第372話 挙棋不定(きょきふてい)


---ラサミス視点---



 翌日の7月12日。

 十数時間に及ぶ死闘がようやく終わりを告げた。

 これによって連合軍は、ナーレン大草原を完全に支配下に置く事となった。

 その後、遊牧民の住居であった組み立て可能なテントを撤収して、

 その中で一番大きなテントに仮の司令部を設置した。


 ここまでは順調に事が進んだが、その後で問題が起きた。

 傭兵及び冒険者部隊の一部の者が捕虜である女性魔族を強姦したのだ。


 まあ戦争終了後にはよくある光景だが、

 マリウス王子はこの件に関しては、強い怒りを示し、

 婦女暴行をはたらいた傭兵及び冒険者を拘束して、

 兵士達の目の前で百叩きの刑を執行した。

 

「いいか、よく聞くだニャン。

 相手は魔族と云えど一般人、しかも女性だ。

 それを戦勝者の特権と云わんばかりに捕虜に対して、

 暴行や婦女暴行を働く者は、今後とも厳しい罰を与えるから、その事を忘れるなぁっ!」


 それはある種の見せしめだったのだろう。

 婦女暴行を働いたのは、全員で六人。

 四人が男のヒューマン、竜人族が二人であった。


 マリウス王子は百叩きの刑の執行人として猫族ニャーマンを選んだ。

 暴行を働いた六人は、他の兵士達が見守る中、百叩きの刑を受けた。

 小柄な猫族ニャーマンが罪人達を容赦なく革の鞭で叩く、叩き続けた。


 捕虜である遊牧民の老人及び女子供は、無言でその光景を見据えていた。

 他の兵士達の表情は様々だった。

 さも当然という表情が大半であったが、

 中には面白くなさそうに渋い表情をしている者も少なくなかった。


 まあ相手は魔族だから、これくらいやってもいいだろう。

 あるいは猫族ニャーマンに場を仕切られているのが面白くない。

 といった感情があるのかもしれない。


 でもここで何の罰も与えければ、軍の規律が乱れる。

 マリウス王子も嫌われる事を理解しつつ、このような処置を施したのであろう。

 そういう意味じゃオレも彼のこの判断には賛成だ。


 一時間後、刑が無事執行された。

 そして罪を犯した六人は軍を除籍処分となり、ライラック要塞へ追放された。

 まあ正直あまり後味が良くない結末だ。


 でもそれでも何の罰も与えないよりかは良かったと思う。

 それは兄貴やミネルバ、エリス、メイリン達も同じであったようだ。

 この件に関しては、兄貴達は何も云わず無言を貫き通した。

 だからオレも兄貴達の前では、この件を話題に上げなかった。

 

 だが半日もすると重い空気も和らぎ、戦勝ムードが再び沸き起こった。

 巨大なかがり火を灯して、

 連合軍兵士と傭兵及び冒険者が入り交り、勝利の余韻に酔い痴れる。

 そして程よく酔いが回ると、

 一部の者達が各種族や各国の国旗を派手に振り回し始めた。


 まあ勝ったから騒ぎたい気持ちも分からなくないが、

 正直云って今回の戦いは、実力で勝ったというよりかは、

 敵にやる気がなかったように思える。


 随所随所では敵も厚みのある攻撃や粘りのある防御陣を敷いてきたが、

 全体的に見たら、敵はわざと負けたように見える。

 まあこの大草原を占領下に置けた事は戦略的には大きいが、

 これでまた補給線や行動線が延びきった状態になった。


 オレはそこが心配なんだよなぁ~。

 つっても一冒険者の団長に過ぎないオレに大した発言権などない。

 でも何もしないのも少し無責任だからな。

 だからマリウス王子やヨハン、アイザック辺りに後で控え目に意見しておこう。


「ラサミス、どうした? 何か気になる事でもあるのか?」


「ああ、兄貴。 いや何というかこの勝利で浮かれじゃ駄目だな、

 と個人的に思ってるわけさ」


「……確かにな。 この大草原を占領下に置けた点は、

 戦略的にも戦術的にも大きいが、これで行動線がまた伸びた。

 この伸びきった行動線、補給線を敵に狙われたら危険だ」


 どうやら兄貴もオレと同じ事を考えていたようだ。

 まあ普通に考える頭があれば、この問題に気付くだろうけどな。


「ああ、今回の戦いでも敵の空戦部隊が大人しかったようだしな。

 敵も馬鹿じゃないし、その辺色々と考えていそうなのが心配だ」


「そうよ、皆少し浮かれ気味よね」


 と、ミネルバも会話に加わった。


「確かに、でも今の上層部は二派に分かれてるからねえ。

 中途半端に意見しても、上に嫌われるだけの可能性もあるもん」


「そうですわね、でも何もしないのも良くないと思いますわ」


 メイリンとエリスの云う事も尤もだ。


「うん、このままだとまずい気がする」


「そうだわさ、でも難しい問題だわさ」


 マリベーレと妖精フェアリーのカトレアもエリス達に同調する。

 やはり皆も同じ事を心配していたか。

 ならばここは団長として黙ってる訳にはいかねえな。


「分かったよ、とりあえずオレからヨハンさんやアイザックさんに

 この件で軽く探りを入れてみるよ、そして二人の同意を得られたら、

 マリウス王子に掛け合ってみるよ」


「……成る程、それは名案ね」と、ミネルバ。


「うん、でも慎重にやりなさいよ?

 失敗したらヒューマンだけでなく、猫族ニャーマンにも嫌われるわよ?」


「メイリン、分かってるさ。

 その辺はオレの事を信用してくれ、上手くやるさ」


「うん、信用するわ」


「わたくしもラサミスを信じるわ」


「アタシも!」


 と、メイリン、エリス、マリベーレが声を揃えてオレを支持してくれた。

 この期待に応えられないようでは、団長失格だ。

 とはいえ簡単に行く問題でもない。

 だから事は慎重に運ぼう。


「連合軍、万歳っ!」


「四大種族に栄光あれっ!」


 周囲の兵士達は相変わらず騒いでいる。

 でも騒げる時に騒いだ方が良いかもしれんな。

 それこそ明日はどうなっているか分からないもんな。


 敵の本拠地である魔帝都までもう少し。

 そこで行われるであろう最終決戦。

 果たしてオレ達は勝ち残る事が出来るであろうか?


 だがこの時のオレは知らなかった。

 魔族との最終決戦。

 それが良くも悪くもオレの今後の人生を変える事になるのであった。


 かつては底辺冒険者として一人で苦労を背負い込んでいたが、

 まさかそんなオレが数年もしないうちに、

 魔族の頂点に立つ魔王と相まみえる事になるとは……


 だが既にもう賽は振られた。

 故に引き返す事は許されない。

 進むも地獄、引くも地獄。


 だがそんな中でも生きる残る為に戦う。

 オレはそう心に強く刻みつけ、

 仲間と一緒にかがり火を囲んで、勝利の凱歌を控え目に歌った。

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