第449話 三軍暴骨(さんぐんばくこつ)


---三人称視点---



「うわー、魔王軍だ! 逃げろっ!!」


「数が多すぎる! これでは勝負にならんっ!?」


 突如、襲来してきた魔王軍の猛攻に、

 港町バイルの防衛軍及び警備兵は右往左往する。

 大猫島が再び魔王軍に占領された事は知っていた。


 とはいえ何処か他人事のような気分であった為、

 港町バイルの戦力は、ヒューマン海軍百二十名に加えて、町の自警団五十名。 

 そして三十人程の様々な職業ジョブの冒険者。 

 総勢二百名前後の戦力という有り様であった。


 中規模の港町を護る戦力としては、充分であった。

 だが魔王軍と戦うには、心許ない戦力だ。

 対する魔王軍は新たに魔将軍となったグリファムが陣頭指揮を執り、

 デュークハルトとレストマイヤーの二部隊が接近戦と魔法を駆使して、

 港町バイルの防衛軍及び警備兵を次々と蹴散らしていく。


「もう駄目だ、俺は逃げるぞっ!!」


 とある冒険者がそう叫ぶ。


「貴様、敵前逃亡するつもりか!」


 とあるヒューマン海軍の隊長が怒りを露わにする。


「うるせえ、俺は只の冒険者だ!

 それにお前等の大将も敵前逃亡してるじゃねえか!

 そんなテメエ等が偉そうに説教してんじゃねえよっ!」


「そうだ、そうだ! オレたちゃお前等の手下でも下僕でもねんだよっ!」


 そう云って冒険者達は、一斉にこの場から逃げ出した。

 こうなると残った部隊も必然的に及び腰になった。

 だが魔王軍にとっては願ってもない展開。


 グリファムやデュークハルトの部隊が白兵戦を行い、

 レストマイヤー率いる暗黒詠唱者ダーク・キャスター部隊は、

 対魔結界を張りつつ、様々な属性の攻撃魔法を放つ。


 瞬く間に町中が火の海と化した。

 そんな中でもナッシュバインは逃げる事は無く、

 右手に持った酒瓶の中身をラッパ飲みする。


「燃えろ、燃えろ、燃え尽きろっ……。

 ヒック……にしても無様だな。 

 どうやらあの馬鹿猫王子は負けたようだな。 

 やはり猫如きに総司令官が務まるわけない」


「あ? 何だ、此奴こいつは?」


 そう云って漆黒の鎧を着たデュークハルトが現れた。


「ひっく、何だ? ……金色の狼男か?」


「金色の狼男か、まあ外れてはねえな」


 ナッシュバインの言葉に、

 デュークハルトが僅かに口の端を持ち上げた。


「小僧、貴様は逃げないのか?」


「ひっく……小僧ではない。 私はハイネダルク王国の第三王子だ!」


「へえ、それはマジなのか?」


 と、デュークハルト。


「マジもマジさ。 更には連合軍の副司令官も務めていた。

 そういうお前は……何者だ? ひっく」


「オレか? オレは魔王軍の幹部デュークハルトだァッ!」


「そんな名前など知らぬっ!

 まあ魔族の事など何も知らぬがな……」


「ふうん、まあいいや。 とりあえずお前はとっ捕まえておくよ。

 お前の話が本当なら貴重な捕虜となるし、

 仮に嘘でもお前のような大馬鹿者は嫌いじゃない」


「だ、誰が大馬鹿者だァっ! 私は……ご、ごほっ!!」


 第三王子が喋り終える前に、

 デュークハルトは強烈なボディブロウを放った。

 それと同時に口から酒臭い吐瀉物を吐くナッシュバイン。


「んじゃ適当にふん縛っておけ!」


 指揮官の言葉に周囲の者が「はい」と答えて、

 近くにあった縄で第三王子の身体を拘束した。

 こうして港町バイルは魔王軍の手に落ちた。


 また竜人領ラムローダに侵攻したキャスパー、エンドラ。

 バーナック、アグネシャールの四部隊も半日足らずで

 ラムローダ全域をほぼ手中に収めた。


 これによってヒューマン勢力と竜人勢力が激しく慌てふためいた。

 とはいえ彼等の首領や統治者は降伏を望まなかった。

 まだ戦える、戦う意思がある。


 というよりかは、

 まだ自分が置かれている状況を正確に理解してなかたのであろう。

 その結果、また無駄な多くの血が流れる事になった。


 そして港町バイルとラムローダを占領した魔王軍に、

 魔王から新たな命令が下された。

 その内容は――


「とりあえずグリファムの部隊は南下して、

 ヒューマン領の王都へ攻め込め。

 但しこの際には中立都市リアーナには攻め込むな。

 リアーナを牛耳る顔役が我が軍に協力する事になったからだ。

 よって狙うのはヒューマン領、そして王都に限定せよっ!

 尚、竜人領を攻める部隊は、各現場指揮官に判断を委ねる。

 とりあえず攻めるだけ攻めて、竜人側の反応を見極めよっ!」


 総司令官シーネンレムスはこの命令に従い、

 自ら陣頭指揮を執って、グリファム、デュークハルト、レストマイヤー達を

 を引き連れて、ヒューマン領へ攻め込んだ。


 それと同時に竜人領にはキャスパー、エンドラ。

 バーナック、アグネシャールの四部隊が竜人領へ侵攻。


 それに対して竜人軍は、

 竜人大陸の最東部の東竜人海ひがしりゅうじんかいに面したバストラ平原で、

 竜騎士団の騎士団長レフが率いる約一万三千名の竜人兵が魔王軍を迎え撃った。


 対する魔王軍の兵力は三万を超える大部隊。

 おそよ二倍以上の兵力差がある中で竜人軍は健闘した。

 騎士団長レフ率いる竜騎士部隊は、既に百名前後まで減っていたが、

 レフを軸にして敵の空戦部隊と互角以上の戦いを演じた。


 だが時間が経つにつれて、竜人軍は押されていく。

 そしてエンドラ率いるサキュバス部隊が一斉に魅了攻撃を

 仕掛けると、空戦部隊及び地上部隊の間で同士討ちが繰り広げられた。


 竜人軍の大半は、防御役タンク攻撃役アタッカー職で構成されており、

 回復役ヒーラー支援職しえんジョブはあまり居なかった。

 その結果、味方を魅了状態から回復させる事があまり出来ず、

 味方が同士討ちする中、敵の猛攻を受け続けた。


 そして数十時間に及ぶ戦闘の末、

 竜人軍は四千人前後まで減らされて、

 西部にあるロムテールの街まで後退する事となった。


 その後、龍族部隊を率いるキャスパーが魔王の代理人として、

 竜人軍に降伏を呼びかけた。

 降伏勧告を受けるなり、竜人族のみやこドラゴニアで、

 族長アルガスを中心とした長老会議が行われた。


 この長老会議で竜人族は、条件付きで降伏勧告を受諾する事を決意した。

 その条件は――


 魔王軍は竜人大陸で、戦闘行為をこれ以上行わない事。

 また竜人軍が降伏を受諾した際には、

 魔王軍は竜人大陸から、直ちに撤退する事。


 以上の二点を約束して頂けたのであれば、

 竜人族の代表が魔王城まで出向き、

 竜人族と魔王軍の今後について話合う、というものであった。


 キャスパー達はとりあえずバストラ平原に野営した状態で、

 往復鳩を魔帝都アーラスに飛ばして、魔王の指示を待つ。

 二日後、帰って来た往復鳩の足下に括り付けられた書状に――


「竜人共の条件を呑んでやれ。

 但し兵は退かず、奴等の代表が卿等に接触するまでは、

 いつでも戦える準備をしておくように」


 と、書かれていたのでキャスパー達はその言葉に従った。

 そして更に二日後の12月4日。

 竜人族は族長アルガスをはじめとした各長老が揃って、

 キャスパー達が陣取るバストラ平原に趣き、降伏の意思を示した。

 これによって竜人族は、魔王軍に屈する事となった。


 そして時間をやや遡らせた12月2日。

 総指揮官シーネンレムスが、グリファム、

 デュークハルト、レストマイヤーと共に、

 三万五千の大軍を率いてヒューマンの王都へ攻め込んだ。

 

 それに対してヒューマン側は、

 ハイネダルク王国騎士団と各騎士団。

 それと急遽、集めた冒険者、傭兵達で魔王軍を迎え討った。


 その総兵力約二万前後。

 兵力の上では充分に戦える戦力であったが、

 残念ながらそれらの兵を率いる司令官が居なかった。


 正確に云えばヒューマン軍の総司令官は、

 ハイネダルク王国騎士団の新団長となったエルリグ・ハートラーが務めたが、

 彼のような人間に、まともに兵を率いる事は出来なかった。


 魔王軍は空戦部隊をグリファム。

 地上部隊をデュークハルトに任せて、

 シーネンレムスとレストマイヤーは仲間の支援に回った。


 この策が見事に嵌まった。

 というよりかはヒューマン軍があまりにも無力であった。

 最低限に陣形は組んでいるが、

 急場凌ぎの兵力で魔王軍と戦える訳もなかった。


 その結果、戦いは一方的なものとなった。

 魔王軍は攻めて、攻めて、攻めまくる。

 それに対してヒューマン軍は抵抗するが、

 戦力と士気の差が大きく、まるで歯が立たなかった。


 突進、後退、突進、後退。

 といった行動が繰り返されて、

 六時間後、王都と城下町ハイネガルは、火の海に包まれた。

 そこでハイネダルク王国の国王ジュリアン三世は――


「これ以上、王都や城下町を破壊されたら、

 このハイネダルク王国はまともに国を運営できなくなる。

 それだけは避けねばならん。 誰か妙案はないかっ!?」


 と、ハイネダルク城の作戦会議室で叫ぶジュリアン三世。

 このような状況で妙案などある訳がない。

 故に周囲の臣下達も苦渋の表情で沈黙していたが――


「こうなった以上は魔族と和睦するしかないでしょう。

 とはいえこの状況下では相手も停戦に応じないでしょうな。

 ならばここは王都と城下町が灰になる前に、

 魔族に対して降伏を申し出るべきでしょう」


 宰相バロムスが神妙な顔でそう云う。

 すると周囲の臣下達が顔を見合わせてた。

 その表情は見るからに不満げであった。

 とはいえ彼等には良い代案などなかった。


「……降伏? 宰相よ、我等、ヒューマンが魔族に降伏すると申すのか?」


「はい、陛下。 でなければまた無駄な血が流れます」


 と、真剣な表情でそう云うバロムス。

 すると国王は煩わしそうに左手で頭の後ろを掻いた。


「しかし相手は魔族だぞ? まともな話し合いが通じるのか?」


「恐らく通じるでしょう。

 例え通じなくとも、私が責任持って交渉します」


「……バロムス、ならば卿が魔族との交渉役を務めてくれるのか?」


 国王の言葉に宰相バロムスは大きく頷いた。


「ええ、元よりそのつもりです」


「そうか、まあこうなったからには仕方ないか。

 余もこの王都から離れたくないからな。

 分かった。 宰相、後の事は全て卿に任せる」


「御意」


「ではもう余は行くよ。 今日は昼寝してないから、

 少し眠い。 睡眠不足は健康に良くないからな」


「ははっ、ごゆっくりお休み下さい」


 こうしてヒューマン側の交渉役に宰相バロムスが選ばれた。

 そしてバロムスは直ちに魔族に降伏を申し出た。

 大賢者ワイズマンシーネンレムスは、

 この申し出と共に魔王レクサーに指示を仰いだ。


 二日後。

 魔王から「奴等の降伏を受け入れよ」と書状が届くなり、

 シーネンレムスは、ヒューマン軍の降伏を受け入れた。


 こうして猫族ニャーマン、エルフ、竜人に続いて、

 ヒューマンも魔王軍に降伏する事となった。

 この結果、一年半に及ぶ四大種族と魔族の戦いに終止符が打たれた。


 そして第二次ウェルガリア大戦の勝利者は魔族となった。

 だがこれで全てが終わった訳ではない。

 剣や魔法による戦いは終わったが、

 この後に頭脳と話術を用いる交渉戦が待っていた。


 一週間後の12月12日。

 ヒューマン、猫族ニャーマン、エルフ、竜人の首脳部が

 護衛を引き連れて、魔大陸のハドレス半島へ向かった。

 そして魔王と四大種族による和平会談の始まろうとしていた。

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