第315話 人工降雨


---三人称視点--



 一方、魔王軍は連合軍が南方面に避難する様を高見の見物気分で見据えていた。

 連合軍が魔大陸に上陸して以降、

 魔王軍は戦術的な撤退とはいえ、形の上では敗北を重ねていた。

 

 そして今こうして連合軍が動揺する姿を見ると、魔族兵達も大いに溜飲を下げた。

 魔王レクサーは部下達のそういう気持ちを汲み取りながらも、次なる手を打った。


「よし、ではこの周辺に豪雨を降らせるぞ!

 シーネンレムス、カルネス、レストマイヤー、アグネシャール! 

 卿等の力を再び余に貸してくれ!」


「「「「御意!」」」」


 そして大賢者ワイズマンシーネンレムス、リッチ・マスターのカルネス。

 暗黒詠唱者ダーク・キャスターレストマイヤー、白魔導師ホワイト・メイジアグネシャール等も再び魔法陣の上に乗った。


「よし、では余と大賢者ワイズマンの呪文の詠唱に合わせて、

 カルネス、レストマイヤー、アグネシャールも魔力を篭めてくれ!」


「御意」「「ははっ!!」」


 そして魔王レクサーは呪文の詠唱を始めた。

 天候操作魔法と云っても基本となるのは水魔法と風魔法である。

 但しその際に求められる魔力は、通常の魔法の倍以上の負担がかかる。


「「偉大なる水の精霊よ、我が願いを叶えたまえ! 

 我が願いを叶え、母なる大地ウェルガリアに凶暴なる恵みをもたらしたまえ!」


 レクサーと大賢者ワイズマンが呼吸を合わせて、呪文を紡ぐ。

 お互いの呼吸を掴んだ二人は、阿吽の呼吸で次なる呪文を唱える。


「「嗚呼、雲よ! 全てを押し流し、あらゆるものを包み込め!」」


 するとレクサーの頭上の雲が急に曇りだして、その直後に暴風が吹き荒れた。

 無論、自然現象などではない。 魔法によって強制的に天候を操作したのである。

 魔法の種類で云えば、水と風の合成魔法に該当する。

 だが今回の魔法の範囲は数十キール(約数十キロ」に及ぶ広範囲だ。

 故に消耗する魔力も通常の倍以上の消費量となる。


「ぬぬぬっ……」


「陛下、あまり無理なさらぬように」


 大賢者ワイズマンシーネンレムスは、低い声で唸るレクサーにそう声を掛けた。だがレクサーはその言葉に首を左右に振って――


「駄目だ! 今回の作戦の実行にあたって、

 余は兵士や民衆に大きな負担を与えた。

 だからそれらに見合った対価を得る必要がある。

 それが今この時なのだ、だから止めるな!」


「……了解しました。

 ならば私も陛下と共にこのまま呪文を詠唱しましょう」


「嗚呼、頼む!」


 そしてレクサーとシーネンレムスは天に向かって両手を上げる。

 

「嗚呼、雨よ! この大地を水で埋め尽くしたまえ!

 はああぁっ……『大雨雲ニムバス』ッ!!」


「フンッ! カルネス、レストマイヤー、アグネシャールも魔力を解放せよ!」


 と、大賢者ワイズマン

 すると三人は「了解」と答えて、

 レクサーと同じように天に向かって両手を上げた。


 呪文の詠唱が終わると、何秒間か、間を置いてから雨雲が異常な速度で広がった。

 それと同時にレクサー達の身体に大きな負荷がかかった。


「くっ……いざこうして詠唱してみると

 なかなかキツいものがあるな。 やはり人工的に雨を

 降らせるというの所業は天の摂理に反するようだな」


「陛下、無理もありません。

 この規模の天候操作系の魔法は私でも一人では使えません。

 いえどんな大魔導師であろうと、一人では無理でしょう。

 でも一人で無理なら他の者と協力すれば良いだけです」


「……そうだな。 では卿等も余に続くが良い」


「「「「「はっ!」」」」


 そして天に広がった大雨雲は激しい雨を降らし始めた。

 これで魔王軍による人工降雨は成功した。

 だが問題はこれからだ。


 この状態でずっと雨を降らせるには、

 異様に広がった雨雲を維持する必要がある。

 だから魔王レクサーは自身が乗る魔法陣以外にも、

 数十個近く魔法陣を新たに地面に描くように部下に命じた。


 そして数十個の魔法陣が完成すると、

 各部隊の魔導師を魔法陣の上に乗せて魔力を供給させた。

 レクサーは部下達のその姿を見て、満足そうに「うむ」と頷いた。


「よし、では作戦は次の段階に移る。

 敵が避難する方向が分かり次第、

 魔元帥を司令官として、龍族部隊、竜魔部隊、それと獣魔団、

 白魔導師ホワイト・メイジ部隊を敵の元に向かわせる。 

 魔元帥の補佐として、カルネスとデュ―クハルトを副司令官に任ずる。 

 そういう事だ、さあここからは全力に反撃に移るぞ!!」


「ははっ! 必ずや陛下の期待に応えて見せましょう」


 司令官に命じられたアルバンネイルは大仰な口調と仕草でそう言い放った。

 それに対して他の幹部、幹部候補生は控え目に「同じく」と魔元帥に同調した。


「アルバンネイル!」


 魔王レクサーが鋭利な声で魔元帥を呼んだ。


「御意!」


「ここまで随分我慢させたな」


「……いえ」


「だがここからは卿に任せる。

 思う存分暴れて来るが良い!」


「ははぁっ!!」


 そして魔王の許に半人半魔部隊から伝書鳩が届いた。

 書状には「敵は南部方面の穀倉地帯に移動!」とだけ書かれていた。

 そして魔元帥に率いられた魔王軍の迎撃部隊も南部方面の穀倉地帯へと向かうのであった。



---ラサミス視点---



 オレ達、連合軍が火事から逃れる為に南部方面に進路を取ると、

 急に空に雨雲が広がり始めた。


「マズいな、今雨が降るのは非常にマズい」


 兄貴が渋い表情でそう呟いた。

 そうだよな、この状況で雨が降れば火は更に勢いを増す。

 となるとオレ達はもっと早く進軍しないと危険になるし、

 カームナックに待機する第五軍との合流が更に困難にある。


 しかし現時点ではとにかく南部方面の穀倉地帯に向かうしかない。

 夜中に火攻めされた挙げ句、疲れた身体に雨粒が容赦なく降り注いだ。

 周囲には凄まじい暴風が吹き荒れ、近くで稲光がしたり、雷鳴がとどろく。


「なんだか妙ね。

 まるで狙ったかのように雨が降り出したわ」


 メイリンが思案顔でそう云う。


「……何か気になる事でもあるのか?」


「うん、もしこれが敵が作り出した人工降雨とすれば

 このまま先を進むのは危険だわ」


「……人工降雨? 魔法でそんな事が出来るのか?」


 オレがそう聞き返すとメイリンは「うん」と頷いた。

 え? マジでそんな事が出来るのか?


「それって一種の天候操作に該当するんじゃねえの?」


「うん、でも上級者の魔導師なら天候を操作する事も可能だわ」


「……マジで?」


「うん、大マジよ」


 ……。

 魔法って本当に万能なんだな。

 でもこの状況を変えれるならやる価値はあるな。


 この雨で火事が広まる危険性もあるし、

 なにより疲労した状態で雨に打たれるのは辛い。

 でも確かにこれが敵の策なら、このまま何もしないのは危険な気がする。

 そしてメイリンは周囲の上級者の魔導師達と何やら話し込んでいた。


 すると猫族ニャーマンの魔導猫騎士を初めとした魔導師達がこちらにやって来た。真っ白なヴァンキャットの猫族ニャーマンだ。

 確かニャンドランド王国魔導猫騎士団おうこくまどうきしだんの騎士団長だ。

 名前は……確かニャラードだったと思う。


「私はニャンドランド王国魔導猫騎士団おうこくまどうきしだんの騎士団長ニャラードである」


 あ、やっぱりニャラードであってたな。


「あ、どうも。 暁の大地の団長ラサミス・カーマインです」


「うむ、君の事はよく知っているよ。

 兄の雷光のライル、弟のラサミスは有名な兄弟だからね。

 まあそれはさておき、そこの女魔導師ソーサレスのお嬢さんから提案があってね。端的に云えば、連合軍の魔導師達で協力して、雨をませて天気を晴らそうという話だ」


「はい、それで可能なのでしょうか?」


 するとニャラードは首を傾げて渋い表情になる。


「雨を完全に止めさそうのは難しいかもしれない。

 私の勘だがこれは神帝級しんていきゅうレベルの降雨魔法だと思う。

 これを仕掛けているのは、並の魔導師ではないだろう。

 魔王軍の幹部、あるいはそれ以上の存在が関与してる可能性が高い」


「それ以上の存在? もしかして魔王ですか?」


「……否定はせんよ。 まあとにかく完全に止ます事は難しいだろう。

 だが連合軍の魔導師達が協力すれば、

 雨を弾く強烈な大結界を広範囲に張る事ぐらいなら可能であろう。 

 但しその際には膨大な魔力が必要となる。

 故に魔力を切らさないように魔力の供給を維持する必要がある」


「魔法戦士の魔力マナーパサーとかでですか?」


「ああ、でも大結界の中に大結界を張るから、

 それだけでかなりの魔力を浪費する事となる。

 だからこれらの作業にあたる間は、

 魔導師達の支援はあまり期待しないで欲しい。

 だがこの間に敵が攻めて来る可能性は高い」


「ええ、オレもそんな予感がします」


「ああ、だから君達は全力で敵の部隊を迎撃してくれ!

 恐らく今が踏ん張りどころだと思う。

 この厳しい状況を乗り越えられるか、

 どうかでこの戦いの勝敗が変わる、と私は思っている」


 オレもニャーラードの意見に賛成だな。

 敵がここまで街をもぬけの殻にしてきたのも

 火攻め、そしてこの雨攻めの為だったと考えると筋が通る。

 そして疲弊した所を敵の大部隊が襲って来る。

 という事は充分に考えられる。


「分かりました、ではニャラード隊長は魔導師の隊長クラスと話し合ってください。

 オレも各部隊の隊長と協議して、マリウス王子にこの件を伝えようと思います」


「うむ、では今すぐそうしてくれ。

 恐らく残された時間は少ない」


「はい、ではさっそくそうさせて頂きます」


 こうしてオレ達は各部隊の隊長や魔導師のリーダ格と話し合った。

 そして殆どの者がニャラードの提案に同意してくれた。

 それからこの件をマリウス王子に伝えると――


「そうだね、それは充分に考えられる話だね。

 兎に角この雨の中じゃ疲労が増すばかりだニャン。

 だから無理かもしれないけど、それらの策を試してみる価値はあるニャン」


 と、許可を貰った。

 よし、これで準備は整った。

 後は各部隊の魔導師が協力して、何とか雨を止ませる事を願うばかりだ。


 そして各部隊の隊長達はこの間に敵が奇襲を掛けてこないかと

 周囲に最大限の警戒態勢を敷く事となった。

 さあ、これが吉と出るか、凶と出るか。

 いずれにせよ、ここからは最大限の注意を払うぜ。


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