第五十一章 竜戦虎争(りょうせんこそう)

第317話 力戦奮闘(前編)


---三人称視点--



 ウェルガリア歴1602年5月3日の正午過ぎ。

 第一軍から第四軍、そして総司令官のマリウス王子の第六軍を

 合わせた総兵15532人が魔大陸の中央高原の南方面の穀倉地帯で、

 魔元帥アルバンネイル率いる魔王軍の精鋭部隊と正面から激しく衝突した。


 これまでの雪辱の機会と云わんばかりに、魔王軍の魔族兵と幹部達も意気揚々と

 雄叫びと歓声を上げて魔族旗まぞくきを翻して進軍を始めた。


 迎え撃つ連合軍の最高司令官マリウス王子は、

 右翼に剣聖ヨハン、傭兵隊長アイザック等が率いる冒険者及び傭兵部隊を配置して、

 左翼にネイティブ・ガーディアン、また山猫騎士団オセロット・ナイツの猫騎士達を陣取らせた。


「先の戦いの雪辱の機会を魔王陛下から与えられた我らには、

 勝利を収める事でしか陛下のご厚意に応えることができぬ、

 貴様らも誇り高き魔王軍の兵士であるなら退くな、怯えるな、連合軍など所詮は我々の敵ではない。 それを奴らに教えてやれ!」


 そう云って魔元帥アルバンネイルは自身と兵士達を鼓舞させるように怒号を放つ。

 剣と戦斧、槍と大剣が激しい衝突と鈍い金属音を鳴り響かせる。

 剣聖ヨハンと傭兵隊長アイザックが率いる冒険者、傭兵部隊が先陣を切り、

 ヨハンとアイザックは聖剣と魔剣を豪快に振り回して戦場を駆け巡った。


 だが先の戦いでこちらの力量を測られたのか、

 魔王軍は一人では向かって来ない。

 剣聖ヨハンや雷光のライルには十人が同時に襲いかかる戦術でその進撃を止めた。

 流石のヨハンとライルも十対一では分が悪かった。


 敵の斬撃を受け止めて、切り払うという行動を繰り返したが、相手は必要以上には踏み込んでこない。

 前線でヨハンやアイザック、それとラサミス達を抑えている隙に、

 他の魔族兵達が連合軍の他の部隊に怒涛の波状攻撃をかけた。


 大剣や戦斧を振るい、大きな棍棒やメイスで叩きつける。

 フレイルを振り回して標的の頭部を撃ち砕く。

 原始的だが戦場においては重要な攻撃を行い、連合軍の勢いを完全に打ち消す。


「くっ、連中め! オレ達を食い止めている間に

 他の部隊を狙い撃ちしてやがる」


 ラサミスが手にした刀を振り回しながら、そう愚痴を漏らす。


「だが戦術としては理に適っている。

 敵もこちらの戦い方を把握したようだな」


 ライルが落ち着いた口調でそう云う。


「兄貴、落ち着いている場合かよ!?

 このままじゃジリ貧だぜ?」


「無論、分かってるさ。

 だがこの戦いは今までの戦いとは違う。

 お前も他人の心配より自分の仕事に専念するんだ」


「……そうかもしれねえな。

 確かに生き残れるか、どうかの瀬戸際な気がする」


「敵はこちらに戦力を割いているけど、

 今は右翼と左翼部隊を上手く分離させる事に成功してるわ。

 でもこの状態が続くといずれ両翼も崩されるわ」


 ミネルバが両手に漆黒の魔槍を握りながら、周囲を見渡す。

 確かに敵はこちらに多くの戦力を投入しているが、

 全力では攻めて来ていない。 


 攻めては引き、引いては攻めるという戦術を取っている。

 だがその間に味方の左翼を攻め込み、連合軍の両翼を分断している状態だ。

 そして両翼の後方の中央部分に第四軍と第六軍からなる本陣が置かれている状態だ。


 幸いにも現時点では、本陣のマリウス王子が的確な指示を出して、

 何とか敵の猛攻に耐え凌いでいる状態だが、それも長くは続きそうにない。

 戦力数で云えば互角か、こちらが少し上回る形だが、

 連合軍全体の動きが少し鈍かった。


 だがそれも無理もない。

 真夜中の夜襲に火攻め。

 そこから撤退した所を敵の天候操作魔法で雨露にさらされた。

 

 連合軍の多くの兵士が睡眠不足に加えて、疲労した状態だ。

 対する魔王軍の兵士達は士気も高く、闘争心に満ちていた。

 なにせ、ここまでの戦いで随分とフラストレーションを溜めていたので、

 その鬱憤晴らしと云わんばかりに、魔王軍の兵士達は戦場で暴れ回った。


 その流れを読み取った剣聖ヨハンは渋い表情で周囲に視線を向けた。

 「ヴァンキッシュ」の団員である曲芸師ジャグラーのジョルディーや

 女侍おんなざむらいのアーリア、錬金術師アルケミストのクロエ、

 聖なる弓使いホーリーアーチャーのカリンも真剣な表情で周囲の敵と対峙していた。


「――諸手突きッ!!」


「ファルコン・スラッシュッ!」


「ヴォーパル・スラストッ!」


「クレセント・ストライクッ!」


「喰らいなァっ! ――レイジング・バスターッ!!」


 ラサミス、雷光のライル、ミネルバ、傭兵隊長アイザックとの狂戦士ベルセルクボバンが先陣を切り、次々と網膜に映る敵兵を斬り捨てていく。

 剣聖ヨハンと女侍おんなざむらいアーリアも血しぶきの竜巻をあげて剣を

 縦横に振りながら敵兵に怒涛の攻勢をかけた。


 しかし魔王軍も引かない。

 龍族部隊、竜魔部隊、それと獣魔団を中心としながら、

 真正面から連合軍とやり合う。


 勢いの方では連合軍の右翼部隊が勝っていたが、

 敵の中衛に控える白魔導師ホワイト・メイジ部隊は的確に味方を癒やし、

 更には補助魔法などをかけて、前線で戦う仲間を支えた。


「くっ、敵もやるな!

 特に敵の回復部隊が厄介だ。

 絶妙のタイミングで前衛を回復ヒールしている」


「ヨハン、ここはアタシの地形変化テレイン・チェンジ

 敵の足下に泥沼を発生させて足止めするわ。

 その後はアナタや他の者の攻撃魔法で攻める、というのはどうかしら?」


「クロエ、それはナイスアイデアだ。

 では地形変化テレイン・チェンジを頼む!」


「――任せなさい! 地形変化テレイン・チェンジ開始っ!」


 クロエがそう叫ぶと、前方の敵部隊の足下の地面に泥沼が発生した。


「なっ……なんだ、これは!?」


「……くっ、これでは身動き出来ぬ!」


 急遽発生した泥沼に魔王軍の前衛部隊も狼狽する。

 しかし連合軍にとっては絶好の機会チャンス

 そして剣聖ヨハンを初めとした各部隊の隊長はその好機を逃さなかった。


「我は汝、汝は我。 我が名はヨハン。 ウェルガリアに集う光の精霊よ、

 我に力を与えたまえ! 『ライトニング・ダスト』!!」


「団長、行くぜ! ほらァ!! 魔剣の威力を味合うがいいぜ!」


「――はあぁっ……ああっ!!」


 アイザックとボバンはそう云うなり、右手に持った魔剣を勢いよく振り上げた。

 そして右手に持った魔剣に闘気オーラを宿らせて、豪快に振った。

 次の瞬間、魔剣から放たれた巨大の炎塊が敵目掛けて放たれる。


「今よっ!! 我は汝、汝は我。 我が名はメイリン。 

 ウェルガリアに集う炎の精霊よ、我に力を与えたまえ! 『スーパーノヴァ!!』」


 更にメイリンが素早く呪文を唱えて、その杖の先から激しく燃え盛る紅蓮の炎が生み出される。そして紅蓮の炎が激しくうねりながら、前方の魔族兵に目掛けて高速で放射された。


「くっ! 皆、対魔結界を張るのよ!」


 と、幹部候補生の一人である白魔導師ホワイト・メイジアグネシャールがそう叫んだ。だが不意を突かれた敵は咄嗟に対魔結界を張る事は出来きなかった。

 どおおおんっ! 爆音と共に周囲の景色が激しく揺れた。

 

「やった……か?」


 ラサミスは土と、穀物や草木が燃えた焦げくさい臭いが周囲に漂う中、そう一言を漏らす。 


「分からん、だが油断はするな。 

 敵の一部の者が対魔結界を張ったようだ。

 だがそれでも完全に防ぐ事は無理だったろう。

 だから俺達は打ち漏らした敵を始末するぞ」


 と、ライル。


「分かったぜ、兄貴!」


 そして爆風が止むのを待つ事、三分余り。

 視界が正常になると、前方に魔族兵の死体が積み上げられていた。

 今の一撃で三十人から五十人は倒せた模様。


 だが後方に居た敵部隊はどうやら無事のようだ。

 白魔導師ホワイト・メイジアグネシャールの張った対魔結界のおかげでほぼ無傷であった。

 

「……敵もやるみたいだね。

 でも今の攻撃で敵も怯んでいるようだ。

 だからこの機に一気に攻め込もう!」


 剣聖ヨハンが周囲を鼓舞するようにそう叫ぶ。

 すると周囲の者も「おお!」と大きな声で返事して、

 手にした武器を構えながら、敵目掛けて突撃を開始。


 血と血がほとばしり、斬撃が反響して、更なる殺戮と死を呼ぶ。

 その狂気の中で両軍の兵士達は敵兵を倒す為、

 あるいは生き残る為に全力で戦い続けるのであった。

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