第五十七章 進退両難(しんたいりょうなん)

第373話 星形要塞


---三人称視点---



 大草原の戦いから一週間が経った7月19日。

 マリウス王子は、ナーレン大草原の司令部から、

 偵察用の小型飛竜や使役獣を魔帝都の近辺に放って、

 魔帝都とその周辺の様子を探った。


 当然、敵の妨害も受けたが、

 その都度、何度も何度も小型飛竜と使役獣を放ち、

 魔帝都とその中心部にある魔王城アストンガレフ城の位置と構造を把握する事に成功した。


 マリウス王子は魔帝都と魔王城の大まかな構造を把握すると、

 工作兵に魔帝都と魔王城の見取り図を描かせた。 


 魔王城アストンガレフの構造は星形要塞であった。

 マリウス王子も実際には目にした事はないが、

 知識として、星形要塞の存在は知っていた。


 星形要塞は火砲に対応する為に生み出された築城方式である。

 その名の通り上空から見ると星の形をしており、それが名前の由来である。


 星形要塞が出来る以前は、「垂直で高い城壁を持つ城塞」が主流であった。

 構造的に云えばラインラック要塞もそれに該当する。

 だが火砲の普及や魔法が発達すれば、城壁を破壊する事は比較的容易となる。


 星形要塞は上記の攻撃に対抗する為に、城壁は低く分厚くなり、

 砲弾や魔法攻撃によって砕け散らないように、

 耐魔力の高い盛り土が施されている。

 

 要塞の防御力強化の為には、多数の方向からの援護射撃が重要だが、

 死角を無くすことが必要であった。

 この為、数学的に計算された多面体を組み合わせた構造物が出来上がり、

 その完成形となったのが、星形要塞である。


 ちなみに四大種族でこの星形要塞を所有するのは、ヒューマンだけである。 

 だが彼等の王城であるハイネダルク城は、四角い城塞都市型である。

 この星形要塞を所有するのは、ヒューマン領の統治国ハイネダルク王国が

 領土の南西部に一つ、ヒューマン領の南部の国ラーデルスが北部に一つ。

 それと遙か東方の島国ジャパングが最北部に一つの合計三つである。


 またこの数百年の間、種族間で停戦協定が結ばれていたので、

 種族間では星形要塞が戦場の舞台になった事はない。

 だが百年前のハイネダルク王国から独立をはかったラーデルス王国と

 ハイネダルク王国との間に起きたラルベイユ戦争では、

 ラーデルス領の星形要塞「カインバールとりで」で激しい戦闘が繰り広げられた。


 難攻不落の「カインバール砦」は、

 ハイネダルク王国軍の激しい攻撃に耐え続けたが、

 両国間の戦争は泥沼化して、最後はハイネダルク王国軍が

 「カインバール砦」を四方八方から囲んで、籠城戦に持ち込んだ。


 その結果、ラーデルス王国は戦争継続が難しくなり、

 独立を諦めて、ハイネダルク王国と休戦協定を結んだ。

 そしてその代償としてラーデルス王国は星形要塞の情報や建築法を

 ハイネダルク王国に献上、そしてハイネダルク王国は、

 ラーデルス王国との国境付近の南西部に、星形要塞「ラーンギッシュ要塞」を建設した。

 よって星形要塞における知識や情報は、ヒューマンが独占している状況である。


 では何故、魔族が星形要塞を建築出来たかと云うと、

 彼等は何千年と異世界を渡り歩いて来たので、

 その過程で星形要塞を建築する知的生命体と遭遇して、

 艱難辛苦の末、星形要塞を攻略して、

 その知識と建築法をその星の知的生命体から学び、そして奪ったからであった。


 アストンガレフ城が建設されたのは、

 第一次ウェルガリア大戦以降だったが、

 その時の魔王ムルガペーラが部下に命じて星形要塞を建築させたのであった。


 四大種族も他種族との星形要塞での戦闘は初めてとなる。

 それ故に事は慎重に運ぶ必要がある。

 だからマリウス王子は仮司令部の大きなテントに

 各種族のリーダー格を集めて、今後の方針について語り合った。


「成る程、星型要塞ですか。

 これは攻略するのに苦労しそうですね」


 マリウス王子から説明を聞いたヨハンが神妙な顔でそう云った。


「星形要塞って名前ぐらいは聞いた事あるんスけど、

 実際にはどんな感じなんスか?」


 と、ラサミスが漠然とした質問をするが、

 ヨハンはその疑問に対して的確に答えた。


「まず守備側としては、城壁に角度を付ける事によって、

 対面している城壁の上からでも、飛び道具や魔法による攻撃が可能となり、

 攻城側の敵に十字砲火を浴びせる事が可能となるんだよ。

 そうなると攻城側は、城壁の角の狭い一点からしか、取り付く事が出来なくなるんだよ。すると攻城側はスローペースで城壁を登る事になるので、

 防御側が色々な面で有利になるんだよ」


「成る程、確かに攻城側としてはやりづらいですね。

 でも遠距離から攻撃魔法を撃てば効くんじゃないですか?」


 と、ラサミス。


「うん、でも敵も強力な対魔結界や障壁バリアを城中に張り巡らせてるだろうね。だけど馬鹿正直に真正面から挑むより、遠距離から魔法攻撃を仕掛けて、

 籠城戦に持って行き、敵の反撃が弱まった所で、

 上空から竜騎士部隊の飛竜から兵士を降下させる、という手が無難かもね」


「そうだな、どのみち俺達は星形要塞の攻略戦は初めてだ。

 だから複雑で緻密な作戦より、単純明快の作戦の方が実行しやすいだろう」


「「「確かに」」」


「「「そうですな」」」


 アイザックのその意見にはヨハンだけでなく、

 ラサミス、ライル、レビン団長、ニャラードやナース隊長も同意した。


「でもぶっつけ本番でやるというのもアレですな。

 となると星形要塞を保有して、その戦闘経験のあるヒューマンの意見も

 聞きたいところですが……」


 レビン団長はそう云って、ちらりとマリウス王子を見た。

 するとマリウス王子は首を軽く左右に振った。


「まあ常識的に考えれば、そうすべきなんだが、

 彼等、というかあの第三王子が何の見返りもなしに

 その要求を呑む事はないだニャン」


「まあそうでしょうな」


「……確かに」


 マリウス王子の意見にニャラードとナース隊長も相槌を打つ。

 

「しかし不思議だよな」


「ん? ラサミスくん、何がだい?」


「いやさ、星形要塞を有するのは四大種族でもヒューマンだけですよね?

 それなのに何で魔族が星形要塞を建造しているんですかね?

 なんか妙じゃないですか?」


「確かに……そこは謎だよね」


「嗚呼、確かにそこは不自然だ」


 ラサミスの指摘にヨハンとライルも思案顔になる。

 これに関しては、魔族側が過去の異世界侵略で入手した知識、技術であったが、

 ラサミス達にはそれを知る由もなかった。


「まあその辺は深く考えても分からないだニャン。

 大事なのは敵が星形要塞を有していて、

 我々はその要塞を攻略する必要があるという事実だニャン。

 それ以外の事に気を回してたら、身が持たないニャン」


 マリウス王子のこの指摘もある意味正しかった。

 それ故にラサミス達もこの話題をこの場で打ち切った。

 その後もマリウス王子と各部隊のリーダーが話し合いを続けた。


 とりあえず陽動部隊として、

 要塞の正面から攻める部隊も用意しつつ、

 遠距離から魔法攻撃を仕掛ける魔導師部隊。

 それと戦いの鍵を握る制空権の掌握。

 それらについて議論を重ねている時に、異変が起きた。


「た、大変ですニャンッ!」


 伝令兵の白黒の八割れ猫族ニャーマンが慌てながら、テントの中に入ってきた。


「……何だニャン、騒がしいニャン」


 と、マリウス王子。

 すると白黒の八割れ猫族ニャーマンは呼吸を整えて、伝令を伝えた。


「ら、ラインラック要塞から派遣された補給部隊が敵襲に合いましたニャン」


「にゃ、にゃんだって!?」


 思わずそう叫ぶマリウス王子。

 だが周囲の者達は、

 「恐れていた事が起きたか」という感じに渋い表情を浮かべていた。

 

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