戦ったら全滅必至だ」


 と、ナース隊長。


「……これは今すぐにでも撤退すべきだな。

 とはいえこの状況から逃げるのは至難の技だろうがな」


 「竜のいかずち」の団長シャルクも弱音を吐いた。

 彼等が弱音を吐くのも無理はない。

 誰かっていざとなれば、自分が可愛いし命も惜しくなる。

 だがここで意外な人物が意外な提案をした。


「ここは我々、ヒューマン部隊にお任せください。

 我々が殿しんがりを務めるので、その間にお逃げください」


 ヒューマン部隊の指揮官オーフェンがそう云った。

 彼の言葉を聞くなり、ニャラード達は顔を見合わせた。

 

「……意外な申し出でしょうか?」


「いえ……でも宜しいのですか?」


 と、ニャラード。

 するとオーフェンは「ええ」と頷いた。


「元を云えば、我等の司令官が敵前逃亡したせいで、

 連合軍の士気は下がり、その後、戦いの流れは変わりました。

 我等、ヒューマンにも意地と誇りがあります。

 ですから私が前司令官の後始末をさせて頂きます」


「そうですか、ならばそのご厚意に甘えさせて頂くニャン」


「……我々も同じです」


 ニャラードとナース隊長がそう云う中、

 団長シャルクは新たな提案をした。


「ヒューマン軍だけでは厳しいでしょう。

 我等、竜人軍もヒューマン軍をサポートします」


「それは助かりますが、宜しいのですか?」


 と、オーフェン。


「ああ、竜人軍の大半は傭兵及び冒険者の集団。

 更には我が傭兵団は、前団長と副団長を魔王軍に殺された。

 その仇討ち……という訳ではないが、

 我々も自分の役割を果たしたいと思います」


「……では我がヒューマン軍の後方に竜人軍を配置してください。

 我々も全力を尽くしますが、何処まで持つかは分かりませんので」


「ええ、ニャラード団長、ナース隊長。

 そういう事でよろしいかな?」


「ああ、我々はそれで構わないニャン」


「我々、エルフ軍もそれで問題ありません」


「よし、ならば善は急げだ。

 我々が今から敵を食い止めるので、その隙にお逃げください」


 上級騎士オーフェンはそう云って、

 ヒューマン軍を率いて敵の侵攻を食い止めた。

 その間に猫族ニャーマン軍とエルフ軍が撤退を開始。


 だが如何いかんせん数が違い過ぎた。

 それに加えてヒューマン軍の士気も高くなかった。

 前副司令官が敵前逃亡した事によって、

 彼等も戦う理由をなくしていた。


 だが魔王軍にはそんな事情は関係ない。

 彼等はただ全力で目の前の敵を叩き潰して行く。

 約3000人のヒューマン軍が魔王軍の餌食となった。


 それでも指揮官のオーフェンは最後まで勇敢に戦った。

 その結果、ヒューマン軍は2856人もの戦死者を出したが、

 その間にニャーマン軍とエルフ族が島南部へと首尾よく逃げ失せた。


 そして限界を悟ったオーフェンは武装解除して、敵に降伏した。

 100名を超える兵士達は魔王軍の捕虜となった。

 そこで総司令官のマリウス王子も大猫島から撤退する事を決めた。


「とりあえずこの島南部の港から、一隻でも多くの船を出して、

 味方を逃がすニャン、とはいえ全員乗せるのは無理ニャン。

 だからこの簡易転移魔法陣で港町クルレーベまで転移する。

 あるいは各自が持つ転移石で近場に飛べば、

 この島から脱出する事も可能だニャン」


「分かりました、殿下。

 それで殿下はどうされますか?」


 と、お供のガルバン。


「そうだね、ボクはアンクロッソン提督と共に

 ニャローシップ号で逃げるニャン。

 やっぱり最後まで戦いを見届けたいからね」


「了解です、では早速ニャローシップ号に乗り込みましょう」


「うん」


 こうしてマリウス王子は大猫島から撤退した。

 連合軍の撤退が確定するなり、

 島内に残った連合軍の兵士達は武器を捨て投降する。


 シャルク率いる竜人軍も限界まで戦ったが、

 戦力が5000人から1000人を切った所で降伏した。

 その結果、シャルクを含めた1000人の竜人が捕虜となった。

 また逃げ遅れたニャーマン軍とエルフ軍も1000名近く

 捕虜なり、捕虜の総数は5000名を超える事となった。


 今回の戦い……第三次大猫島海戦による戦死者は、

 連合軍が17325人に対して、魔王軍は7533人という数字が示すように、

 魔王軍側が圧倒的な大勝利を収めた。


 ウェルガリア暦1602年11月23日。

 世界ウェルガリアを二分する勢力の間で戦火が交われて、

 またしても魔王軍が勝利して、

 連合軍は致命的な敗北を喫したのである。


 これによって魔王軍は、大猫島という橋頭堡を再び手に入れ、

 いつでも四大種族の本土に攻められる状況を整えた。

 これによって連合軍は、最早軍として機能しなくなり、

 四大種族の為政者や首脳部も自国領土の防衛に専念する事を決意。



 ――完敗だニャン。

 ――これでもう連合軍は終わりだニャン。

 ――だがそれを嘆いてる暇はないニャン。


 ――恐らく魔王軍は今度は本土を攻めてくるだろう。

 ――ならばボクとしても本土の防衛に専念するニャン。

 ――だけどやはり悔しい。

 ――だけど今はその屈辱に耐えるしかないニャン。


 マリウス王子は総旗艦ニャローシップの後部から、

 後ろの景色を眺めながら、自責の念に駆られた。

 だが多くの兵士はこの場から逃げ出す事で一杯一杯であった。


 こうして第二次ウェルガリア大戦の大勢は決した。

 だがまだ戦いは終わってない。

 これからどうするかは各種族次第であった。


 だが逃げ失せた兵士達は、

 今生きれる事に感謝して、泥のように眠り続けるのであった。

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