第276話 ラサミス対カーリンネイツ(後編)

《ルビを入力…》

---ラサミス視点---



「うおおおっ……おおおっ!!」


 オレはそう雄叫びを上げて、一気に距離を詰めた。

 それと同時にカーリンネイツも左手を前へ突き出した。

 だがこれは予想の範疇の動きだ。


 そしてオレは身を屈めながら、右足を前にして、左足で身体を支えながら、

 低い軌道で地面をスライディングして滑空する。


「なっ!?」


 たっぷりと助走がついた俺の右足がカーリンネイツの右足首を抉った。

 衝撃を受けたカーリンネイツは思わず身体のバランスを崩した。

 そこからオレは後ろに反り返りながら、サマーソルトキックを繰り出した。


 流れるような連続攻撃だが、カーリンネイツも常人離れした反射神経で

 オレのサマーソルトキックをスウェイバックで回避する。

 だが僅かにオレの右足のつま先がカーリンネイツの顎の先端チンに掠ったようだ。するとカーリンネイツは酩酊したように身体を揺らした。


 顎の先端を攻撃を受けると脳が揺さぶられるからな。

 この辺に関しては、魔族も同じようだ。

 よし、この隙は逃さないぜ。


 オレはそう思いながら、左手に持った吸収のサクション・シールドを地面に投げ捨てた。

 そして両手で雪風の柄を深く握り込んだ。

 だがカーリンネイツも身体をふらつかせながらも、手にした仕込み杖を上段に構えた。


「――ブ、ブラッド・スラッシュ!」


 カーリンネイツはそう技名コールをして、

 上段に構えた仕込み杖の中の仕込みがたなを素早く振り下ろした。

 悪くない振りだ。 だがこのくらいならオレでも何とかなるぜ!


「――諸手突もろてづきっ!!」


 オレはそう叫んで、神速の速さで上級刀術スキルの『諸手突き』を繰り出した。

 するとオレが放った『諸手突き』がカーリンネイツの放った剣技ソードスキルを強引に跳ね返した。

 『諸手突き』の衝撃により、眼前の女幹部は両手に持っていた仕込み杖を思わず手放した。

 

 ――がら空きだ。

 ――ここは一気に攻めるべし!


「必殺・燕返つばめがえしっ!!」 


 オレは素早く踏み込んで、手にした雪風を一直線に振り下ろした。

 そこから素早く右手を逆手にして雪風を持ち、

 一の太刀を繰り出す。 そして避けるカーリンネイツの逃げ道を塞ぐ二の太刀で取り囲む。


「!?」


 眼前の女幹部は眦を吊り上げて、驚いていた。

 その瞬間、オレは素早くカーリンネイツの右胴を切り上げた。


「がはぁっ――――」


 見事な連続攻撃――燕返しが決まり、

 カーリンネイツが両眼を見開いたまま、呻き声を上げた。

 今の一撃でカーリンネイツの動きが硬直した。

 

 効いているな。

 ならばここは一気に大技で決めてやる!!


「止めだ、乱火風光剣らんかふうこうけんっ!!」


オレはそう叫びながら、独創的技オリジナル・スキルを繰り出した。

 まずは雪風の刀身に風の闘気オーラを宿らせて、袈裟斬りを放った。

 

「うっ……あああっ!」


 袈裟斬りが見事に決まり、眼前の女幹部が右肩口から血を流しながら悲鳴を上げる。そしてオレは更にそこから刀身に炎の闘気オーラを宿らせた。

 そこから逆袈裟斬りを放ち、眼前の女幹部の身体に×の字を刻み込んだ。


 風と炎が交わり、魔力反応『熱風』が発生。

 だがまだだ、まだ終わらないぜ。

 そしてオレは両手に持った雪風の刀身に光の闘気オーラを宿らせる。


「喰らえっ!!」


「が、がはぁ……あああぁっ!?」


 ×の字が刻まれたカーリンネイツの身体に、

 今度はその腹部目掛けて、回転を利かした突きを繰り出した。

 ずぶっ! オレの手元にも確かな感触が伝わった。

 それによって魔力反応が『熱風』から『太陽光サンライト』に変化する。

 

 この時点で既に勝負はついた。

 だがカーリンネイツは魔力反応『太陽光サンライト』に身を焦がしながらも、

 地面に倒れ伏せる事は拒否するように、腹部に空いた刀傷かたなきずを左手で抑えていた。


 こ、こいつ!?

 この状態で立っているとは大したものだ。

 こりゃ変な同情心を起こしちゃいけねえな。

 オレはそう思いながら、確実に止めを刺しに行く。


「はあああぁっ……『黄金の息吹ゴールデン・ブレス』!!」



 オレは全魔力を解放して、『黄金の息吹ゴールデン・ブレス』を発動させた。そして右腕に全魔力を注いだ炎の闘気オーラを宿らせる。



 ――この一撃に全てをかけるっ!

 ――喰らいやがれ、これで止めだぁっ!!



 オレは全力で間合いを詰めて、カーリンネイツの懐に入り込んだ。

 そこから大きく呼吸して、右手を開いたまま大きく前へと突き出した。

 そしてオレは炎の闘気オーラが宿った右手で、カーリンネイツの腹部を全力で強打する。


「ぐ……ぐああああぁっ……あああっ――――」


 オレの右手に凄まじい衝撃が伝わる。

 カーリンネイツは口から血液を逆流させながら、

 十五メーレル(約十五メートル)程、物凄い速さで後ろに吹っ飛んだ。


 そして背中から迷宮内の壁面に衝突。 

 それと同時にまた口から血を吐き出した。

 更に魔力反応が『太陽光サンライト』から『超核熱ちょうかくねつ』に変わると、声にならない悲鳴を上げて、両手で腹部を押さえながら、ずるずると地面に倒れ込んだ。


「ハアハアハァ……」


 オレは全魔力を使い切って、呼吸を乱しながら、

 見下ろす形で地面に倒れ伏せたカーリンネイツを見据えた。

 わ、我ながらよく勝てたものだぜ。


 しかし此奴も大した奴だ。

 『太陽光サンライト』から『超核熱ちょうかくねつ』の魔力反応の変化は、レベル4(フォー)に該当するとても希少レアな魔力反応だ。


 普通ならこの一撃を喰らった時点で死んでいてもおかしくない。

 更には魔族の弱点属性である光属性の魔力反応をまともに受けて、

 そこから全身を焼かれるのだ。 この痛みはまさに地獄の業火に焼かれるようなものだろう。


 しかし此奴こいつはこの状況下でも泣き叫ぶ事無く、

 その地獄の痛みを味わいながら、生命活動の終わりをゆっくりと待っている。

 ……そう思うと敵ながら、相手に対して畏敬の念のようなものが生まれた。


 ……敵が張った結界も随分と弱まっている。

 周囲を見渡すと、地面に倒れていた仲間達がゆっくりと立ち上がろうとしていた。

 どうやらカーリンネイツの命の灯火がもうすぐ消えかけているようだ。

 ……最後に此奴と何か言葉を交わしたい。


 本当は敵とこういう事はすべきじゃない、という事は分っている。

 だがこの時のオレは何故か死闘を尽した敵と言葉を交わす事を望んだ。

 そしてオレは内心でそう思いながら、ゆっくりとカーリンネイツの許に歩み寄った。



---------


 ……。

 眼前のカーリンネイツは口から血を流して、虚ろな目で天を仰いでいた。

 駄目だ、これじゃ会話は出来そうにないな。

 と、思った矢先にオレの頭に女の声が響いた。


『……何のつもり?』


 オレは思わず周囲を見渡した。

 だがオレの仲間はまだ疲れた表情で立つのがやっという状況。


「……念話テレパシーか?」


 オレが小声でそう云うと、また頭に声が響いた。


『……そうよ、まあ後、数分も持ちそうにないけどね。

 で何のつもり? まさか助けるとか云わないでしょうね?』


 どうやらこの念話テレパシーはカーリンネイツが使っているようだ。

 ……これはしばらくは意思の疎通が取れそうだ。

 そしてオレは彼女の問いに関して、「それはない」と答えた。


『……じゃあどういうつもり?』


「分らん、ただアンタと少し話したくなったんだ……」


『……可笑しな坊やね。 所詮私と貴方は敵同士。

 何を語るというのよ?』


 まったくもって正論だ。

 だが何故かこの時のオレは眼前の女幹部と会話する事を望んだ。


「……オマエ等は知性の実グノシア・フルーツをどうするつもりだったんだ?」


 すると一瞬、沈黙が流れた。

 そしてしばらく間を置いてから、再びオレの頭に念話テレパシーが伝わる。


『……そんな事聞いてどうするというのよ?』


「オマエ等はあの禁断の果実を悪用するつもりだったのか?」


『……私は魔王陛下の命令に従ったまでよ』


 ……魔王か。

 やはり魔族の頂点には魔王なる存在が居るようだ。


「魔王か、魔王はどんな奴なんだ?」


『……それは貴方に関係ない話だわ』


 まあ流石に云うわけはねえよな。

 しかしそうか、魔王の命令か。


「まあそれはいい。 じゃあアンタ個人に聞く。

 アンタは知性の実グノシア・フルーツを魔王が使う事を望んだのか?」


『……どうしてそんな事聞くの? まあいいわ、私個人は知性の実グノシア・フルーツなんか使うべきじゃない、と思ってるわ。 貴方も犬族ワンマンバルデロンの悲劇を知ってるでしょ?』


「ああ、オレが云うのも何だがアレは生命に対する冒涜だ」


『それに関しては、私も同意見よ。

 でも私達、魔族は魔王を頂点とした階級社会。

 だから魔王の命令は絶対なのよ……』


 成る程、この辺はイメージ通りだな。

 魔王か、一体どんな奴なんだろう。


「そうか、アンタ等も大変なんだな……」


『別に? 人間社会も同じようなものでしょ?』


 カーリンネイツの言葉にオレは「確かに」と頷いた。

 確かに人間社会も魔族社会程じゃないが階級社会だ。

 そしてオレ達と此奴ら――魔族は意思の疎通が出来る。

 こうして話してみると、此奴らも人間と同じところがある気がする。

 だからこそカーリンネイツが次に云った台詞が妙に胸に響いた。


『……私達、魔族は戦闘生物せんとうせいぶつと云っても過言はないわ。

 でもね、全員が全員、戦闘を好んでいる訳じゃないわ。

 だけど魔族として生まれた以上は、それに従うしかないのよ……』


「……そうか」


『……そうよ』


 この辺は四大種族と魔族も同じかもしれない。 

 所詮、オレ達も社会構造に組み込まれて生きて行くしかない。

 この辺は人間社会も魔族社会も同じだろう。


『……貴方、変な人ね。 でも貴方が優しい人という事は分るわ。

 でもね、貴方達――人間と私達――魔族はけして交わる事の無い

 水と油のような関係よ。 だから貴方も変に魔族に肩入れするのはやめなさい』


「……そうかもしれんな」


 するとカーリンネイツは両眼を閉じて、小さく吐息を吐いた。

 もう彼女の生命活動は終わりに近い。

 端から見てもそれが如実に感じられた。

 だが彼女は最後に満足そうにこう告げた。


『……でもこれで戦闘無間地獄せんとうむかんじごくからようやく解放されるわ。 ……最後に貴方と話せて良かったわ。 ……それじゃあ、さよ……う…な……』


 それがカーリンネイツの最後の言葉となった。

 ……これで終わったか。

 オレはそう思いながら、カーリンネイツの亡骸をぼんやりと眺めた。

 そしてしばらく経つと、カーリンネイツの亡骸は灰と化して完全に消滅した。


 この辺はプラムナイザーの時と同じだな。

 でもザンバルドの時は死体は灰にならなかったな。

 同じ魔族でも個体差はあるのか?

 などと思ってると、オレの全身に急に強い力が漲った。


「っ!?」


 ……成る程、カーリンネイツを倒したことによって、また膨大な経験値エクスペリエンスを得たようだ。

 戦闘の終了が分るなり、急に緊張感が消え失せて、身体の力がどっと抜けた。

 そしてオレは腰を下ろして、迷宮の床に座り込んだ。


「……終わったのか?」


 兄貴がオレの近くに寄って、そう云う。

 

「……多分ね。 でもオレ達の任務はまだ終わりじゃない。

 ここから小休止してから、地下に降りて世界樹をこの眼で確認しよう」


「そうだな」と、兄貴。


「……ラサミス、お前は本当に強くなったな」


 ドラガンが神妙な顔でそう云った。


「……さあ、どうだろう? オレはオレのやれる事をやってるだけさ」


「……これで拙者も心置きなく、冒険者を引退できる」


「団長……」


「止めるな、もう決めた事だ」


「……今までお世話になりました」


 オレはそう云って、ドラガンに頭を下げた。

 ドラガンは少し口うるさいところはあったが、

 オレ達の良きリーダーであった。


 その彼が引退する。

 オレはそこに一抹の寂しさを覚えながらも、その現実を受け入れた。

 そう、いつかは誰しも肉体も精神が衰える、

 ドラガンにとっては、今がその時という事だ。


「……うむ、拙者もお前に会えて良かったと思ってるよ。

 まあその話はまた今度にしよう、とりあえず今は仲間の介抱を優先するぞ!」


「……はい!」


 こうしてニャルララ迷宮における二度目の戦いは終わった。

 全員無事と云うわけではなく、レンジャーのギランが犠牲となったが、

 エリーザもマライアもその件でオレ達を責める事はなかった。

 そしてオレ達は疲弊した身体と精神を休ませる為に小休止を取るのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る