第318話 力戦奮闘(後編)


---三人称視点---


 

「――喰らえ!」


「――遅いぜっ!!」


 眼前の獣人の魔族兵が大剣を振り上げると同時に、

 ラサミスが神速で振り抜いた白刃の刀が、眼前の敵を弾き飛ばす。 

 激しい斬撃の衝撃でやや離れた位置に着地する熊頭くまとうの魔族兵。


 次の瞬間、ラサミスは疾走し、両者が激突する。

 五月雨のようなラサミスの剣線が無数の斜線を描く。

 その凄まじい剣戟を両手で握った大剣で受け止めるが、やや後退する熊頭くまとうの魔族兵。


「ディードッ! 一人じゃ厳しい。 俺達も戦うぜ!」


「悪いな、助かるぜ!」


 すると後方に陣取る三つの人影が前線に躍り出てきた。

 剣、戦斧、槍。

 それぞれ剣呑に輝く三つの獲物を手にした三つの人影が、はっきりと姿をあらわにする。

 

 全員が獣人であった。

 男が二人、女が一人。 

 男の一人はコボルトのような犬頭。

 もう一人の男はミノタウロスのような牛頭ぎゅうとう

 女の顔は人間に近かったが、よく見ると犬耳を生やしていた。


「四対一か、オレも随分と高く評価されるようになったじゃん」


 ラサミスはやや表情を引き締めながら、そう呟いた。

 本来ならこちらも人数を合わせて戦いたいところだが、

 生憎、ライルとミネルバも多対一で戦っている状況だ。

 どうやら敵もこちらの主力級エース・クラスに狙いを定めているようだ。


「ディード、ここは妙な自尊心プライドは捨てるのよ。

 敵の主力級エース・クラスは、多対一で潰す。

 この戦術で此奴らを食い止めるわよ」


 と、犬耳の女獣人がそう叫ぶ。

 するとディードと呼ばれた熊頭くまとうの獣人も「嗚呼」と頷き、大剣を構える。


「上等じゃねえか、相手してやんよっ!!」


 ラサミスのその言葉が開戦の合図となった。

 向ってくる四人組に対して、ラサミスは両手で征伐剣・顎門あぎとを構えた。

 いち早く間合いを詰めてきたのは槍を持った犬頭の獣人だった。


 シュン、シュン、シュン。 素早く槍を突き立てるが、

 ラサミスは素早い動作で、その軌道を見切る。 

 ――動きはそれ程、速くない。 

 すかさず間合いを詰めて攻勢に出るラサミス。



「な、なにっ!?」


「――喰らいなぁっ!」


 相手の懐めがけ袈裟斬りを繰り出し、鎧の上から強引に斬り付けた。


「ぐ、ぐあっ!?」


 袈裟斬りを喰らった槍の獣人は大きな悲鳴をあげ後方に吹き飛ぶ。

 すぐさま前進するラサミス。 たまらず長剣を突き出す犬耳の女獣人。

 その突きを紙一重の差で回避。 女の下半身ががら空き状態だ。 

 ラサミスは即座に足を払う。


 ラサミスはバランスを崩した犬耳の女獣人に遠心力を生かした右回し蹴りを食らわせ、蹴り飛ばし、地面に這いつくばった槍の獣人へ衝突させた。

 すると戦斧を持った体格の良い牛頭ぎゅうとうの獣人が突貫して来た。


「はあぁッ!!」


 ぶるん、ぶるん、ぶるん。 渾身の力で戦斧を振り回す牛頭ぎゅうとうの獣人。だがラサミスは焦ることなく、襲い来る戦斧の軌道を読み、冷静に捌く。

 そして振り下ろされた戦斧に対して、薙ぎ払いを放った。


 顎門あぎとは鋭く輝き、戦斧の腹を真横から捉え、豪快に打ち払った。

 その勢いで戦斧の牛頭ぎゅうとうの獣人がバランスを崩す。

 その間隙を突くようにラサミスは左足を軸に回転し、右回し蹴りを男の即頭部に食らわせた。


「ぐ、おおおっ」


 戦斧使いが後方に吹っ飛び、その両手から斧がこぼれ落ちた。

 瞬く間に三人を倒したラサミス。


「やるじゃん、ラサミス。 かっこいいわよ!」


「うん、うん。 三人相手に勝つなんてスゴいわ」


 後衛に居たメイリンとエリスが口々に褒めるが、ラサミスは気を緩めない。

 そしてラサミスは視線を周囲に向けた。 

 ヨハンやライル、アイザック達も多対一ながら優勢であった。

 激しい火花を散らしながら、ヨハン達は激しい剣舞を舞っていた。

 

「流石は兄貴達だ。 多対一でも互角以上に戦っているぜ」


 だがラサミスがそう云っているうちにまた周囲の獣人の魔族兵に囲まれた。

 どうやら敵も徹底しているようだ。

 するとラサミスも気を引き締めて、再び刀を構えた。


「メイリン、エリス。 余裕があればフォローしてくれ!

 だがあまり前には出るなよ、此奴ら全力で俺達を潰しに来てやがる」


「了解よ、アンタも無理しなで!」


「了解ですわ、回復ヒールなら任せて!」


「あいあい、んじゃお前等は後衛でオレの活躍を見物でもしてくれ」


 ラサミスは軽口を叩きながらも、

 再び多対一の戦いに挑もうとしていた。

 しかし敵も執拗に多対一で連合軍の主力を押さえ込んだ。


 その間にこちらの右翼と左翼が分断されて、

 左翼部隊が敵の攻撃で徐々に崩れ始めたが、

 右翼部隊も襲い掛かって来る敵を迎撃するだけで手一杯であった。

 そしてこのような状況が続き、右翼部隊の兵士達も徐々に動きを鈍らし始めた。

 だが前線の兵士達は周囲に目をくれる余裕もなく、ただひたすら戦うのであった。



---ラサミス視点---


「ハアハアハァッ……」


 ヤベえ、少し意識が飛んでいた。

 気が付けば、オレの周囲に魔族兵の死体が積み上げられていた。

 いやオレだけじゃねえ、ヨハンや兄貴達の周囲も似たような状況だ。


 だが正直云ってかなりキツい状況だ。

 兎に角、此奴ら、徹底して多対一で挑んで来やがる。

 オレや兄貴、ヨハン、アイザック、レフ団長も最初のうちは、

 比較的楽に敵と交戦していたが、こう何度も何度も多対一の戦いが

 続くと流石に肉体的にも精神的にも疲弊し始めていた。


 そして今は敵の獣人部隊は中衛に下がり、

 今度は竜魔部隊が前線に出て来ている状態だ。

 するとそこからは更に苦しい状況が続いた。


 竜魔は単純に個体としての戦闘力が高い。

 褐色の肌に分厚い胸板。

 頭部には、二本の漆黒の細長い角が生えており、

 瞳は炎のような緋色。

 髪は緑や紫色で逆立っている。


 だが此奴らにも自尊心プライドはあるようで、

 十対一で挑んで来るような真似はしなかった。

 精々二、三人という人数で連携しながら襲い掛かって来た。


「――諸手突きっ!!」


「ぐはあァっ!?」


 強烈な諸手突きが敵の喉元に命中。

 いくら竜魔と云えど、急所に喰らえば案外と脆かった。

 現時点で六、七人の竜魔を倒した。

 

 すると奴等も警戒心を高めて、こちらの様子を伺っていた。

 本来ならここで前へ出るべきだが、生憎その余裕はない。

 オレは敵が攻め込んでこないこの合間に呼吸を整えた。


 するとまた新たな竜魔が前へ歩み出て来た。

 肌は褐色。 その双眸は鋭く、燃え盛る炎のような緋色の瞳。

 髪は薄い緑色で逆立っており、見るからに強そうだ。


 ……ん?

 なんか此奴、見覚えがあるぞ?

 ……。


 あっ、エルシトロン迷宮に居たあの竜魔だ。

 確か名前はゼーシオン。

 何故、此奴がこの場に居るんだ?


「お前、ゼーシオンだろ?」


「……」


 オレは前方に立つ竜魔を見据えながら、そう問うた。

 すると前方に立つ竜魔も一瞬表情を固まらせた。

 間違いない、此奴こいつはあのゼーシオンだ。

 だがなんで此奴が魔王軍の中に居るんだ?


「どうやら本人のようだな。

 よう、久しぶり。 こんな所で会うなんて奇遇じゃねえか?」


「……思い出した、あの時のヒューマンか」


「おうよ、それで何でお前は魔王軍の一員になってるんだ?」


「それは貴様には関係ない。

 今の俺は魔王レクサー陛下に忠誠を誓っている」


 ゼーシオンは周囲の視線が集まるなか、堂々とそう言い放った。

 魔王レクサー? それが魔王の名前なのか?

 それはさておき、此奴とこんな場所で再会するとはな。

 なんか妙な気分だぜ。


「だから俺は今から貴様を切り捨てる。

 それと少し知っているからと云って馴れ馴れしくするな。

 俺は元々、貴様等、人間など信用などしてない!」


「やれやれ、どうやら本当に魔王に忠誠を誓ったようだな。

 でもつれない事云うなよ、俺とお前の仲じゃねえか?」


「……黙れ! 貴様と話す舌は持たぬ!

 貴様も兵士なら口ではなく、剣で語れ!」


 ゼーシオンはそう云って、黑刃の大剣を構えた。

 やれやれ、とりつく島もねえな。

 でも確かにこれは口で何を言っても無駄なようだな。


 なら仕方ねえ。

 少々、後味の悪さが残りそうだが、

 オレも兵士としての役割を果たすぜ。

 

 どのみちこの状況じゃお互い戦うしかなさそうだな。

 あの爺さん、ジークロンには悪いが、この場は戦うしかなさそうだな。

 そしてオレも顎門の柄を両手で握りながら、ゆっくりと摺り足で前へ進んだ。


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