第312話 詐謀偽計(前編)


---ラサミス視点--



 二日後の4月29日。

 ナッシュバイン率いる第四軍と第五軍がようやくカームナックに到着。

 それと同時に補給部隊も到着して、連合軍は無事に補給線を確保した。

 

 だがまたしても問題が起きた。

 というよりまたあの馬鹿第三王子が文句を言い始めたのだ。

 なんでも自分達は様子を見るべく、この街で待機すると言い出した。


 まあ要するに面倒な探索はオレ達に任せて、自分は楽したいのだろう。

 マリウス王子もそれが分かっていたので、

 馬鹿王子に対して反論せず、相手の要求をすんなり呑んだ。

 だがアームラック率いる第四軍も次の街の探索に同行する事を求めた。


 するとナッシュバインは色々と言い訳をつけて、

 その要求を断ろうとしていたが、

 第四軍の指揮官アームラック団長が――


「いえ私は一向に構いません。

 ここは我等ヒューマン騎士団の力の見せ所です!」


 と、主張するとナッシュバインも渋々ながら承知した。

 とりあえずナッシュバインの第五軍とマリウス王子の第六軍は、

 このカームナックに留まり、第一軍から第四軍がここから西へ進む事となった。


 まずは竜騎士団の竜騎士ドラグーンが飛龍に乗って、

 先行しながら周囲の様子を探る。

 また進軍部隊の魔導師達も定期的に魔力探査マナ・スキャンで周囲に敵が居ないか探った。


 だが今までと同様に道中には、敵はおろか魔物や魔獣すら居なかった。

 そのおかげで進軍はスムーズに進んだが、

 こうも敵が居ないと敵の意図が読めず、部隊内にも不安が強まった。


「どうやら敵は徹底して魔族はおろか魔物すら居ない状況を作りだしたようだな」


「うん、でもそうなると敵の狙いが気になるよね」


 俺は兄貴の言葉に同調しながらも不安を打ち明けた。


「そうよね、これは作為的な撤退だと思うわ。

 こちらは土地勘もないし、このまま無闇に進軍するのも危険だわ」


 と、ミネルバ。


「うん、アタシもそう思うわ。

 せめて敵の意図が分かればね」


 メイリンもそう言って思案顔になる。


「でもそれだけの理由で軍全体の進軍を止める訳にはいかないわ。

 ワタクシ達がそれらの問題を主張しても、上層部は取り合わないでしょう」


 と、エリスが正論を説く。

 まあそうなんだけどね。 でもそこが敵の狙いだとしたら?

 幸い今の所は気候は少し涼しい程度だが、

 これ以上進むともっと寒くなる可能性は高い。

 ……そうだな、無駄かもしれないが少し真剣に上へ掛け合うか。


「そうだな、ならば後でオレが上層部に少し掛け合ってみるよ。

 兄貴もヨハンさんやアイザックさんを引き込んで上へ上申するように

 根回ししてくれないか? こういう時は数が多い方が良いからね」


「……分かった、とりあえず彼等にも掛け合ってみるよ」


 そんな感じで不安を抱えながら、進軍して一日が過ぎた。

 するとまた新たな街を見つけた。

 街の規模はなかなか大きい。

 リアーナと同じくらいか、それより少し大きいかもしれない。

 カームナックからここまでの距離は凡そ100キール(約100キロ)といった感じだ。


 だがこの街もまたもぬけの殻状態であった。

 人どころか、家畜、魔物、魔獣の一匹すら居なかった。

 こうなると流石に他の部隊の指揮官もこの状況に疑問を持った。


「これは流石に無視できない状況だね。

 これ以上無闇に進軍するのは危険な気がする。

 ラサミスくん、ライルくん、それとアイザック隊長とレビン団長を交えて

 少し話し合いたい。 その上で皆の意見をまとめて上層部に上申したい」


 剣聖ヨハンのこの申し出を断る理由はなかった。

 オレ達は「暁の大地」、「ヴァンキッシュ」、アイザック率いる傭兵部隊、

 そして山猫騎士団オセロット・ナイツのレビン団長を交えてこの状況について話し合った。


「ここももぬけの殻か、これは明らかに敵の罠だな。

 とりあえず敵の罠や結界がないか、工作兵と魔導師達に調べさせよう」


 アイザックのこの意見に全員が同意する。

 とりあえず工作兵と魔導師達に罠と結界があるか調査してもらう事になった。

 そして伝書鳩と伝令兵を駿馬に乗せてマリウス王子が待機するカームナックまで飛ばした。


 その間、街の丘の上にある少し立派な館を仮司令部とした。

 そしてその仮司令部でオレ達隊長クラスが顔を付き合わせて今後について話し合った。


「この状況はマズいですな。 間違いなく敵は罠を仕掛けている。

 これ以上の進軍は危険だ。 とりあえず我々はこの街にしばらく留まり、

 副司令官と総司令官が到着するまで待ちましょう」


 と、レビン団長。


「それがいいだろうね。 とにかくマリウス王子だけでも

 ここに来てもらいたい、ここで判断を誤ると命取りになると思う」


 ヨハンが少し険しい表情でそう云う。

 すると周囲の隊長や団長達も「ああ」や「うむ」と頷いた。

 その後、工作兵や魔導師達が罠や結界がないか入念に調べたが、

 罠らしい罠や結界は特に見つからなかった。


 また団長レフ率いる竜騎士部隊が飛竜に乗って、

 この街の周囲を探索して南部方面に穀倉地帯を発見。

 穀倉地帯には色々な野菜や果物が植えられていたようだ。


 とりあえずこの穀倉地帯から野菜や果物を頂くか。

 しかしレフ曰く「この穀倉地帯も無人」との話。

 成程、連中も徹底してやがる。

 となるとこの穀倉地帯にも何らかの罠が仕掛けられている、

 といった疑念が生じてくる。


 そして二日後の5月1日。

 マリウス王子率いる第六軍がこの街に到着。

 ちなみに魔族語が分かる者に街の中を調べさせた結果、

 この街の名前はバルガルッツという事が判明した。


 そしてオレ達はマリウス王子に今の状況を丁寧に説明した。

 オレや兄貴はマリウス王子に嫌われる覚悟で現状を打開すべきと説いたが、

 予想に反してマリウス王子はオレ達の言葉に耳を傾けてくれた。


「確かにこうも敵が居ないと、色々と考えてしまうのも無理はないニャン。

 だけど敵の狙いはそこにあるかもしれない。

 だからとりあえず今はこの街に留まり、後方に居る第五軍と補給部隊、

 その護衛隊と合流する事に専念しよう。 その後の事はまたその時考えよう」


 というマリウス王子の提案は至極まっとうであった。

 なんだかこの猫王子、この戦いの中で指揮官として成長しつつあるのかな?

 まあ比較の対象がヒューマンの馬鹿王子だから、

 相対的に見てこの猫王子が優れてみえるような現象かもな。

 でもいぞれにせよ、この場におけるマリウス王子の判断は間違ってない。


 そしてオレ達は疲れを癒やすべく、

 ナッシュバイン王子の到着を待ちながら、ゆっくりと静養した。

 だが後になって見ればこの時点で既に敵の術中に嵌まっていたのだが、

 この時点では俺達に敵の策を見破る余裕はなかった。



---三人称視点---



 連合軍がバルガルッツの街で休養する中、

 街から少し離れた丘で双眼鏡で街の様子を探る者達の姿があった。

 

「ワイズシャール隊長、どうやら敵の本隊が到着したようです」


 と、半人半魔の少年ジウバルトが半人半魔部隊の頭目であるワイズシャールにそう告げた。ワイズシャールは漆黒のフーデットローブを目深に被りながら、ジウバルトの言葉に対して「そうか」とだけ答えた。


 ワイズシャールは身長185セレチ(約185センチ)。

 薄い紫の髪を無造作に伸ばしているが、

 身体全体はシャープな感じで、手足も長い。


「この後に魔王様や大賢者ワイズマンとかの幹部の人達が大結界を張るのよね?」


 薄緑色の髪をサイドテールに結った魔族の少女ミリカが頭目にそう問うた。


「ああ、その後に俺達、半人半魔部隊が地下通路から街に潜入する。

 その後は『燃えるガソリン』を使って、街に火を放つ」


「ふうん、なんか相変わらず都合の良い使われ方よね~」


「ミリカ、隊長に対して失礼だぞ!」


 ミリカの発言を軽く諫めるジウバルド。

 だが当のワイズシャールは気にする素振りを見せずに淡々と作戦について語った。


「敵もそろそろ疲れてくる頃だろう。

 そこで火を放ち、敵を攪乱させる。 初歩的な戦術だが、

 初歩故に効果的な戦術だ。 その後は敵の出方次第だが、

 魔王様や大賢者ワイズマンをはじめとした幹部クラスの魔導師が

 天候操作魔法を使って、連合軍の周囲に雪を降らせるという手筈になっている」


「へえ、天候操作魔法を使うんだぁ~。

 話には聞いた事あるけど、実際に見るのは初めてだから少し愉しみ~♪」


「ミリカ、遊びじゃないんだぞ!?」


「分かってるわよ、ジウ。 そんな起こらないでよ~?」


「とりあえず俺は今から後方で待機する魔王様宛てに伝書鳩を飛ばす。

 だからお前等は敵の動きに変化はないか、見張っててくれ」


「了解~、隊長~」


「了解です!」


 そして数時間後。

 ワイズシャールが魔王宛に飛ばした伝書鳩が無事に到着。

 魔王レクサーはワイズシャールからの書状に目を通すなり――


「良し、時は満ちた。

 今よりこの丘陵地帯を中心とした大結界を発動する!

 シーネンレムス、カルネス、レストマイヤー、アグネシャール!

 それ以外の魔導師も余と協力して、大結界を発動させるぞ!」


 魔王の高らかな宣言に周囲の部下達は「御意」と大きな声で返事する。

 そして魔王レクサーは護衛兵に護衛されながら、

 結界を発動させる為にバルガルッツの近辺の丘陵地帯まで兵を移動させた。

 今、連合軍と魔王軍の明暗を分ける一戦が始まろうとしていた。


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