第277話 世界樹(せかいじゅ)


---三人称視点---



 カーリンネイツ達との死闘を勝ち抜いたラサミス達は、

 回復魔法ヒール回復薬ポーションなどを使用して、

 なんとか全員自分の力で立ち上がれるまで、体力と魔力を回復した。

 それからラサミス達は三十分ほど小休止する。

 

 エリーザとマライアはギランの遺体を白い布で包んで、

 地上までギランの遺体を担いで、墓地に埋葬すると周りに宣言した。

 ラサミス達としてもそれを拒む理由もなかったので、彼女達の意思を尊重した。


 しばらくすると全員、周囲を歩き回れるくらいに元気になった。

 するとミネルバが漆黒の長剣が突き刺さった墓標の前で立っていた。


「……これは誰の墓標?」


「……マルクスの墓標さ。 まだ残っていたのか」


 ラサミスの言葉にミネルバは「……そう」と小声で答えた。

 そしてミネルバはマルクスの墓標をしばらく無言で眺めていた。


「……名も無き墓標って感じね」


「……そうだな」と、ラサミス。


 するとミネルバはマルクスの墓標の前で、右手の指で十字を切った。

 ミネルバはそれから何も云わず、その場から離れた。

 ちなみにカーリンネイツ達の遺体は全て灰化はいかしていた。


 魔族にも個体差があり、死んでも肉体が残る者と灰化する者が居るが、

 魔導師などの魔法を得意とする個体は死亡時には遺体が灰化する場合が多い。

 とりあえずラサミス達は幹部を倒した証拠として、カーリンネイツ達の遺品を集めた。


 苦労して魔族の幹部を倒したのだ。

 報奨金や褒賞の類いは貰っていて損するものではない。

 もっとも今回の戦いに関しては、

 ラサミスが一騎打ちに近い形でカーリンネイツを倒したので、

 幹部討伐の報奨金はラサミス個人が受け取るという事で仲間達もそれに同意した。



「さてそろそろ体力も魔力も回復したな。

 では最後の仕事として、我々の目で世界樹を確認しよう」


 ドラガンの言葉に周囲の皆も無言で頷いた。

 体力も魔力も充分に回復した。

 後はこの目で世界樹の存在を確認する、という思いは皆同じであった。


 そしてラサミス達は迷宮の最深部まで進む。

 すると迷宮の奥の地面が綺麗に崩れていた。

 ここから更に地下に降りれそうだ。


 だが観た感じかなり深そうだ。

 二十メーレル(約二十メートル)以上の深さがありそうだ。


「これはかなり深いな。 ここは縄梯子なわはしごを使おう」と、ドラガン。


「そうだな、俺のバックパックに二十五メーレル(約二十五メートル)の長さの縄梯子なわはしごがある。その縄梯子を使って、地下まで降りそう」


 ライルの申し出に皆も素直に頷いた。

 そしてライルは取り出した縄梯子の一角に杭を打ち付ける。

 そこからエリーザとメイリンが協力して、魔力で杭を完全に地面に固定させた。

 これで縄梯子が外れる心配はなくなった。

 

「ではまずは俺が降りる。 次にラサミス、ドラガン。

 女性陣の順番は話し合いで決めてくれ」


 話合いの結果、男性陣はライル、ラサミス、ドラガン。

 女性陣はミネルバ、マライア、マリベーレ、エリーザ、メイリン、エリスという順番になった。そして縄梯子が降ろされ、一番手のライルが縄を持って降りて行った。


『特に異常はないようだ。 次、ラサミス! お前が降りて来い』


 ライルが耳錠の魔道具イヤリング・デバイス越しにそう指示を出した。

 するとラサミスも「了解」と答えて、縄を持ってゆっくりとゆっくりと下に降りていった。


「こりゃ結構怖いな。 全員、降りるまで随分時間がかかりそうだな」


『ラサミス、無駄口を叩くな!』


『ゴ、ゴメン、兄貴!」


 ライルとラサミスはそう軽口を交わしながら、

 縄をしっかり持って地中深く降りて行くのであった。



---ラサミス視点---



 結局、全員が降りるまで、一時間ぐらいかかった。

 そして先頭にオレ、兄貴、ミネルバ。

 中列にドラガン、アイラ、エリーザ、マライア。

 後列にエリス、メイリン、マリベーレという陣形を組んで、先へと進んだ。


 魔獣や魔物が居る可能性があるので、

 メイリンに『魔力探査マナ・スキャン』を使ってもらったが、

 メイリン曰く――


「周囲に魔物らしき反応はないわ。 

 ただしこの先からとても強力な魔力のみなもとを感じるわ」


 ……それが世界樹なのか?

 まあいい、とにかくこの先を進んで、この眼で確かめよう。

 しばらく進むと長い回廊があり、五メーレル(約五メートル)程度だった天井の高さが、どんどん高くなり、最終的には二十五メーレル(約二十五メートル)くらいの高さになった。


 長い回廊を抜けると地面に草や花が生えており、

 まるで地下庭園といった感じの風景が目の前に飛び込んできた。

 そしてその中央部からとてつもない強い魔力が放たれていた。 


「こ、これは……」


 オレは中央部にある巨大な樹木を観て、思わずごくりと喉を鳴らした。 

 中央部に立つ巨大な樹木は神々しいまでの輝きを放っている。

 その巨大な樹木は根元から三つにわかたれていた。


 そして天井に向かって真っ直ぐに立ち、四方に折り目正しい枝を伸ばしている。

 力強く大地に根ざしており、その姿は実に神々しかった。

 葉は光のように白く輝いており、よく観ると所々に実がっていた。

 ……間違いない、あの実は知性の実グノシア・フルーツだ。

 となるとこの巨大な樹木が世界樹、という事になるだろう。


「どうやらこの樹が世界樹せかいじゅのようだな」


「ああ、本当にあったんだな」


 ドラガンの言葉に兄貴が相槌を打つ。

 オレも二人に同意するように「ああ」と頷いた。

 でも思っていたよりは大きくないな。


 樹高じゅこうは二十五メーレル(約二十五メートル)。

 幹の太さは五メーレル(約五メートル)くらいだな。

 しかしその全体から放たれる存在感は、まさに神木しんぼくといった雰囲気を醸し出していた。


「確か世界樹は『天を支え、天界と地上、さらに根や幹を通して地下世界もしくは冥界に通じている』という逸話がありますわね。 でもこうして観ると意外と小さいですわね」


 エリスがそう云いながら、見上げるように世界樹の前に立った。

 エリスに習うように、他の者も近付いて、世界樹を見上げる。


「……天界てんかいか。 そう云えばエルフの神話にも、天界のまつわる伝説があるわね」


「ええ、同じくヒューマンのレディス教の経典にも、天界に関する記述がありますわ」


 エリーザとエリスがそれぞれそう口にした。

 あ、ああ……そう云えばそんな話を聞いた事があるな。

 でもオレは熱心なレディス教徒じゃないから、その辺うろ覚えだ。


「で具体的な内容はどんな感じなんだ?」


 オレは単刀直入にそう訊いた。

 するとエリスは小さく頭を左右に振って、こう答えた。


「私も詳しい話は知らないわ、というよりかは経典にもそんなに詳しくは書かれてないの。でもこの世界――ウェルガリア以外にも多くの世界があり、そしてそんな多くの世界を天から見守る、それが天界らしいわ。 そして天界には神の使徒しとである天使が居て、彼等、彼女等は神に代わって、世界の動向を見守っている、という話よ」


「……そうか」

 

 なんだがとんでもなくスケールのでかい話だな。

 正直、話のスケールが大きすぎて、俄には信じがたい。

 しかし現実問題として、目の前に世界樹があるのだ。


 だから天界や天使が存在しても、おかしくはないと思う。

 とは云え仮にそれらの存在があったとしても、どうしろというのだ。

 オレ達はこの狭い世界――ウェルガリアの中で所狭しとひしめき合っており、

 その狭い世界の中で争っている。


 だからオレ達にはあまり関係のない話だ。

 と、この時のオレは本気でそう思っていた。


 まあそれはさておき、この世界樹をどうするべきか。

 それは皆、同じだったようで、気が付けば全員の視線がドラガンに剥いていた。

 するとドラガンは「コホン」を軽く咳払いして、こう云った。


「まあこうして世界樹を前にした訳だが、我々としては何もせず、この事実を猫族ニャーマンの王室に伝えるまでだ」


 ……まあそれが無難だろう。

 正直、世界樹なんて存在は冒険者の手に余る。

 だから世界樹に関しては、猫族ニャーマンの上層部に任せるべきだろう。

 だがマライアがドラガンを見据えながら、ある種の疑問を投げかけた。


「でも世界樹の葉って不老不死や死者を生き返らせる効果があると聞くわ。

 そんな神々の遺産ディバイン・レガシーを前にして、何もしないつもり?」


「……」


 ヤベえ、急に周りが静かになった。

 そういや世界樹の葉には、そんな効果があるという伝説を聞いた事があるな。

 でもそんな代物なんて手にするもんじゃねえと思うな。

 知性の実グノシア・フルーツだけでここまで色んな騒動が起きたんだ。


 世界樹の葉クラスの神々の遺産ディバイン・レガシーになるとどんな問題が起きるか、見当もつかねえよ。するとドラガンが短い静寂を破るように、凜とした声でマライアに語りかけた。


「……マライア、君は世界樹の葉が欲しいのか?」


「……とりあえずそれでギランが生き返るか、どうかは興味あるわ」


「……成る程、そういう事か。 だが拙者としてはそれを見逃すわけにはいかんな」


「……そりゃアンタ達は他人事だからね。 でもアタシ達にとっては――」


「マライア、止めましょう」


 と、エリーザが静かな声音でそう云った。

 するとマライアはエリーザを見据えながら、唇を強く噛みしめた。


「で、でもギランが生き返る可能性が……」


「駄目よ、死んだ人間は生き返らない。 それがこの世の摂理よ。

 私達はその摂理を散々ねじ曲げてきた。 だからここでまたその愚行を犯す事は出来ない。マライア、わかって。 人間には越えちゃ行けない領域があるのよ」


「……エリーザ」


「もうこれ以上、罪を重ねるのは止めましょう」


「……分ったわ」


 エリーザの優しい声音に、マライアが苦しげな表情で頷いた。

 ……そうだよな、オレも人間には越えちゃ行けない領域って存在すると思う。

 今にして思えば、ドラガン達が一年半前に知性の実グノシア・フルーツを見つけたのが、ここ一年余りの騒動の引きトリガーになっていた気がする。


 そしてオレ達は世界樹を魔族の手から護った。

 オレ達の役目はここで終わりさ、後はガリウス三世や大臣に任せよう。


「ではこの場では何もせず、地上に戻るが、皆それでいいな?」


 ドラガンの言葉に皆、静かに頷く。

 そしてオレ達はまた縄橋子を使って、迷宮の最深部に戻った。

 こうして一年半に渡る知性の実グノシア・フルーツ問題に終止符が打たれた。


 オレ個人も禁断の果実にまつわる騒動で、様々な経験を得た。

 そして改めてこう思う。



 ――知性のこんなものを手にしてもロクな事がねえ!

 ――だから最初からなかった物として扱うべきだ。


 だがオレの中で一つの決着がついた感じで、

 心なしか気分が少し軽くなった。 それは他の仲間も同じようだった。

 そしてオレ達は来た道を戻って、迷宮の出入り口を目指した。


「……さあ、皆戻るぞ」


 ドラガンがそう云いながら、先頭に立った。

 そう、この戦いが終わったら、ドラガンは冒険者を引退する。

 オレはあえてその事実を受け止めるつもりだし、彼を引き留めやしない。


 誰しも終わりを迎える時が来るのだ。

 ドラガンにとっては、今がその時なのだ。

 だからオレは彼の後ろに立ちながら、その背中をしっかりと見守った。


 体長にして六十セレチ(約六十センチ)ぐらいのとても小柄な身体。

 でも彼はこのような小さな身体で、今まで何度も激戦を勝ち抜いてきた。

 そう思うとこの小さな背中に色んな物が詰まっているような気がした。


「……ラサミス、どうした?」


「……いや何でも無いよ、団長」


「……そうか、地上に戻ったら猫族ニャーマンの猫騎士部隊と魔導猫騎士部隊がもう到着してるだろう。とりあえず魔導猫騎士部隊に迷宮内に暫定処置として結界を張ってもらおう」


「ああ、そうだね」


「では急ぐぞ!」


「……ああ」


 そうだな、今後も結構やる事があるな。

 まずはそれらを片付けてから、その後の事を考えよう。

 オレはそう思いながら、周囲に目を配りながら迷宮の出入り口を目指した。

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