第310話 紫電一閃(前編)


---三人称視点---



「――ダブル・ストライク!」


 剣聖ヨハンの放った光の闘気オーラの帯びた二連撃が容赦なく眼前の吸血鬼ヴァンパイアを切り刻む。 

 眼前の吸血鬼ヴァンパイアは腕を交差させて防ごうと試みたが、

 それが更なる不幸を呼び寄せた。


「ぐ、ぐ、ぐああああああぁぁぁっっっ」


 野獣のような悲鳴とともに、燕尾服の吸血鬼ヴァンパイアの右腕が頭上に吹き飛んだ。 燕尾服の吸血鬼ヴァンパイアは、たまらず手首をおさえ込み激痛に耐えたが、その網膜には全身白づくめの若き剣聖の姿が映る。


「な、何なんだ、貴様は!? 

 我等、吸血鬼ヴァンパイア部隊をたった一人でここまで追い詰めるとは!?」


「いや単純にキミ達が弱いんだよ?

 ボクが強いわけじゃない、キミ達が弱いんだ」


 と、ヨハンは思ったままの感想を述べた。

 だがそれがより一層、眼前の吸血鬼ヴァンパイア自尊心プライドを傷つけた。僅か五分余りでたった一人で六人もの吸血鬼ヴァンパイアを倒した実力は伊達じゃない。敵だけでなく、味方であるラサミス達もヨハンの強さに圧倒されていた。


「……強ええ、剣聖の称号は伊達じゃねえ」


 ラサミスがそう云って、ごくりと喉を鳴らす。


「とてつもない剣速だ、まさに紫電一閃しでんいっせんの一撃だ」


 と、ライルも珍しく目を瞬かせた。


「ああ、凄い。 あの若さで剣聖と呼ばれるだけの事はある」


 アイザックもヨハンの剣技に目を奪われていた。

 だが当の本人であるヨハンは、

 涼しい顔で負傷した眼前の燕尾服の吸血鬼ヴァンパイアに問い質した。


「それでキミ達の親玉は何処に居るんだ?

 まさかキミがその親玉という事はあるまい」


「くっ、人間風情が舐めおって! 

 吸血鬼ヴァンパイアの誇りにかけて、その質問に答えぬ!」


「あ、そう。 なら死になよ? ――ファルコン・スラッシュ!」


「くっ、くがァァァッ!?」


 ヨハンはそう云って、初級剣術スキルを放った。

 それは剣術を使う者であれば、誰でも使える剣技ソードスキル

 だが剣聖が使えば只の初級剣術スキルでも強力な奥義となった。


 ヨハンは強烈な和ぎ払いを繰り出して、

 眼前の吸血鬼ヴァンパイアの首を綺麗に両断した。

 高い生命力を誇る吸血鬼ヴァンパイアも首を跳ねられたら即死する。

 そしてヨハンに跳ねられた吸血鬼ヴァンパイアの首が転々と地面に転がる。


「スゲえ、たった一人で七人の吸血鬼ヴァンパイアを倒した!」


「ラサミスくん、キミに比べれば大した事ないさ。

 なにせ君は敵の幹部の女王吸血鬼クイーン・ヴァンパイアを倒したのだろ?」


「い、いえ……アレはオレだけの力で倒したわけじゃありません……

 なっ!? ヨハンさん、前方に強力な魔力反応がっ!? アイツは!?」


 ラサミスはそう云って、その双眸を前方に向けた。

 それに釣られるようにヨハン達も前方に視線を向ける。

 すると前方に黒衣を着込んだ男性魔族が悠然と立っていた。


 輝く長い銀髪を後ろで一つに束ねており、手足は長い。

 だがその緋色の瞳には傲慢さと尊大さが滲み出ている。 

 ――間違いない。 

 この男が吸血鬼ヴァンパイアの親玉だ、と誰しもが思った。


「我が吸血鬼ヴァンパイア部隊を一人で壊滅させるとは……。

 貴様の名を聞いておこうか」


 と、黒衣の吸血鬼ヴァンパイアがそう告げた。

 するとヨハンは手にした聖剣を構えたまま、その質問に答えた。


「我が名はヨハン・デュグラーフ! こう見えて剣聖さ。

 そう云う貴様は?」


「我は吸血王ノスフェラトゥのルネコンザイルだ。

 我こそは吸血鬼ヴァンパイアの頂点に立つ吸血王ノスフェラトゥである!」


 ルネコンザイルは高らかにそう宣言する。

 

吸血王ノスフェラトゥか、だが貴様は繰り上がり式に王なっただけだろ。

 何故ならオマエ等の前の親玉であるプラムナイザーはこのオレが倒したからな」


 ラサミスは煽るようにそう云う。

 するとルネコンザイルも眉間に皺を寄せて反論する。


「……貴様が前女王ぜんじょうおうを討ったというのか?

 俄には信じがたいな。 前女王は貴様のような小僧にやれる御方ではない」


「だが残念ながら事実さ!」


「……フン、大言を吐く小僧め。

 よかろう、貴様の相手はこの私が自らしてやろう」


 ルネコンザイルはそう云って一歩前へ歩み出た。

 それと同時にラサミスも前に進んだが、ヨハンがラサミスより前へ出た。


「ラサミスくん、ここはボクに任してくれないか?」


「……別に構いませんけど?」


「すまないな、吸血鬼ヴァンパイア殺し(スレイヤー)のキミが出るまでもない。奴程度ならばボク一人で充分さ!」


 ヨハンのこの言いようには、ルネコンザイルも不快感を露わにする。


「……云いたい事を云ってくれるな」


「でも事実さ」


「良かろう、剣聖ヨハン!

 貴様の相手はこのルネコンザイルだ!」


 ルネコンザイルはそう云うなり黒マントを翻し、前へ進み出た。

 そして右手に黒刃の長剣を握りながら地を蹴り、弾丸のような速度でヨハンに迫った。即座に剣を構えるヨハン。 


 ルネコンザイルは頭上に高く跳躍して、身体を高速回転させた。

 翻った黒いマントは赤い裏地を見せて、刃物のような鋭さを持って空を裂く。


 この黒マントは魔力によって強化された魔道具まどうぐの類であろう。 

 それを瞬時で見抜いたヨハンは聖剣サンドライトを縦にして、受け止めた。


 耳を劈くような音が周囲に響き渡る。

 後方のラサミス達は思わず耳を塞ぐが、ヨハンは動じない。

 迫り来るマントを薙ぎ払うが、

 その時には吸血王ノスフェラトゥも後方に後転しながら足から地面に着地する。


「少しはやるではないか」


「そうかい? ボクとしては手を抜いてるんだけどね」


「ほざけ、この吸血王ノスフェラトゥを舐めるな!」


「別に舐めてないさ。 ただ思った通りに感想を述べてるだけさ。

 ところで一つ聞きたいんだけど、キミは幹部ではないんだよね?」


「……幹部ではないが、幹部候補生だ」


 と、ややムッとした表情になるルネコンザイル。


「成程、幹部候補生ね。 なら一応雑魚じゃないんだ。

 でも安心したよ、キミが幹部でなくてさ」


「……どういう意味だ?」


 ヨハンはルネコンザイルの問いに笑顔で答えた。


「だってキミ程度が幹部なら興ざめもよいところだよ。

 でも只の雑魚ではないから、幹部戦に向けての良い調整になりそうだよ」


「き、貴様ァ……増長するのも良い加減にしろ!

 良かろう、ならば我が全力を持って貴様を討つ!

 ――我は汝、汝は我。 我が名はルネコンザイル。 暗黒神ドルガネスよ!

 我に力を与えたまえ! ――火炎嵐フレイム・ストーム!!」


 吸血王ノスフェラトゥは全身全霊の力を持って炎の嵐を発生させた。

 周囲の空気を熱風が包み込み、鼻につく匂いと共に嵐となった火炎が渦巻いた。

 炎と風の魔人級の合成魔法。


 まともに喰らえば致命傷は避けられない。

 だがヨハンは非常に落ちついた様子で、微笑を浮かべていた。


「我は汝、汝は我。 我が名はヨハン。 我は力を求める。 

 母なる大地ウェルガリアよ! 我に大いなる守護を与えたまえ! 『魔封陣まふうじん!!』」


 そして手にした白銀の聖剣を素早く縦横に振るい、左手を額に当てながら両眼を見開く。すると聖剣の刀身が輝く白光で覆われた。

 次の瞬間、その輝く白光で覆われた聖剣が周囲の魔力を呑み込んだ。

 ルネコンザイルの放った火炎嵐フレイム・ストームは、

 輝く白光に呑み込まれる様に渦を巻いて吸収された。


「ば、馬鹿なっ!?」


 ルネコンザイルが驚くなか、強化剣士エンハンス・セイバー職業能力ジョブ・アビリティが見事に決まった。

 そしてヨハンはルネコンザイルが動揺している間に新たな選択肢を選んだ。


「――ストレングス・エンハンスッ!!」


 ヨハンは左手で印を結んで、職業能力ジョブ・アビリティ能力強化のうりょくきょうか』を発動させた。 

 ヨハンは自らの筋力を強化させて、白光に覆われた聖剣を前に突き出した。


「ルネコンザイル……だったな?

 ボクの云っていた事が虚言でない事を今から教えてくれよう!」


 そしてヨハンは全身に光の闘気オーラを纏いながら、魔力と集中力を極限まで高めた。その姿にラサミス達は目を釘付けにしながら、固唾を呑んだ。

 既に勝敗は決まっていたが、ヨハンは周囲の士気を上げる為に

 ああえてこのような大仰な台詞を吐き、場の空気を盛り上げるのであった。

 そしてやや大仰な口調でこう決め台詞を吐いた。


「この剣聖ヨハンの真の力を見せてくれよう!」


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