第314話 詐謀偽計(後編)


---三人称視点---



「ウニャアアアンッ! 火が、火が、物凄い火事だニャン!」


「な、なんだニャン!? 物凄い勢いで燃えてるニャン!?」


 半人半魔部隊が魔族の古都バルガルッツに放った「燃える水ガソリン」入りの火炎瓶は瞬く間に街を炎で覆い尽くした。この状況に猫族ニャーマンだけでなく、他の三種族もこの突然の事態に動揺していた。


「あ、アチチチッ……このままじゃ焼け死んでしまうニャン!

 魔導師の誰か! 水魔法を使ってこの炎を消火するだニャン!」


「いや待て! 放水は止めろニャン!」


 慌てふためく猫族ニャーマンの中で一匹だけ冷静な者が居た。

 品種は真っ白なヴァンキャット。 瞳はブルーで体長60セレチ(約60センチ)程度。そしてそのヴァンキャット――王国魔導猫騎士団おうこくまどうきしだんの騎士団長ニャラードは、周囲がパニック状態の中、周りの者を落ち着かせた。


「この炎の燃え方は尋常じゃないだニャン。 

 恐らく「燃える水ガソリン」が使われてるニャン!」


「「燃える水ガソリン」!? あのすぐ引火する謎の液体ですかニャ!?」


 と、白黒猫のマンクスである王国魔導猫騎士団の副団長ニャーランがそう問うた。

 すると騎士団長ニャラードは落ち着いた口調で周囲に説明を始めた。


「ああ、だが「燃える水ガソリン」で引火した炎に放水すると

 余計炎が燃え上がるんだ。 だから周囲の者に放水しないように伝えてくれ!」


「わかったでやんす! おいどんがそれを周囲に伝えますわい!」


 王国魔導猫騎士団の一員であるツシマンが伝令役を引き受けた。

 

「それで団長、どうすればこの炎を消火できるだニャン?」


 と、副団長ニャーラン。

 すると騎士団長ニャラードはしばらく考え込んでから、こう告げた。


「それはなかなか難しい問題だニャン。 

 小規模の火事なら濡れた布を何重にも重ねて、

 炎を覆うか、あるいは土魔法で大量の土を作成して、

 土で炎を覆うのが効果的だが、この規模になると……」


 正直、完全な形での消火は厳しいだろう。

 という言葉をニャラードはこの場で告げる事は出来なかった。

 何にせよ、この状況はマズい。

 だからニャラードはまずはマリウス王子の安全を優先させた。


「とりあえず今は中途半端な消火活動は止めるだニャン。

 まずは最高司令官であるマリウス王子と合流しよう。

 それから王子の指示に従おう。 兎に角、急ぐだニャン!」


「了解ですニャン!」


 この状況においてはニャラードの判断は正しかった。

 だが連合軍全体にその正しい判断は伝わってなかった。

 そして一部の兵士達が燃えさかる炎に目掛けて、

 水魔法で放水した為、更に炎は燃え盛り、事態は更に悪化した。


 そんな状況の中でもニャーランはマリウス王子と合流して、

 「耳錠の魔道具イヤリング・デバイス」を使って各部隊の隊長に

 「放水するな」、「直ちに丘の上まで避難せよ!」と的確な指示を下した。


 その結果、ラサミス達「暁の大地」、剣聖ヨハンの「ヴァンキッシュ」。

 アイザック率いる傭兵部隊、それとネイティブ・ガーディアン。

 レビン団長に率いられた山猫騎士団オセロット・ナイツはマリウス王子と無事合流を果たした。


「とりあえず皆、落ち着くだニャン。

 だがこの状況下では街全体の炎を消火するのは無理だニャン。

 となれば後退するか、あるいはこの街から移動するべきだニャン」


 マリウス王子の指摘は正しかった。

 一部の兵士達は無事合流したが、逃げ遅れている者もまだ多く居た。

 そんな状況の中で全員が無事に合流するのは至難の業である。

 故にマリウス王子はこの拠点代りの街から徹底するという選択肢を選んだ。

 だがその時、また悪い知らせが伝えられた。


「後方のナッシュバイン王子と連絡を取ろうと後退を試みましたが、

 強烈な結界によって、東方面に移動が出来ない状況であります。

 敵はこの規模の大結界を広範囲に張り巡らせたようです」


 と、伝令兵のトラ猫の猫族兵ニャーマンへいがそう告げた。

 するとマリウス王子は一瞬困った表情を浮かべる。


「……これは敵の策にまんまと嵌まったようだニャン。

 各部隊の隊長の意見も聞かせて欲しいだニャン!」


「そうですね。 まさか敵が街に炎を放つとは計算外でした。

 このような作戦は我々、四大種族には真似できない芸当です」


 と、神妙な顔でそう云うヨハン。


「全くだ。 我々の敵は我々の想像以上に野蛮のようだな。

 でも嘆いても仕方ない。 まずは今後どうするか方針を決めよう」


 アイザックもヨハンの意見に同調する。


「とりあえずこの場から避難すべきでしょう。

 問題は進路をどう取るか、それをまず決めましょう」


 ネイティブ・ガーディアンのナース隊長が状況を改善すべくそう提案する。


「無難な選択肢を選ぶなら南方面の穀倉地帯へ移動すべきですね。

 でも敵もそれは予想の範疇でしょう。 となればまた新たな罠が

 仕掛けられている可能性が高いと思われます……」


 と、レビン団長。


「でもこのままこの場に居たら、全員焼け死んでしまうぜ?

 恐らくこの大結界でオレ達は敵軍に包囲された状況だろう。

 だが今は兎に角、全部隊を率いて安全な場所に逃げるしかない」


 ラサミスのこの指摘は至極真っ当な意見であった。


「うん、ラサミスくんの云うとおりだニャン!

 とりあえず今は全軍で南方面に撤退しよう。

 恐らくそこにも罠が仕掛けられてるだろうけど、

 このまま焼け死ぬよりは全然マシだニャン」


「そうですね」


「ああ、そうだな」


「「ええ」」


「ああ」


 マリウス王子の意見にヨハン、アイザック、ナース隊長、レビン団長、ラサミスも同意する。

 そしてマリウス王子は全軍をバルガルッツの街の南部に集結させた。

 全ての部隊を合流させるまで、約二時間を要した。


 この大規模な火災による焼死者は226名、負傷者は456名となった。

 そして負傷兵を抱えながら、第五軍を除いた連合軍は南部方面の穀倉地帯に向けて進軍を開始。だがそこにも罠が仕掛けられていたが、この場においては彼等は南部方面に避難するしかなかった。



---------



「こ、これは一体どういう事だぁっ!?」


 突如、張られた大結界を前にしてナッシュバイン王子は激しく狼狽した。

 すると周囲の部下達も困った表情でオロオロとする中、

 第三王子の副官を務める壮年のヒューマンの上級騎士じょうきゅうきしオーフェンが王子の疑問に答えた。


「恐らく敵――魔王軍が大規模な大結界を発動したと思われます」


「だ、大結界!? だがこれだけの規模の大結界など初めて観るぞ!?」


「ええ、ですが奴等は魔族。 故に我等の常識外の事をやってのけても不思議ではありません」


「お、落ち着いている場合か! 我々は味方から孤立した状態なんだぞ!?」


 あくまで自分の事を優先させる発言にオーフェンも内心ウンザリする。

 だが彼はこの第三王子の副官である。

 故にこの場においては、自身の感情より任務を優先させた。


「それは他の部隊も同じ事です。

 我々、第五軍はこのカームナックに閉じ込められた状況ですが、

 先行した第一軍から第四軍、それとマリウス王子の第六軍は、

 敵の陣中内で孤立した状態と思われます。

 故にまずは我が軍は本隊と合流すべきと思います」


「だが部下の話によると、この大結界はとても強力で

 結界外には出れないと聞いている。 このような状況で

 孤立した我が軍が敵の奇襲を受けたらどうなる!?」


 あくまで自分の事を優先させる第三王子。

 ある意味とても王族らしいな、とオーフェンは内心で思ったが、

 それでもこの場においては、自身の与えられた役割を演じる。


「基本的に結界というものは、相反する魔力を注ぎ込めば解除できるものです。結界の魔力が百とすれば、こちらも百の相反する魔力を注ぎ込む必要があります。この大結界も基本的には同じ構造でしょう。 ですがあまりにも魔力量が膨大です。 だから解除には時間がかかりますが、人が二、三人くらい通れる小さな穴を空けるくらいなら、数時間、十数時間あれば出来るでしょう」


「その為に魔導師はどれぐらい必要になる?」


「さあ、見当もつきません。 恐らく軽く見積もっても百人単位になるでしょうな」


「この非常時に百人単位もの魔導師をその作業に当てろというのか?

 その間にもし敵に奇襲されたら、オーフェン、お前はどう責任を取るんだ!?」


 第三王子のこの言いようにはオーフェンも心底呆れた。

 だがこの場において王子の人格をどうこう云っている余裕もない。

 だからオーフェンは自身の身を差し出す事を決意した。


「ではそうなった際には、王子の手で私を処刑してください。

 ですがここで味方と合流出来きなければ、

 後方に控える補給部隊も意味を成しません。

 ですからこの場においては、私の進言通り結界の一部を解除するという

 案を受け入れて頂けませんか?


 オーフェンは王子の目をしっかり見ながら、そう告げた。

 それはその場逃れの言葉ではなく、真摯な言葉であった。

 すると第三王子も思うところがあったのか、少し態度を軟化させた。


「わ、分かった、卿の云う提案を受け入れよう。

 但し第五軍の本陣は安全な場所に置く事にする。

 そして私……本陣の安全が確保されたのであれば、

 私も本隊との合流を見当……したいと思う」


「……ありがとうございます!」


 結果的にオーフェンの積極性にナッシュバインが折れる形となった。

 だがオーフェンのこの判断は、魔大陸に上陸した連合軍の明暗を分ける事となった。しかし連合軍全体が今、危機的状況に追い込まれているという状況は変わらなかった。

 

 そしてマリウス王子率いる本隊は南部方面の穀倉地帯に向けて進路を取った。

 その事実を伝令兵から聞くなり、魔王レクサーは思わず笑みを浮かべた。


「ふふふっ、敵は我々の策に嵌まりつつあるな。

 では次なる策に移るぞ。 まずは穀倉地帯の周辺に豪雨を降らすぞ!!」



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