第416話 兄を越えた日

---三人称視点---



 眼前の龍族は口から血を流して、虚ろな目で天を仰いでいた。

 だがラサミスは油断する事無く、

 聖刀の柄を両手で持って、死に身体のアルバンネイルの傍に歩み寄る。


 ――確実に止めを刺す!


 そう思った先にラサミスの頭に声が響いた。


『……き、貴様の勝ち……だ』


 どうやらアルバンネイルの念話テレパシーのようだ。

 だがラサミスは特に反応を示さず、

 聖刀の切っ先でアルバンネイルの首筋を軽く押した。


「……貴様と交わす言葉はない」


『……そうだな、それが……勝者の特権』


「……今更、後悔や懺悔をする必要はねえぜ。

 お前は強かった、間違いなく今まで会った魔族の中で最強だ。

 だからお前は強者のまま死んで逝け」


『……そうだな、ならば一思いに殺してくれっ』


「ああ、そうするさっ!」


 そしてラサミスは聖刀を振り上げて、

 アルバンネイルの首筋を水平に切り裂いた。

 

「ぐ、ぐ……ほっ……」


 切り裂かれた首筋から大量の血が流れて、床を赤く染めた。

 そして身体を何度か痙攣させた後にアルバンネイルは息を引き取った。

 ラサミスはその姿を表情で見据えていた。

 そして聖刀を振って付着した血を飛ばした。


 アルバンネイルの死体は死後も灰化する事はなかった。

 どうやらこの辺は同じ魔族でも個体差があるようだ。

 

「ま、魔元帥閣下っ!?」


「馬鹿な魔元帥閣下が死ぬなんてっ!?」


 アルバンネイルの死を知るなり、周囲の龍族達が露骨に動揺する。

 だがそんな彼等を無視して、ヨハン達は攻撃を続けた。


「よそ見するとは良い度胸だ、ダブル・スラッシュ!」


「う、う、うぎゃあァァァッ!」


 問答無用に剣技ソードスキルを繰り出すヨハン。

 するとライルやミネルバも後に続くように攻勢に出た。


「――ファルコン・スラッシュ!」


「――ヴォーパル・スラスト!」


「やるじゃん、流石は剣聖……うっ!?」


 などと云ってると、ラサミスの全身にとてつもない力が漲った。

 今までもプラムナイザーやカーリンネイツという幹部を倒したが、

 今回はその時以上に物凄い力がラサミスの全身に宿った。


「くっ、くっ……こ、これは凄いっ!?」


 どうやらとんでもない経験値エクスペリエンスを得たようだ。

 全身を満たすような万能感。

 ラサミスはそれを如実に感じながら、

 腰のポーチから自分の冒険者の証を取り出した。


「なっ、マジかよっ!?」


 ラサミスが驚くのも無理はなかった。

 彼の冒険者の証にはレベル84と表記されていた。

 彼が覚えている限り、この戦いの前はレベル69だった筈。


 単純計算でレベルが15上がった事になる。

 だがこれは数字以上に凄い成長度であった。

 連合軍内での最高レベルはヨハンの強化戦士エンハンス・セイバーが82。


 だが彼は剣聖。

 彼には剣士としても冒険者としても十年以上の経験キャリアがあった。

 それが冒険者歴二年余りの十八歳のラサミスがヨハンのレベルを超えたのだ。


 これは偉業であり、異常であった。

 だが大切なのは結果であり、その過程だ。

 現にこの二年余りでラサミスは幾度となく死線を乗り越えた。

 その過程があったからこそ、この結果がある。


「……自分でも分かるオレはとてつもなく強くなった」


 そう云って両手を握りしめるラサミス。

 だがその時、謁見の間の右側の扉が開いた。

 それと同時に魔王軍の親衛隊が現れる。


「くっ、新手か」


 軽く舌打ちするヨハン。


「見たところ二十人前後ね」


 と、アーリア。


「龍族の部隊もまだ残っているニャン。

 対するこちらの人数は二十人を切っている。

 ヨハン、このままだと埒があかない。

 誰か一人でも良いから魔王のもとに向かわせるニャン」


 猫族ニャーマンのジョルディーがヨハンにそう進言する。

 するとヨハンはしばらく黙考してから、「嗚呼」と頷いた。


「そうだな、今の戦いでラサミスくんはかなりレベルアップしただろう。

 だからラサミスくん、君は左側の扉から魔王の許へ向かうんだァっ!」


「お、オレッスか!?」


「嗚呼、君は既に三人も敵の幹部を倒した実績がある。

 相手は魔王、恐らくアルバンネイルより強いだろう。

 だが様々な奇跡を起こしてきた君なら何とかなるかもしれない」


「……」


 ヨハンの言葉にラサミスは押し黙った。

 自信がある訳ではない。

 だが確かに今の自分なら奇跡を起こせるかもしれない。

 そう胸に刻み込み決意を固めるラサミス。


「ラサミス、ヨハンさんの云う通りだ。

 今のお前なら魔王を何とか出来るかもしれん」


「……兄貴」


「そうよ、ここは私達に任せて、アンタは先を行きなさい!」


「ミネルバ……」


「うん、今のアンタならきっと魔王にも勝てるわ!」


「……メイリン」


「うん、きっとラサミスなら奇跡を起こせるわ!」


「エリス……」


「あたしはお兄ちゃんを信じるよ」


「マリベーレ、ありがとう……」


 仲間に次々と激励されて、ラサミスの胸に熱い思いがこみ上げてきた。

 ラサミスは両手を強く握りしめて、口を真一文字に結んだ。


「……分かったぜ! ここは皆に任せた!

 オレは左側の扉から魔王の許に向かうよ」


「ああ、早く行くんだっ!」


「兄貴、分かったよっ!!」


 そう言葉を交わして、ラサミスは左側の扉に向かった。

 ライルはその背中を目で追いながら、思いふけた。


 ――いつの間にか、大きな背中になったな。

 ――今なら分かる。

 ――ラサミスはもう俺を超えた。


 その事実に対してライルはやや複雑な感情を抱いた。

 兄として弟の成長を喜ぶ反面、

 弟に抜かれた事という事実に少し自信を無くす自分が居る。


 でもいつかはこういう日が来る。

 と心の何処かでは思っていた。

 だからライルは弟の成長を喜びつつ、自分の役割を果たす事にした。


「とりあえずこの場に残った者は、

 全力で敵戦力を排除するぞっ!!」


 ライルの言葉に仲間達も「はい」と頷いた。

 敵の竜族部隊に増援部隊が加わり、敵の数は三十人はゆうに超えている。

 対するヨハン達は二十人未満の戦力。

 だが彼等は臆する事無く、勇猛果敢に敵に向かった。


 そしてラサミスは左側の扉を開けて、

 玉座の間に続く通路を突き進んだ。


 ――今のオレなら魔王とも戦えると思う。

 ――責任重大だが、これが今のオレに与えられた役割ロール

 ――だからオレにやれる事は全力でやるぜっ!!


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