第313話 詐謀偽計(中編)


---三人視点---



 5月3日の午前三時過ぎ。

 深い闇夜に包まれた星空が、無限の広がりを見せている。

 そしてその夜空に浮かぶ三日月を見据えながら、魔王レクサーは叫んだ。


「良し、時は満ちた。

 これより大結界を発動させる!!」


 魔王レクサーが高らかにそう宣言すると、周囲の部下達も自然と緊張感を高めた。

 古都バルガルッツから数十キール(約数十キロ)程、離れた丘陵地帯。

 そこにレクサーは一時的に本陣を置いて、その中心部に巨大な魔法陣を設置した。


 直径にして五十メーレル(約五十メートル)、高さ一メーレル(約一メートル)はあるだろうか。 更にその大きな魔法陣の上に巨大なアーチが掲げられている。

 そのアーチの裏側にも、びっしりと呪文が刻まれていた。


 レクサーは自らその魔法陣の上に立つと、

 顎で『魔法陣に乗れ』と周囲の部下に合図を送る。

 すると大賢者ワイズマンシーネンレムス、リッチ・マスターのカルネス。

 そして暗黒詠唱者ダーク・キャスターレストマイヤー、白魔導師ホワイト・メイジアグネシャール等もその魔法陣の上に乗った。


「――大結界発動三分前。 魔力を注ぎ込め!」


「御意! 魔力解放!」


 周囲に集められた魔導師達が、一斉に魔法陣に触れた。

 次の瞬間、魔法陣が眩く光りだす。

 すると魔導師達は次々と両手から魔力を注ぎ込む。

 大きな魔法陣は更に輝きを増していく。


 青、紫、緑、白と色を変えつつ、この丘陵地帯を圧倒的な光で照らす。

 そしてその発せられた光が魔王レクサーとその部下達の身体を包み込む。


「魔力数値正常であります」


 魔導師の一人がそう告げると、魔王レクサーは「うむ」と大きく頷いた。

 そして魔法陣に乗った周囲の部下達を一望してから、凜とした声で叫んだ。


「この大結界を発動出来るか、どうかで今後の戦局が大きく変わる。

 故に失敗は許されない。 シーネンレムス、カルネス。

 レストマイヤー、アグネシャール! 卿等の力を余に貸してくれ!」


「「「「御意」」」」


「――では行くぞ。 大結界発動開始っ!!」


 魔王レクサーはそう云うなり、全魔力を解放する。

 更にシーネンレムス、カルネス、レストマイヤー、アグネシャールも後に続く。

 強力な魔力が注ぎ込まれて、魔法陣は明滅しながら目映い光を発した。


「……ぐっ、まだだ! この程度じゃ足りない!

 周囲の魔導師達よ、卿等の魔力を我々に分け与えよ!!」


「ぎ、御意っ!」


 周囲の魔導師達は魔王の命令に従い、魔法陣に乗る五人に魔力を分け与えた。

 だが次々魔力を注ぎ込んでも、すぐに魔法陣に魔力を吸い上げられた。

 

「……陛下、これ以上魔力を注ぎ込むのは危険です。

 魔法陣が暴走する危険性があります。

 ですのでこの状態で大結界を張りましょう!」


 と、シーネンレムスが魔王を軽く諫める。

 レクサーは一瞬表情を強張らせたが、この場は大賢者ワイズマンの進言を素直に受け入れた。 現時点で引き裂かれるような痛みが全身に伝わり始めていた。

 これ以上の負担は命の危険性がある、レクサーはそれを咄嗟に悟った。


「……分かった。 この場は大賢者ワイズマンの云うとおりにしよう!

 では最後の一踏ん張りだ! 全員、魔力を解放しながら結界を張るんだ!」


「「「「御意!」」」」


 そしてこの丘陵地帯を中心とした巨大なドーム状の大結界が発動した。

 魔王とその幹部達で発動させた魔帝級まていきゅうの大結界。

 大結界は強力な魔力を帯びながら、瞬く間に周囲に広がった。


 それからこの丘陵地帯を中心として、

 半径数十キール(約数十キロ)程の地点を覆うように闇色の大結界が張られた。

 規模としては、戦死した元幹部カーリンネイツが発動した大結界よりも数段上のレベルであった。


「なっ!?」


「こ、これはっ!?」


 夜中の三時過ぎなので、最高司令官のマリウス王子や各部隊の隊長クラスの者達は

 既に床に就いていたが、この異常な魔力を肌身に感じるなり、一気に目が覚め飛び起きた。


「こ、こ、これは一体何だニャン!?」


 マリウス王子は古都バルガルッツを覆った闇色の大結界を見るなり、大声でそう叫んだ。


「王子、お気をつけください! こ、これは恐らく敵の罠でしょう!」


 猫王子のお供のメインクーンのジョニーも慌て気味にそう叫ぶ。


「それは見れば分かるニャン! 問題はどういう罠を仕掛けられたかだニャン!」


「……直ちにそれを調べます」


 と、もう一人のお供ガルバン。

 連合軍が右往左往するなか、

 街の近くの遺跡後に待機した半人半魔部隊の頭目ワイズシャールは双眼鏡で街の様子を伺った。


「よし、どうやら大結界は無事発動したようだ。

 今から地下の秘密通路を使って、バルガルッツに潜入するぞ!」


 頭目の言葉に周囲の部下達も「はい」と大きな声で返事する。

 そしてワイズシャール達は遺跡後の地下屋から、

 地下の秘密通路に続く階段を降りて行く。


「全員、燃えるガソリンが入った火炎瓶は持ったな?

 街に無事潜入出来たら、兎に角、有りっ丈の火炎瓶を投擲するんだ!

 ではこれからは時間の勝負だ。 地下通路を一気に渡って行くぞ!」


 そしてワイズシャール達は、

 魔法のランタンの灯りで周囲を灯しながら、地下通路を突き進んで行った。



---------


「よし、今からこの結界を解除するぞ!

 この結界を解除出来たら、外へ出れる。

 皆、覚悟を決めるんだ!」


 ワイズシャールはそう云って梯子を登り頂上に到達。 

 梯子の上の天井の一部が闇色の円形に淡く輝いていた。 

 ワイズシャールは右手を伸ばして、その中心に人差し指に嵌めた白銀の指輪を押しあてた。


 それから音もなく天井が開いて、開いた天井から外に出ると、

 周囲には多くの墓石が立っていた。

 場所的には、少し街から外れた墓地のようだ。

 

「……無事外に出れたぞ。 皆も上がって来い」


「はい」


 そして3分後、半人半魔部隊の十名が無事に地上に出た。

 ワイズシャールはそこから簡易的な転移ゲートを生み出して、

 予め街の外に用意していた簡易的な転移ゲート同士を直結させた。


 これでこの簡易的な転移ゲートを潜れば、

 先程の遺跡後まで転移する事が可能になった。


「では全員散らばって、とにかく火炎瓶をいたる所に投げつけろ!

 そして頃合いを見て離脱しろ! 集合場所はこの墓地だ」


「了解です」


「では作戦開始だぁっ!!」


 ワイズシャールがそう云うなり、周囲の半人半魔部隊は散り散りに散った。

 そして敵に見つからないように、木造家屋などに目掛けて火炎瓶を投擲。

 燃えるガソリンに火が引火するなり、一気に周囲が燃え上がった。


「キャハハハッ、みんな燃えちゃえ!」


 と、笑顔で火炎瓶を投げるミリカ。


「ミリカ、お前はしゃぎ過ぎ。 遊びじゃないんだぞ?」


「ジウは真面目だな~。 こういう時は愉しまないと!」


「あいあい、まあいいか。 んじゃオレも投げるぜ!」


 半人半魔の少年ジウバルドはそう云って、

 誰も居ない家畜小屋に目掛けて、火炎瓶を投げた。

 すると家畜小屋に瞬く間に火が燃え広がった。


 このバルガルッツは魔族の古都であった。

 だがそれはもう三百年以上、昔の話だ。

 そして街全体が基本的に木造建築なので瞬く間に火は広がった。


「な、何だ!? 一体どうなってやがる!?」


 兵舎代わりに使っていた中規模の建物から出るなり、

 ラサミスは額に汗を浮かべてそう叫んだ。


「恐らく敵の攻撃でしょうね。

 さっきこの周辺に凄い魔力反応があったもん。

 恐らく太規模の結界が張られたわ。

 それに加えて火攻め、これは厳しい状況ね」


 メイリンがそう云って眉間に皺を寄せていた。


「それにしても、あっという間に周囲が燃えたわね。

 この街は木造建築が基本だけど、こんなに一気に燃え移るものかしら?」


 と、ミネルバが疑問を口にする。

 ミネルバの疑問に対してメイリンが落ち着いた口調で答えた。


「これは恐らく『燃える水ガソリン』を使ったんでしょうね」


「……ガソリン?」


 と、マリベーレが聞き返す。


「うん、引火すると物凄い勢いで燃える液体よ。

 でも消化の際に水を使っちゃ駄目なのよ。

 だからまずは周囲の仲間と連携して、水を使わないようにしないと!」


「……兎に角、皆で固まって行動しよう!

 とりあえず周囲の隊長クラスの者と合流して今後の方針を決めるぞ!」


 ラサミスがそう告げると、団員達は無言で大きく頷いた。 

 その間にもこの古都バルガルッツは急速度で炎に包まれていく。

 その光景を丘陵地帯から見据える魔王レクサーは口の端を持ち上げた。


「まずは第一段階終了だ。

 後は敵が何処に移動するかを見極めるんだ。

 そして敵の避難先に天候操作魔法を使って豪雨を降らせるぞ」

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