第418話 復讐者(リベンジャー)・(後編)


---ラサミス視点---



「……」


「……」


 先程からお互いに無言のまま、睨み合いが続いている。

 ジウバルトも最低限の戦闘の心得はあるだろう。

 だから今のオレ相手に戦う事に尻込みしてるのだろう。


 まあオレとしては、此奴こいつを殺すつもりはない。

 兄貴やヨハンには甘いと云われるだろうな。

 でもオレはこんな子供を殺すのは嫌だ。


 無論、油断はしない。

 ある程度ボコって諭して上手く煙に巻こう。

 それがベストは云わんが、殺すよりはマシな選択肢だと思う。


「……余裕の表情だな」


 と、ジウバルトが低い声で問うてきた。


「実際、余裕だからな。

 お前じゃ今のオレの相手にならんよ。

 まあ準備運動代わりにはなるだろうがな」


「……何処までも舐めやがって!

 いいだろう、こちらから仕掛けてやんよっ!!」


 ジウバルトはそう云って、白銀の大鎌を振り上げて突貫して来た。

 そしてジウバルトはやや強引に大鎌を振り回すが――


 ――遅い。

 ――スローとまでは云わんが、明らかに遅い。

 ――これで本気で戦っているのか?


 ――多分、そうなんだろう。

 ――だが勘違いしてはいけない。

 ――これはオレの実力というより能力アビリティのおかげだ。


 とりあえずオレは手にした聖刀でジウバルトの斬撃を受け止める。

 眼前のジウバルトは歯軋りながら、大鎌で斬撃を繰り出す。

 だが一撃、一撃が凄く軽く感じる。


 これなら刀で受け止める必要はないな。

 オレはそこから体捌きと足捌きで敵の攻撃を回避する。

 上下左右に素早く動き、敵の攻撃を次々と回避した。


「……くっ、何てスピードだァッ!!」


 ジウバルトの表情が焦りと恐怖で歪んでいる。

 これが能力値ステータス倍増の効果なのか。

 この力があるなら、オレは魔王と互角に戦えるかもしれん。


 よし、ならばジウバルトに実験台になってもらうか。

 剣技ソードスキルを使うのは控えよう。

 多分、本気で使えばジウバルトはすぐに死ぬだろう。

 とりあえずここは峰打ちを打ち込んでみるか。


「う、ううおおおっ……キリング・サイ――」


「遅い、――峰打ちっ!!」


「が、がはあァッ……アアアァッ!!」


 オレは相手がスキルを放つ前に、

 聖刀で峰打ちを胴体部に打ち込んだ。

 すると峰打ちが決まるなり、

 ジウバルトは口から多量の唾液を飛ばして、身体を震わせた。


「あ、アアァ……アアァ…ま、ま、マジかよっ……」


 ジウバルトは、苦悶の表情を浮かべてそう漏らした。

 おい、おい、おい、マジかよ?

 峰打ちでこれかよ?


 これ、初級刀術スキルでも一撃死するレベルだろ?

 ……こりゃ刀は使わない方が良いな。

 よし、少し危険だが徒手空拳で戦おう。

 だがこれにはジウバルトも頭にきたようだ。


「ごほっ、ごほっ……まさか素手で戦う……つもりか?」


「嗚呼、丁度良いハンデだ」


「……何処までも舐めやがってっ! ――ぶち殺すっ!!」


 ジウバルトは怒りの原動力に変えて、前進して来た。

 どうやら怒りで我を忘れているようだ。

 ならばここであのスキルを試すかっ!!」


「し、死に晒せぇっ、――デモニック・サイ――」


「だから遅いんだよぉっ!!」


 オレは一気に間合いを詰めると同時に、

 自分の左腕でジウバルトの右肘を押し上げて、

 そこから手首の関節技を決めて、大鎌を取り上げた。

 

 ――よし、見事に決まった。

 対人戦では初めて使ったが、上手くいったぜ。

 この一連の動きで為したのは、

 帝王級の刀術スキル『無刀取むとうどり』だ。


 正直、「明鏡止水めいきょうしすい」が発動してなければ成功しなかっただろう。だが逆に云えば「明鏡止水」を発動していれば、この異様に難易度が高いスキルの『無刀取むとうどり』を成功させる事も出来るのだ。


「な、な、なっ……」


 唐突の事態に言葉を失うジウバルト。

 オレはそんな彼を尻目に、

 両手に持った白銀の大鎌を勢い良く後ろに投げ捨てた。


「なっ? 勝負にならねえだろ?

 だからもう戦うのは止めろ?」


「……ふざけんなァッ、シャドウボルトッ!!」


「なっ!?」


 って、アブねえなぁっ!!

 オレは咄嗟に左側にサイドステップして、

 ジウバルトの放ったシャドウボルトを躱した。


 やれやれ、この状況下でもまだやる気なのか。

 仕方ねえな、軽く痛めつけて大人しくさせるか。

 そしてオレは素早く踏み込んで、間合いを詰めた。


「くっ!?」


「――喰らいなぁっ!」


 とりあえず左ジャブを顔面に叩き込む。

 するとジウバルトは大きく仰け反った。

 おい、おい、只のジャブでこれか?

 能力値ステータス倍増の効果はマジで凄いな。


「くっ、くっ、糞ぅっ……」


「いい加減諦めなっ!」


「う、うがぁっ……」


 今度は左膝でジウバルトの腹部に膝蹴りを叩き込んだ。

 するとジウバルトは両手で腹部を押さえて、喘いだ。

 そこでオレは自分の冒険者の証をもう一度見た。

 残り時間は84秒か。 ここら辺で諭すか。


「これで分かっただろ? お前じゃオレに勝てん。

 だから命を粗末にするな?」


「ハアァ、ハア、ハアァ……五月蠅い……」


「ったく強情な奴だぜ」


「……オレにはもう何も残ってねんだ。

 隊長もミリカも死んだ、だからその仇を討たなきゃ

 今のオレは生きている価値はねえんだよ……」


「やめておけよ、復讐なんて馬鹿らしいぜ?」


「……でもオレにはそれしかねえんだよぉっ!」


「……それはお前が半人半魔だからか?」


「……そうだ、オレ達、半人半魔は魔王陛下の手駒であり、

 道具に過ぎない。 だから命尽きるまで魔王陛下の為に戦う!」


「……要するに魔王が原因なんだな?」


「ハア? な、何を云ってやがる!?」


 んじゃあんまりやりたくねえがお説教アンド説得タイムと行くか。


「ならオレが魔王に会って、お前等の処遇及び魔族社会を変えてやんよ」


「……何を云ってるのだ?」


「だからお前等の現状は魔王が生み出したんだろ?

 オレがそれを変えてやる、と云ってるんさ」


「……お前、正気か?」


「正気も正気さ、オレ達四大種族も色々な問題を抱えているが、

 魔族社会ほど病んじゃねえよ、だからオレが魔王に云ってやるよ。

『お前の統治法は間違ってる』とな、それに従わねえなら、

 力づくで説得するまでさ」


「……貴様! オレ達、半人半魔だけでなく、魔王陛下も愚弄するのか?」


「愚弄なんかしねえよ、でもお前等の処遇は明らかに間違っている。

 だからオレが変えてやるよ、だからお前はもう復讐なんか止めろ?」


「……ふ、ふざけるな、そんな与太話を信じられるかァッ!!」


 ジウバルトが怒りを露わにする。

 だがオレは動じることなく、言葉を続けた。


「……信じろよ、このラサミス・カーマインを一度だけ信じろ!」


「……敵を信じろだと? ふ、ふざけんなァッ!」


「そうだ、たった一度でいいからオレを信じろ!」


「……何処までも人をこけにしやがって」


「でも本当は変えて欲しいんだろ?

 だけどそれは現実的に不可能。

 だからお前は考える事を止めて、現状を仕方なく受け入れている」


「……」


「オレもついこないだまで同じようなものだったよ。

 でもな、生きる希望がねえのに生きてても楽しくねえ。

 だけど現実なんてものはそんな簡単に変わるものじゃねえ。

 だからといって自暴自棄になっちゃおしまいさ」


「……何故分かる?」


「……ん? 何が?」


「……オレの考えている事がだ」


「嗚呼、全て分かるとは云わねえが、

 オレも少し前までは似たような事を考えていたからな。

 まあヒューマンと半人半魔という違いこそあれど、

 思春期の少年の考える事は何処か共通点がるんだろうな」


「……お前を信じていいのか?」


「ああ、一度でいいから信じてくれ。

 そしてオレがお前の期待に沿えないようなら、

 その時はお前の判断で今後の人生を決めろ」


「……オレは敵の云う事をまんま信じる程、めでたくはない。

 だがお前の云うとおり、正直今は色んな面で追い詰められている。

 だからお前を憎むことで自分の納得させようとしていた。

 でもそれじゃ確かに希望も何もない。

 だからここはお前の事を少しだけ信じてやろうと思う」


 ……少し態度を軟化させたか。

 まあ此奴も色んな意味で限界が近いんだろうな。

 だから偽善かもしれんが、オレはコイツを救いたい。


「……魔王はこの先に居るんだな?」


「ああ」と小さく頷くジウバルト。


「見ていろ、オレが今から魔王を説得して来るぜ」


「フンッ、勝手にしろ!」


 ん?

 今、ジウバルトが口の端を僅かに持ち上げたな。

 というか後ろから殺気を感じる。


「がはぁっ!?」


 そこでオレは後方に向けて強烈な肘打ちを放った。

 するとオレの右肘に確かな感触が伝わった。

 振り返ると茶色のフーデットローブを着た小柄な魔族が床に蹲っていた。


 よく見ると女のようだ、女性というより少女という風貌だ。

 眼前の少女は、フーデットローブから薄い桃色の髪を覗かせている。

 というかこのコ、何処かで見た覚えがあるぞ。


「……何だ、気付いていたのか?」


 と、後ろからジウバルトが声を掛けてきた。

 成る程、笑ったのはこれが理由か。

 やはり此奴は捻くれた性格してるぜ。


「成る程、オレを試したわけか?」


「まあな、大口叩いて魔王陛下の許に行く前に

 死んだら、腹抱えて笑ってやったのによ~」


「……可愛くねえガキだ」


「オレもアンタに可愛いなんて思われたくねえよ」


「……まあいい、じゃあオレはもう行くぜ」


「ああ、さっさと行っちまいな。

 レナ、そういう訳だ、オレ達は何処かに避難して、

 高みの見物を決め込もうぜ?」


「……に、任務は放棄するの?」


 と、レナと呼ばれた桃色髪の少女。


「嗚呼、もうなんかどうでも良くなったよ。

 それにここで玉砕して死ぬのも馬鹿らしくなったよ」


「……アナタがそう云うなら、私もそれに付き合うわ」


 ……。

 どうやら何とか矛を収めてくれたようだな。

 ならオレもさっさと魔王の許に向かうか。


「じゃあオレはもう行くぜ」


「嗚呼、お前が魔王陛下に殺されるのも楽しみにしてるぜ」


「うい、うい」


 そしてオレはジウバルトに背を向けて、奥の通路に進んだ。

 ここからでも分かる。

 凄い魔力を近くから感じる。


 魔王か、一体どんな奴だろう。

 とりあえず無駄かもしれんが、魔王と話し合ってみたい。

 まあそれで全てが丸く収まるとは思わんがな。


 さあて、名実ともに最終決戦だ。

 この戦いに勝つか、どうかでオレの運命も大きく変わる。

 でもやるからには勝つぜ。

 そしてこの不毛な戦争に終止符を打ってやる。


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