第311話 紫電一閃(後編)


---三人称視点---



 ――此奴、強いな。

 ――恐らく私より強いであろう。

 ――まともに戦えば恐らく負けるであろう。

 ――だが敵に背を向けるよりはマシだ。

 ――ならば吸血王ノスフェラトゥとしての矜持を見せるまでだ!


 ルネコンザイルは覚悟を決めて、両手で漆黒の長剣を構えた。

 彼も魔族、更には吸血王ノスフェラトゥ

 その矜持と意地にかけて勝ち目のない戦いに挑もうとしていた。


 だが捨て身になった相手は怖い。

 剣聖ヨハンはそれをよく熟知していた。


「どうやら覚悟を決めたようだね。

 キミの事は只の自惚れ屋と思っていたが、少し見直したよ」


「フン、何とでも云え!

 貴様も剣士ならば、言葉でなく剣で語れっ!!」


 そう云ってルネコンザイルは、手にした漆黒の長剣の切っ先をヨハンに向けた。

 そして次の瞬間、ヘルベック団長は目の覚める勢いで間合いを詰めて、渾身の強撃を繰り出した。 だが、ヨハンも素早く白銀の聖剣を翻して、漆黒の刃を受け止める。 硬質な金属音が響き渡り、二人は一合二合と素早く切り結んだ。


 ルネコンザイルは縦斬り、横切り、薙ぎ払いと様々剣技を駆使するが、

 いとも簡単にヨハンに弾き返される。 

 だがルネコンザイルは怯むどころか、更に果敢に攻め込んだ。


「――マタドール・ファングッ!!」


 ルネコンザイルは気勢と共に神速の速さで強烈な突きを放った。

 だがその鋭い突きをサイドステップで躱す剣聖ヨハン。

 そしてがら空きになったルネコンザイルの腹部に目掛けて、右膝蹴りを浴びせた。

 堪らず後ろに後退するルネコンザイル。


「……その程度なのかい?」


「まだだ! 俺の力はこんなものじゃない!?」


「ならそろそろ本気で行くよッ!!」


「――舐めるなあああぁぁぁっっ!!」


 ヨハンは雄叫びと共に放たれる斬撃を、身を屈める事で回避し、下段から聖剣を突き出す。だがルネコンザイルも素早くスウェイバックして、ヨハンの一撃を回避。

 そこからヨハンが攻撃に転じた。 攻めて、攻めて、攻め抜く。


「せいやぁッ!!」


「うおおおおおおッ!!」


 両者はお互いに一歩も引かず、持てる限りの力を尽くして激しい斬戟を応酬する。

 ルネコンザイルはヨハンの猛攻を防ぎ続け、隙を見つけては勇猛果敢に斬りかかる。激しい斬撃と共に耳障りな硬質音が周囲に響き渡る。

 

「くっ……うううっ!?」


 ヨハンの猛攻の前にルネコンザイルの美貌が、焦燥に燃え、歪む。

 延々と続く連撃にルネコンザイルも疲労の色を見せ始める。

 次第にヨハンの聖剣がルネコンザイルの燕尾服を鋭利に切り刻んでいく。


 肌を掠め、強引に振り抜かれるヨハンの聖剣に対して、

 ルネコンザイルは「ハアッ!」という咆哮とともに足元に漆黒の長剣を振り下ろした。 凄まじい威力の一撃に地面が抉れ、土煙が生じる。

 ヨハンが素早く飛び引く中、ルネコンザイルもまた全力の跳躍で後方に下がった。


「我は汝、汝は我。 我が名はルネコンザイル。 暗黒神ドルガネスよ!

 我に力を与えたまえ! ――『シャドウ・インパクト』!!」


 と、魔人級の闇属性魔法を詠唱するルネコンザイル。


「やるな! ライト・ウォールッ!!」


 ヨハンは全神経を研ぎ澄まして、短縮詠唱で光属性の対魔結界を張った。

 対するルネコンザイルも重心を低く、左腕を下に、そして右腕を高々と構えた。

 高出力の魔力を右手に凝縮させながら、ルネコンザイルの双眸はヨハンを射抜き、

 一挙、魔人級の闇魔法を発動させる。 


 するとルネコンザイルの右掌から闇の衝撃波が放たれ、ヨハンの前に生じた光の障壁に衝突する。

 闇の衝撃波が光の障壁を呑み込むが、結界を破るまでには至らない。 

 力と力が、魔力と魔力が光のの前で激しくせめぎ合う。


「見たか! 我が力をっ! そのまま死ぬが良いっ!!」


「残念ながらそうはならないさ! 我は汝、汝は我。 我が名はヨハン。 

 我は力を求める。 母なる大地ウェルガリアよ! 

 我に大いなる守護を与えたまえ! 『魔封陣まふうじん!!』」


 ヨハンがそう口にすると、聖剣サンドライトの剣身が再び輝く白光で覆われる。

 そしてその輝く白光で覆われた聖剣が周囲の魔力を丸呑みするように吸収した。

 瞬く間に魔人級の闇魔法もヨハンの光の障壁も消え失せた。

 魔力を吸収したヨハンは、全身に光の闘気オーラを纏い、その鋭い双眸を細めた。 そして全身から余り余った魔力を聖剣サンドライトに集中させる。


「……終わりだっ!! 『ゾディアック・スティンガー』!!」


 ヨハンの白銀の聖剣の切っ先から、黄緑色の衝撃波が再度放たれた。

 うねりを生じた黄緑色の衝撃波が太いビーム状になり、高速で大気を切り裂いた。 

 黄緑色の衝撃波は暴力的に渦巻きながら、ルネコンザイルの腹部を貫いた。


 ルネコンザイルの腹部に大きな空洞が生まれ、

 貫通した黄緑色の衝撃波はその背後にあった岩石も貫き、その進行方向を阻む物を容赦なく次々と打ち砕いていった。地面を抉り、腹部を貫き、岩石に穴を開けて止まる事無く突き進んで行く黄緑色の衝撃波。そして天に昇るような軌道で、星空が輝く夜空に吸い込まれるように消えていった。


「ば、馬鹿な……こ、この俺がっ……」


 腹部に大きな空洞が生じて、ルネコンザイルの生命力が急速に奪われていく。

 ルネコンザイルはふらふらと体を揺らせて、最後の言葉を呟いた。


「ま、ま、魔族に……え、栄光あれ……」


 だがもうルネコンザイルの体は生命活動を停止しようとしていた。

 十秒程、ゆっくり前を歩いていたが、限界が訪れて崩れ落ちるように地面に倒れ込む。ルネコンザイルの顔から生気が抜け、その両眼も輝きを失い、そのまま朽ち果てた。そしてしばらく経つと、ルネコンザイルの亡骸は灰と化して完全に消滅した。

 すると後方で待機してた魔族兵達が大きな動揺を見せた。


「馬鹿な! る、ルネコンザイル様がこうもあっさりられるとは!?」


「こ、此奴ら……強いぞ!」


 吸血鬼ヴァンパイア部隊を初めとした魔族兵がそう云って後ずさりする。

 だがヨハンやラサミス、アイザック等はその絶好の機会を見逃さなかった。


「今だ! 敵が動揺している内に攻めるんだ!」


「了解ッス!」と、ラサミス。


「ヨハン殿の云うとおりだ。 さあ、お前等、稼ぎ時だぁっ!!」


 傭兵隊長アイザックがそう云って周囲の傭兵達を煽った。

 すると傭兵や冒険者、その他の兵士達も「おお」と歓声を上げて、

 動揺する魔族兵に目掛けて突撃を開始した。


 不意を突かれた魔族兵は連合軍の兵士達の勢いに完全に呑まれた。

 だが後方で指揮を執っていた幹部の一人であるリッチ・マスターのカルネスは、

 この場において非情な戦術を選んだ。


「どうやら分が悪いようだな。

 この場はゾンビ兵を前線に出して、敵の猛攻を防ごう。

 その間にワシ等、魔導師部隊は撤退するぞ」


「……ですがそうしますと、

 今、前線に居る兵士を見殺しにする事になりますが……」


 カルネスの近くに居た魔導師の一人がそう進言する。

 だがカルネスは一度出した自分の戦術を曲げなかった。


嗚呼ああ、そうなるな。 だが兵士は死ぬのも仕事のうちだ。

 この場においては我等、魔導師の命を優先すべきだ。

 どのみちこのゾンビ戦術はワシ等、魔導師が居ないと使えないからな」


「……了解しました」


 結果としてこの場のカルネスの判断は正しかった。

 士気が上がった連合軍の兵士達の猛攻の前に魔族兵やゾンビ部隊は

 呆気なく瓦解したが、その間にカルネス率いる魔導師部隊は無事に撤退を終了。

 ヨハンやラサミス、アイザックは敵の魔導師を打ち漏らした事に不満を抱いたが、

 結果的には敵の夜襲を見事に退けて、部隊の士気を高める事に成功。


「敵の魔導師は逃げたようですね」


「そうだね、でもとりあえず今夜の夜襲は防げた。

 敵の狙いも分かったし、とりあえずこの場は良しとしておこう」


 ラサミスとヨハンが笑顔で会話を交わす。

 

「だがあまり油断しない方がいい。

 俺にはまだ敵には奥の手がある気がする」


 と、アイザック。


「まあまあ、アイザック殿。 それはまた司令官を交えて、

 話し合えば良い事です。 とりあえず今は目の前の勝利を喜びましょう」


「……そうだな」


 だがこの勝利はあくまで戦術的勝利に過ぎなかった。

 そして連合軍は魔王レクサーの仕掛けた罠に徐々に嵌まりつつあった。


「……とりあえずこの場は潔く負けを認めよう。

 だがどのみち貴様等は魔大陸の真の厳しさを知る事になるだろう。

 我々、魔族はこんな地に六百年も滞在していたのだ。

 その苦しみの一端を貴様等にも分けてやろう」


 リッチ・マスターのカルネスは後ろに振り向いて、そう一言漏らした。

 それはある種の呪詛めいた言葉でもあった。

 そして連合軍は後日、この魔大陸の真の厳しさを知る事になるが、

 今は目の前の勝利に喜び、凱歌をあげ、勝利の美酒に酔いしれるのであった。

 

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